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【読書記録】凍/沢木耕太郎

私は山歩きが好きだ。
その趣味もあって、山に関する小説はよく読む。
星野道夫、角幡唯介、植村直己、新田次郎など、フィクション、ノンフィクションに関わらず、山に関する本は好きだ。
今回は、クライマーとして有名な山野井泰史・妙子夫婦を描いた小説『凍』を読んだので、その感想を書きたい。
読んでいて体に力が入り、指先が痛くなるような本だった。


感想

「人間という生き物はこんなに強いのか」
読み終えて素直にそう思う。
クライマーの山野井泰史さん・妙子さん夫妻が、ギャチュンカンという山の壁に挑むノンフィクション小説。
リアルで力強く、痛々しい描写で、読んでいる私もグッと体に力が入った。
山野井泰史さんの登山に対する姿勢として、このように書かれている。

困難な壁に全力でぶつかっていったとき、初めて自分の力を感じることができる。それに、すべてがわかっており、まったく安全だというなら、登る必要がない。もちろん、そうした山を必要としている人がいることは理解できる。しかし、少なくとも自分が求めているものではない…。(p21)

私は新事業の立ち上げに関わっていたが、少しだけ同じような思いでいた。
社内で誰もやったことがないことに挑み、それを楽しんでいる。
挑んで初めて、自分の身の程が知れる。
自分の力を信じて、他人や文明の力をできるだけ借りずに登る山野井さんたちの姿勢は、羨ましくあり、憧れる。
しかしこれほどのエネルギーを持って何かに向き合えるか。
もうそれだけですごいことだと思う。
登山が好きだとは言え、自分の身体の機能を失ってまで続けることは、容易じゃない。
山野井さんは、絶対絶命の危機に、「諦めたら死ぬ。でも俺たちは諦めないから死なない」というよなうなことを言っている。
そして妙子さんと力を合わせて、その場その場で冷静に判断し、決して諦めずに立ち向かい、無事に生還を果たす。
ギャチュンカンから生還した直後、山野井さんが登山を辞めようという気持ちと裏腹に、もう登山はできないというものがなしさがあったというシーンには、言い表せない気持ちになった。
自分には、これだけエネルギーを注ぎ込める何かがあるだろうか。
今は自分の携わっている新事業立ち上げが面白くて仕方がないが、それが終わったら、次はどうしようか。
山野井さんが再び山に向かったように、人間の心は、結局、自分がやりたいことが好きなことに向いていくのか。
解説で、池澤夏樹さんが、「山野井夫妻は自由だ」と書いていた。
「自由は、したいことを邪魔されずにできると言うだけでなく、したくないことをしないと言う自由もある」とも書いていた。
私にとって、自由とは何か。
自由に生きていくとはどういうことか考える。



メモ

もちろん、その北東壁はまだ誰によっても登られたことがなかった。試みられたことすらない。登れるかどうかはまったくわからないが、そのわからないという部分に強く惹かれるところがある。わからなさは、危険と隣り合わせだということでもある。しかし、同時に、自分の未知の力を引き出してくれる可能性もあるのだ。困難な壁に全力でぶつかっていったとき、初めて自分の力を感じることができる。それに、すべてがわかっており、まったく安全だというなら、登る必要がない。もちろん、そうした山を必要としている人がいることは理解できる。しかし、少なくとも自分が求めているものではない…。(p21)

山野井がギャチュンカンに惹かれていくシーン。「困難な壁にぶつかることで自分の未知の力を引き出してくれる」という言葉が胸に残る。

初登であるかどうかは、登山の面白さを保証する絶対的な条件ではない。しかし、第二登以後の登山では、面白さの何割かが減ってしまうことは間違いない。なぜなら、登れるということ、登れたということはとてつもなく大きな情報なのだ。たとえ登られたルートの詳細がわからなくとも、誰かが登ったというだけで、その山の難しさの何割かは減ることになる。山野井が初登にこだわるとすれば、それは名誉欲より、登山の面白さをより味わいたいという貪欲さによっていた。(p37)

「誰もやったことがない」のと「一人でもやった人がいる」のとでは大きな差がある。

そしてこう続けるのだ。 「お前の葬式に行きたくはないからなあ」 山野井の登山が、一歩間違えば死に直結することを常に意識しているからに違いなかった。(p46)

山野井泰史さんの父親の言葉。私も一人の父親として、痛いほど分かる。息子の夢や挑戦を妨げたくはないが、心配なのだ。

できるかぎりの軽量化を計るアルパイン・スタイルの登山にとって、たとえ百グラムといえども削ることができるなら削った方がいいことは歴然としていた。だが、山野井が持っていかなかった最大の理由は別のととろにあった。そうした文明の利器を携えていくことで、素のままの自分が山と対峙するという感じがなくなってしまうことを恐れたからだった。(p57)

あくまで自分の力で山と向き合おうとする山野井さん。今は文明の利器を切り離す方が難しい。

そうしたヤクとヤク使いを見ながら、山野井はなんとなく「申し訳ないな」と思ったりした。自分たちは好きな山に登るために彼らを使っている。あえていえば、遊びのために厳しい労働を強いている。もちろん、それに対する正当な対価を払っているのだから当然だと思えればいいのだが、山野井にはそう単純に思い切ることはできなかった。(p73)

対価を払っているから当然とは言え、現地の人を雇って使うことに対して申し訳なさを感じる山野井さん。少し分かる。私も仕事でお金を払ってやってもらう側になることが多く、「金払ってるんだから」と言う人もいるが、そうは思えない。

幸運だったのは、その叔父が子供の遊ばせ方を知っている稀な大人だったというととである。山道を歩いていて、カーブする道に出くわす。すると、叔父がこう言う。 「真っすぐ行きたかったら、道を外れでもいいんだぞ」あるいは、雨が降ってくると、雨合羽を脱ぎながら言う。 「雨に濡れるのも気持がいいもんだぞ」 そうした叔父によって、山野井は山での楽しみ方は自分で決めていいものなのだと理解する。(p82)

子どもといると、つい「ああしろこうしろ」と言いたくなる。しかしある程度は自由にやらせてみることで、子は自分で学んでいくものだ。楽しみ方を知らない人間はつまらない。

妙子にはその山行のすべてが面白かった。バスケットボールと違い、登山にはただ体を動かすという喜びだけがあった。誰かと戦う必要もなく、自分のペースで歩いていくことが許される。しかも、大好きな自然の中にいられる。こんなに気持のいいことはないと思った。(p95)

共感する。私も団体行動が苦手だし、自分のペースで歩ける登山が大好きだ。

しかし、山野井は、自分のことを人並みはずれて勇気のある人間だとは思っていない。むしろ臆病なくらい慎重だと思っている。その慎重さが危険な山から常に生きて帰ってこさせてくれたのだ。(p160)

臆病なくらいの方が、安全に歩いていける。山のように、少しの油断が命取りになるような環境では、慢心しないことが大切。

しかし、取りに行くことで登れなくなるというなら、やはりカメラではなく頂を選ぶだろう…。(p202)

カメラを持つ妙子さんが登頂を諦めることになり、山野井さんがカメラを取りに行くよりも登頂を目指すシーン。記録に残すよりも自分の心を満たすことを選ぶ。

この絶望的な状況の中でも、二人は神仏に助けを求めることはしなかった。ただひとつ、山野井は心の中で、この圧倒的な自然というものに対して呼びかけていたことがある。どうか小さな自分たちをことから照き落とさないでほしい、と。(p220)

下降中ビバークしていた二人を雪崩が襲う。神仏に祈るではなく、自然に祈るのが印象的。

あれだけ体重がかかっていて突然外れるということはありえない。外れたのではなく外したのだ。だとすれば生きている。そして、ロープを外せたということは手を使える場所に降りられたということかもしれない。山野井は、もう一ピッチか二ピッチ降りれば傾斜がゆるくなっているところに到達しそうなことは予測済みだったので、そこに着いたのかと思った。もし、そうだとすれば、あとはロープを使わず、ダブルアックスで降りることができる。山野井は希望を持ち、こう思った。やったぞ、これでロープを捨てられる。山野井はそのロープを使って妙子のもとに降りはじめた。(p231)

妙子が雪崩で50mも落ち、ロープで繋がりぶら下がるようになったシーン。妙子さんは緊迫していた中で冷静な行動を取り、何とか切り抜ける。妙子さんの生死を含めて、その後の行動を冷静に考える山野井さんもすごい。

午前零時過ぎ、妙子のところに降りたときはすべての精力を使い果たしていた。もうエネルギーのひとかけらも残っていなかった。神経を使い、体力を使い果たした。 自分には心臓が鼓動を打つ力も残っていないように思えた。 「ああ、心臓が止まる、止まる…」 妙子に言った。 「死ぬ!死ぬ!」とも口走った。 「背中を、背中を叩いてくれ…」 心臓にショックを与えないと鼓動が止まりそうに思えたのだ。 どこでもいいから座りたかった。しかしどこにも座れない。もう自分は本当に死ぬのかと思った。(p241)

下降中、指を失う覚悟で支点を作りながら妙子さんのところへ降りていく山野井さん。極限状態。

死ぬ人は諦めて死ぬのだ。俺たちは決して諦めない。だから、絶対に死なない。(p276)

氷河の上に降りてきてベースキャンプまで歩くが、途中でビバークするシーン。ほとんどの荷物を途中で捨てて夜中のうちにベースキャンプに辿り着こうとしていたが断念し、寒さを遮るものがない中でのビバーク。決して諦めないという言葉に魂がこもっている。

ベースキャンプから離れるとき、ギャチュンカンを眺めた山野井は、その上空が雲ひとつない快晴なのを認めて意味もなく思った。今日はアタック日和だな。(p299)

ベースキャンプに生還し、国境まで送ってもらうときにギャチュンカンを眺めて山野井さんが思ったこと。死にかけて帰ってきたのにこう思うのは、私ならできるだろうか?もう2度とごめんだと思うかもしれない。しかし、そんなふうに思わないからギャチュンカンを登ったんだろう。

いずれにしても、これで自分が目指していたクライミングはできなくなってしまった。マカルーも、ジャヌーも、難しい壁を葬じ登って頂に至ることはできなくなってしまった。「絶対の頂」は登れなくなってしまったのだ。しかし、それは死ななくても済むということだ。生き残れるようになったということだ。 このままクライミングを続けていけば、いつか死に至るのではないかと思っていた。 そんな俺を誰か止めてくれ、と叫び出しそうな気もしていた。 助かったのかもしれない。これで普通の生き方ができるのかもしれない。それが自分にとって本当に満足のいくことかどうかはわからないにしても…・・・・・・。(p305)

もう「あそこ」には行けないし、行かなくてもいいのだと思うとほっとするところがある。自分はもう「あそこ」で死ぬことはなくなった。それはほっとすることなのに、妙に物悲しいのはなぜだろう…・・・・・。 そして、こうも思った。 これで終わりにしようかな。引き際としてはそう悪くないかもしれない.....。十一歳のときに山に登りはじめて以来、山野井は初めてクライミングをやめようかなと思ったのだ。(p307)

もうクライミングはできないということに、悲しみと安堵を覚える山野井さん。複雑。生き延びたが、人生に自分が満足できるのか?という問いは深い。

父親は妙子に関してこんな話を聞いたことがあった。マカルーから帰って入院しているとき、同じ病院に小指を詰めた暴力団員が入院していた。あまり痛い、痛いと大騒ぎをするので、看護師が言ったという。 「小指の一本くらいでなんです。女性病棟には手足十八本の指を詰めても泣き言を言わない人がいますよ」 しばらくしてその暴力団員が妙子の病室に菓子折りを持って訪ねてきた、という。(p324)

妙子の精神的な強さが分かるエピソード。

足の指を切ることの痛みはなんとか我慢できた。切ったあとのつらさも我慢できた。 我慢できなかったのは、皮膚を移摘するまで行わなければならなかった傷口の毒である。切断したところに黄色い分泌物が固まって付着してくる。それを流水で流し、ガーゼで拭き取り、消毒液を塗る。だが、水の一滴が傷口に触れただけで、悲鳴を上げそうになるほどの激痛が走る。最初は医師が手のひらで水を受け、やさしく滴らせるようにして洗ってくれた。それでもなおまじい痛みが走る。あまりの痛さに、食いしばった歯が折れそうになったほどだった。(p328)

読むだけでゾッとする。ちょっと怪我してお風呂に入って染みる…とかあるのに、あれの何倍なんだ。怖い。

一本の指を失っただけで、人は絶望するかもしれない。しかし、十八本の指を失ったことは、妙子を別に悲観的にさせることはなかった。好きなことをして失っただけなのだ。誰を恨んだり後悔したりする必要があるだろう。戻らないものは仕方がない。 大事なのはこの手でどのように生きていくかということだけだ。 時間が経つにつれて、指を失った手の使い方がうまくなる。煮物をするために固いカボチャが切れるようになれば嬉しかったし、服の繕い物ができるようになればまた嬉しかった。もっとも、針に糸を通すのだけは山野井にしてもらわなくてはならなかったが。(p341)

18本の指を失った妙子さん。しかし悲観せずその体で生きていくことに前向きだった。



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