【読書記録】李陵・山月記・弟子・名人伝 / 中島敦
本のこと
豊富な漢詩文の教養と鋭い人間観察をもって描き、作者の名を不朽のものにした代表作六編を参考資料とともに収録。李陵・蘇武・司馬遷の運命を描く【李陵】他。(氷上英広/武田泰淳)
感想
『李陵』は勇猛な将である李陵が敵軍に捕えられ、祖国へ帰りたいと思いながらもその祖国から辛い目に遭わされ、捕えられた敵軍の中にも好人物や良い風土があることを知り、葛藤する話。
途中、同じく漢にいた蘇武という人と会う。
この蘇武は同じような境遇ながらに祖国を愛し続けていて、しかも最後には運良く漢に帰れることになる。
そんな李陵を見て嫉妬や羨みのような感情を覚えて悲しむ李陵の心中は計り知れない。
私たちは常に何かに所属している。
家族、学校、会社、国。
自分が属するものが信じられなくなることは、どんな気持ちだろう。
こんな風に祖国に裏切られるなら、確かに諦めてしまうかもしれない。
私も、絶望して、諦めて、蘇武のようには生きられず、李陵のように祖国を恨み続ける。
今の自分が日本に生きて、会社で働き、家族とともに過ごしていられるのは、当たり前のことではないのだということを、こうした歴史を知ると常に思う。
『弟子』は、孔子の弟子である子路に焦点を当てた物語。
子路から見た孔子や周りの国々の姿を見るうちに、その報われなさに辛くなる。
いかなる場合にも絶望せず、けっして現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の智慧の大きさもわかるし、常に後世の人に見られていることを意識しているような孔子の挙措の意味も今にして初めて頷けるのである。(p95)
孔子の弟子、子路が長い放浪の旅のなかで孔子に対して思うこと。
一言にまとめると簡単に見えるが、難しいことだ。
「与えられた範囲で最善を尽くす」ことが、今の世の一員である私たちがやることだ。
常に後世の人に見られていると思って、最善を尽くす。
自分もそうありたいと思う。
『名人伝』は、弓の修行をする紀昌という人の物語。
「まばたきをするな」「目を良くしろ」という師の指示に従って、長年かけて鍛錬を行う紀昌はめきめき上達する。
しかしある時、「もう師を超えてるよな?師さえいなければ俺が最強だよな?」というようなことを考え、師に向かって矢を放つ。
それは失敗するが、それまで素直に修行していた紀昌の印象がだいぶ悪くなった。
その後、紀昌はさらなる高みを目指して、山にいる仙人のような人に教えを乞う。
また長年の修行を経て、今度は弓を持たなくなった。
『名人伝』では多分、「名人になるほど物にこだわらない」というか、ただ技術云々を鍛えるのではなくて、世界そのものと繋がるのだ、というようなことを言いたいのかなあと思ったが、私は紀昌が長い年月をかけて素直に単調な修行を実施する場面が良いと思った。
才能は大切だが、それ以上に努力を積み上げることだ。
『山月記』は、虎になった李徴の語りがメインの話。
こんな文章が印象的だった。
もちろん、かつての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心がなかったとは言わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己の詩によって名を成そうと思いながら、進んで師についたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを怖れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己が珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。己はしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙イとによってます ます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。(p124)
「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とは凄まじい表現だと思う。
「この尊大な羞恥心が猛獣、虎だった」とその後に続く。
誰しも皆、傷つきたくはない。
『悟浄出世』は、西遊記で有名な妖怪である沙悟浄が主役の話。
沙悟浄が人生に悩み、様々な人に話を聞きに旅に出る。
旅の果て、こんなことを思う。
昔の自分は愚かではあっても、少なくとも今よりは、しっかりとした、それはほとんど肉体的な感じで、とにかく自分の重量を有っていたように思う。それが今は、まるで重量のない・吹けば飛ぶようなものになってしまった。先からいろんな模様を塗り付けられはしたが、中味のまるでないものに。(p151)
色々な偉い人の話に触れた末に、「なんだか薄っぺらいものになってしまった」と思う沙悟浄。しかしその後、沙悟浄はある考えに至る。
とにかく、自分でもまだ知らないでいるに違いない自己を試み展開してみようという勇気が出てきた。躊躇する前に試みよう。結果の成否は考えずに、ただ、試みるために全力を挙げて試みよう。決定的な失敗に帰したっていいのだ。今までいつも、失敗への危側から努力を放棄していた彼が、骨折り損を厭わないところにまで昇華されてきたのである。(p156)
「考えるよりやってみよう」という考えに、考えに考えた末になったのは面白い。そしてこれは私自身も大切にしている考えだ。あれこれ考えると、良くないことが頭をよぎり、身動きできなくなる。誰も人生の正解なんてわからないのだから、やるだけやってみればいいのだ。家族を不幸にするようなこと以外は。
『悟浄歎異』は、先程の『悟浄出世』の沙悟浄の手記という体の物語。孫悟空の天才性や、三蔵法師の素晴らしさが沙悟浄目線で語られる。
こんな文章がある。
外面的な困難にぶつかったとき、師父は、それを切抜ける途を外に求めずして、内に求める。つまり自分の心をそれに耐えうるように構えるのである。いや、そのとき慌てて構えずとも、外的な事故によって内なるものが動揺を受けないように、平生から構えができてしまっている。いつどこで窮死してもなお幸福でありうる心を、師はすでに作り上げておられる。(p176)
三蔵法師は問題を切り抜ける道を外でなく内に求めると言う。
自分の心の有り様で世界の捉え方は違う。
同じ物事を見るのも、考え方次第だ。
まとめ
それぞれの短編は中国の古典を題材にしていて、芥川龍之介のような寓話的な雰囲気がある。
史実のような話の中に、人間の嫌なところが滲み出るように描かれていて、「ああ、こんな気持ちになることあるよなあ」と思う。
特に私は「山月記」が好きだ。
自分が何者かであると信じながらも挫折し、自己理解に苦しみながらも諦められずに、「せめて少しだけでも」と自分の生きた証を残そうとする。
世界の歴史と比べて、人生は短い。
その中でもがき苦しみ、何かを残そうとしてきた人たちがいたから、今の世界はある。
名前も残らないような大勢の人の仕事の上に世界は成り立っている。
自分もその世界の歯車の一つとして、何か形として残して死んでいきたいものだと考えているし、そのように行動するよう心掛けている。
だから「山月記」の李徴の痛みは刺さる。
中島敦自身、こうした苦心があったのかもしれない。
作家は孤独だろうから。
でも、こうして中島敦自身が亡くなった後もたくさんの人に作品が読まれていることを思うと、李徴は少し報われたのか?と考えたりもする。
「山月記」の李徴のように、「弟子」の孔子のように、私も後世の人に何を残していけるような人間でありたい。
メモ
李陵
輜重の役などに当てられるよりは、むしろ己のために身命を惜しまぬ部下五千とともに危うきを冒すほうを選びたかったのである。(p8)
李陵のプライドを感じる。自己表現できる方を選びたかったのか。「そんな仕事ならやりたくないです」と言えるのはなかなかすごいことだ。
空気の乾いているせいか、ひどく星が美しい。黒々とした山影とすれすれに、夜ごと、狼星が、青白い光芒を斜めに曵いて輝いていた。(p10)
美しい文章だと思う。
いや、不思議ではない。人間がそういうものとは昔からいやになるほど知ってはいるのだが、それにしてもその不愉快さに変わりはないのである。(p21)
君主の顔色を見てご機嫌を取る官吏ばかりの中、司馬遷が李陵を庇う。我が身可愛さにお世話になった人を陰で貶めるようなことを言う人間の汚さが出てる。
凄惨な努力を一年ばかり続けたのち、ようやく、生きることの歓びを失い尽くしたのちもなお表現することの歓びだけは生残りうるものだということを、彼は発見した。(p34)
「表現する歓び」。刑に処された司馬遷が史記の編纂に没頭するシーン。何かを自分の内から出して表現することに生きがいを求める人はいる。中島敦もそうだったのか。
それに現在の李陵は、他人の不幸を実感するには、あまりに自分一個の苦しみと闘うのに懸命であった。よけいな世話とまでは感じなかったにしても、特に済まないと感じることがなかったのは事実である。(p44)
敵軍に捕えられた上、あらぬ疑いから祖国にいる家族を殺された李陵。怒りや諦めから、敵軍に従って祖国と戦うことを決める。
自分が苦しんでいるうちは、他人の不幸が分からない。
かつて先代の且テイ候単干の言った言葉を李陵は憶えている。漢の人間が二言めには、胡国を礼儀の国といい、匈奴の行ないをもって禽獣に近いと看做すことを難じて、単干は言った。 漢人のいう礼儀とは何ぞ?醜いことを表面だけ美しく飾り立てる虚飾の謂ではないか。利を好み人を妬むこと、漢人と胡といずれかはなはだしき?色に貼り財を貪ること、またいずれかはなはだしき?表べを剥ぎ去れば畢竟なんらの違いはないはず。ただ漢人はこれをごまかし飾ることを知り、我々はそれを知らぬだけだ、と。漢初以来の骨肉相喰む内乱や功臣連の排斥セイカンの跡を例に引いてこう言われたとき、李陵はほとんど返す言葉に窮した。(p45)
単干が李陵へ、「胡と漢はどう違う?漢は上辺を綺麗に見せているだけだ」と言うシーン。納得感がある。人間が集まり組織になれば、汚い醜い一面が覗く。
弟子
いかなる場合にも絶望せず、けっして現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の智慧の大きさもわかるし、常に後世の人に見られていることを意識しているような孔子の挙措の意味も今にして初めて頷けるのである。(p95)
孔子の弟子、子路が長い放浪の旅のなかで孔子に対して思うこと。一言にまとめると簡単に見えるが、難しいことだ。「与えられた範囲で最善を尽くす」ことが、今の世の一員である私たちがやることだ。
山月記
理由も分からずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きていくのが、我々生きもののさだめだ。(p121)
虎になったばかりの自分を回想したときの李徴の一言。自分の人生は自分で選び取れるものもあるが、大まかにはそんなのとではなく、流れがあるのだと思っている。
もちろん、かつての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心がなかったとは言わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己の詩によって名を成そうと思いながら、進んで師についたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを怖れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己が珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。己はしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙イとによってます ます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。(p124)
「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とは凄まじい表現だと思う。
「この尊大な羞恥心が猛獣、虎だった」とその後に続く。
人生は何事をも為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短いなどと口先ばかりの警句を素しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己のすべてだったのだ。(p124)
「自分には才能がある」と信じてはいるが、実は自分が大した人間では無いということが暴かれて挫折するのが怖くて努力を怠った。
その尊大な羞恥心が虎だと言う李徴。
多くの人に似たような覚えがあると思う。
私にはある。
誰でも挫折は怖い。
現実を知らされ、打ちのめされたくない。
だから目を背けて、自分の中だけでその才能を信じて震えている。
人前に出て挑戦しなければ、傷つかないし、自分の才能を信じる気持ちを失わないで済む。
でも、それではいずれ李徴のように後悔する時が訪れるかもしれない。
自分の安心できる範囲から、一歩踏み出して傷ついていくことが、成長に繋がるのだ。
悟浄出世
俺の生活のどこに、ああした本能的な没我的な瞬間があるか。渠は、貴き説を得たと思い、跪いて拝んだ。いや、こんなふうにして、いちいち概念的な解釈をつけてみなければ気の済まないところに、俺の弱点があるのだ、と、渠は、もう一度思い直した。教訓を、缶詰にしないで生のままに身につけること、そうだ、そうだ、と悟浄は今一遍、拝をしてから、うやうやしく立去った。(p146)
悟浄は何でも理屈に結びつけて、哲学的な問いをしてしまう自分に悩んでいる。そんな中で出会うたくさんの人々(妖怪)は、それぞれがどことなく色々な宗教の雰囲気があり、学びながら旅をする。「本能的、没我的な瞬間」があるかと自分に問う場面。私にもたしかに無いかも?と思ったが、こうして本を読んでいる時間がそうかもしれない。教訓を心の中に閉じ込めることを「缶詰にする」と言うのはとても良い。私はそうはしたく無い。
「記憶の喪失ということが、俺たちの毎日のしていることの全部だ。忘れてしまっていることを忘れてしまっているゆえ、いろんなことか新しく感じられるんだが、実は、あれは、俺たちが何もかも徹底的に忘れちまうからのことなんだ。昨日のことどころか、一瞬間前のことをも、つまりそのときの知覚、そのときの感情をも何もかも次の瞬間には忘れちまってるんだ。それらの、ほんの僅か一部の、朧げな複製があとに残るにすぎないんだ。だから、悟浄よ、現在の瞬間てやつは、なんと、たいしたものじゃないか」と。(p150)
毎日何かを経験しては忘れて消えていく。だから今は素晴らしいという言葉かと思う。たしかに、今この瞬間を知覚できる私は私かもしれないけど、昨日というのはただの記憶で、朧げなものかもしれない。そう思うと、今この瞬間を大切にしないとと考える。
さて、五年に近い遍歴の間、同じ容態に違った処方をする多くの医者たちの間を往復するような愚かさを繰返したのち、悟浄は結局自分が少しも賢くなっていないことを見いだした。賢くなるどころか、なにかしら自分がフワフワした(自分でないような)訳の分からないものに成り果てたような気がした。昔の自分は愚かではあっても、少なくとも今よりは、しっかりとした、それはほとんど肉体的な感じで、とにかく自分の重量を有っていたように思う。それが今は、まるで重量のない・吹けば飛ぶようなものになってしまった。先からいろんな模様を塗り付けられはしたが、中味のまるでないものに。(p151)
たくさんの考えに触れた結果、その上澄みだけを塗りたくったような薄っぺらいものになってしまったという沙悟浄。これもわかる。よく分からない人間の書いたビジネス書や、得体の知れない人間の説く中身の伴わない成功論のようなものが、今は多すぎる。そんなものに振り回されて、「こうあるべき」と思ってしまう人も多いだろう。自分もよく分かる。そんな風にはならないように、自分の頭で考え、自分の足で立てるように心掛けて生きたい。
自分は今まで自己の幸福を求めてきたのではなく、世界の意味を尋ねてきたと自分では思っていたが、それはとんでもない間違いで、実は、そういう変わった形式のもとに、最も執念深く自己の幸福を探していたのだということが、悟浄に解りかけてきた。自分は、そんな世界の意味をするほどたいした生きものでないことを、彼は、卑下感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じるようになった。そして、そんな生意気をいう前に、とにかく、自分でもまだ知らないでいるに違いない自己を試み展開してみようという勇気が出てきた。躊躇する前に試みよう。結果の成否は考えずに、ただ、試みるために全力を挙げて試みよう。決定的な失敗に帰したっていいのだ。今までいつも、失敗への危側から努力を放棄していた彼が、骨折り損を厭わないところにまで昇華されてきたのである。(p156)
『山月記』と似たような結論に着地した沙悟浄。「色々考えるのもいいが、とにかくやってみて、身体的に感覚を得ること」はとても共感できる。私自身がとても大切にしている考え方だ。何でもやってみればいい。やらずにあれこれ考えたら、良くないことばかりが目について、動けなくなる。何かを分かった気になるのは傲慢だ。自分なんて世界の長い歴史から見ればほんの小さな埃くらいのものでしかないのだから、せめて楽しく思い切り生きればいい。
悟浄歎異
悟空は確かに天才だ。これは疑いない。それははじめてこの猿を見た瞬間にすぐ感じ取られたことである。初め、赤ら顔、髭面のその容貌を醜いと感じた他も、次の瞬間には、彼の内から温れ出るものに圧倒されて、容貌のことなど、すっかり忘れてしまった。今では、ときにこの猿の容貌を美しい(とは言えぬまでも少なくともりっぱだ)とさえ感じるくらいだ。その職選、にもその言葉つきにも、悟空が自己に対して抱いている信頼が、生き生きと溢れている。この男は嘘のつけない男だ。誰に対してよりも、まず自分に対して。この男の中には常に火が燃えている。豊かな、激しい火が。その火はすぐにかたわらにいる者に移る。彼の言葉を聞いているうちに、自然にこちらも彼の言ずるとおりにじないではいられなくなってくる。彼のかたわらにいるだけで、こちらまでが何か豊かな自に充ちてくる。彼は火種。世界は彼のため用意された薪。世界は彼によって燃されるために在る。(p167)
沙悟浄が語る、天才孫悟空について。周りに対して好影響を及ぼすくらいのエネルギーがあるというようなことを書いている。確かにこんな人はいる。ただ個の力が凄まじいのはもちろん、周りに好影響を与えていくような存在。
外面的な困難にぶつかったとき、師父は、それを切抜ける途を外に求めずして、内に求める。つまり自分の心をそれに耐えうるように構えるのである。いや、そのとき慌てて構えずとも、外的な事故によって内なるものが動揺を受けないように、平生から構えができてしまっている。いつどこで窮死してもなお幸福でありうる心を、師はすでに作り上げておられる。(p176)
沙悟浄の語る三蔵法師のすごさは、「困難を切り抜ける道を外でなく内に求めること」だそうだ。自分の心の有り様で世界の捉え方はいくらでも変わるということか。
