「まず痩せましょう」を、外来でやめた話
診察室で、また同じことを言いそうになって、やめた。
「まず3kg、落としましょう」。血糖が高めの人、健診で予備軍と言われた人に、何年も反射で口にしてきた一言だ。間違ってはいない。教科書にもそう書いてある。
でも、痩せましょうと言われて素直に痩せられるなら、最初から苦労していない。2kg落として、また戻して、「やっぱり自分はダメだ」と外来から消えていく。そういう背中を、何人も見送ってきた。
予備軍というのは、糖尿病ではないけれど、血糖が正常より少し高いゾーンだ。ここから本物の糖尿病に進む人もいれば、正常に戻る人もいる。
去年、その分かれ目に踏み込んだ論文がNature Medicineに出た。読んでわかったのは、体重が変わらなくても、血糖さえ正常に戻せれば糖尿病はちゃんと遠ざかる、ということ。痩せられなくて健診のたびに落ち込んできた人にこそ、知ってほしい話だと思う。
「まず痩せろ」の常識と、体重が減らなかった人たち
先に、減量の名誉のために書いておく。けなしたいわけじゃない。
体重を落とすことが糖尿病の予防に効くのは、本当だ。何千人もの予備軍を何年も追いかけた米国の研究(DPP)では、食事と運動で生活を変えたグループは、その後の糖尿病の発症が約58%も少なかった²⁾。しかも、薬を飲んだグループより成績がよかった。だから世界中のガイドラインが「まず減量」と言うし、自分も長いあいだ、それを疑わずに口にしてきた。
引っかかるのは、体重という数字だけをゴールに据えたときだ。落とせなかった人は、途端に行き場を失う。「結局、痩せられない自分には無理なんだ」。本当は血糖のためにできることは他にもあるのに、 体重計の針が動かなかった、その一点だけで、勝ち負けが決まってしまう。 ここが、いつも小骨みたいに引っかかっていた。
それに答えをくれたのが、今回の論文だ。ドイツなどで行われたPLISという試験のデータを、後から掘り直したものだ¹⁾。予備軍の人に生活習慣の介入をして、1,100人以上を9年あまり追っている。
面白いのは、研究チームが目をつけた相手だ。ふつう主役になるのは「ちゃんと体重が落ちた人」だろう。ところが今回はまるで逆で、 「生活を変えたのに、体重が減らなかった。むしろ増えた」という234人 のほうへ、わざわざライトを当てた。いつもなら「うまくいかなかった組」として、データの隅に置かれる人たちだ。
その人たちの体の中で、何が起きていたのか。ここから、自分の知っていた常識が少しずつ崩れていく。
22%が痩せずに血糖を戻し、糖尿病も遠ざけていた(前糖尿病の寛解)
体重が減らなかった234人のうち、およそ22%が、血糖を正常の範囲まで戻していた¹⁾。予備軍から、正常へ。体重は1kgも落ちていないのに、だ。これを「前糖尿病の寛解」と呼ぶ。
最初にこの数字を見たときは、素直に意外だった。血糖というのは体重と手をつないで動くもの、と自分はどこかで思い込んでいた。太れば上がる、痩せれば下がる。それくらい単純な話だと。でも実際には、体重計の針がぴくりとも動かないまま、血糖だけがすっと正常に戻る人が、5人に1人はいたわけだ。
肝心なのは、その先だった。痩せずに血糖を戻せた人たちは、予備軍のままだった人に比べて、 その後に2型糖尿病になった割合が約71%低かった ¹⁾。しかもその下がり方は、体重を落として正常化した人(約73%)と、ほとんど同じだった¹⁾。

痩せても、痩せなくても、糖尿病の遠ざかり方はほぼ変わらない。効いていたのは、体重が減ったことそのものより、血糖が正常に戻ったことのほうだった。長年「まず体重」と言い続けてきた身からすると、軽くはしごを外された気分になる。
しかも、話は糖尿病だけにとどまらない。米国と中国で、予備軍の人を20年、30年と追いかけた二つの長期研究をまとめて調べ直した解析が、去年Lancetの糖尿病・内分泌の専門誌に出た³⁾。血糖を正常に戻せた人たちは、戻せなかった人に比べて、その後の心血管死や心不全での入院がおよそ半分だった³⁾。
これは、すごく自分の中で大きかった。じつはこれまで、予備軍の人に生活改善をしてもらっても、心臓の病気そのものがはっきり減る、という結果は一貫しては出ていなかった。減量や運動を「やったかどうか」では、差が見えにくかったのだ。それが、血糖を正常に戻せたかどうかで分けると、くっきり差が出た。前糖尿病は、糖尿病の入口というだけでなく、心臓の病気の入口でもある。その入口から、いったん引き返せていた、ということだ。
体重計の数字より、血糖が正常域に戻ったかどうか。狙うべき的が、ひとつ横にずれた。
誰が、痩せずに戻せたのか
となると、次に気になるのはここだ。同じように体重が減らなかったのに、戻せた人と戻せなかった人で、いったい何が違ったのか。
論文の中に、ヒントが落ちていた。脂肪の「つき場所」だ。
同じように体重が増えても、増えた分が内臓のまわりについた人は血糖が戻りにくく、皮下のほうについた人は戻りやすかった¹⁾。内臓脂肪は、ちょうどインスリンの効きを直接邪魔する場所に陣取る、たちの悪い居候のような脂肪だ。一方の皮下脂肪は、いわば安全な物置に荷物をしまったような状態で、血糖への悪さが少ない。
つまり、 同じ「太った」でも、体のどこに溜め込んだかで、意味がまるで違ってくる。

そして体の中では、インスリンの効きやすさや、膵臓がインスリンを出す力が、静かに良くなっていた¹⁾。体重計に表示される数字は同じでも、中身では効きの良し悪しがそっくり入れ替わっていた、ということだ。見た目は変わらないのに、エンジンだけ積み替えていたようなものだ。
だから「体重が減らない=何も進んでいない」では、ない。目に見えないところで、体は血糖を戻す方向に動いていることがある。
外来では毎回、体重を聞く。「それが、なかなか減らないんですよ」と言われると、こちらも言葉に詰まった。体重という一点だけで話していると、針が動かなかった日は、なんとなく二人して負けたような空気になる。でも、これからはそうじゃない。体重が動かなくても、「血糖のほうは戻ってきていますよ」と、別の数字で話を続けられる。負け、で終わらせずに済む。
ただし、研究を読む上で気をつけること
希望の湧く話だけど、勝ちすぎた読み方はしないでおく。ここまで挙げた研究は、糖尿病の話も心臓の話も、どれもグループを割り付けて比べた試験ではない。後から「正常化できた人・できなかった人」を分けて振り返った解析だ。だから 「血糖を正常化させれば必ず糖尿病や心臓の病気を防げる」と、因果まで言い切れるわけではない。 戻せた人は、もともと体質的に有利だった可能性も残る。
それでも、向きは一貫している。米国の大規模な予防研究でも同じ傾向が出ているし¹⁾、脂肪のつき場所やインスリンの効きという体の中の説明もつく。気合いさえあれば誰でも寛解できる、という話にはしたくない。けれど「痩せられないなら終わり」でもない。今はそこに立って読むのが、いちばん誠実だと思う。
じゃあ、何を追えばいいのか(血糖・HbA1cの見方)
提案はシンプルだ。毎朝、体重計にのって一喜一憂するのを、少しだけやめてみる。代わりに気にするのは、血糖が正常に戻ったかどうか。 気にする数字を、ひとつ入れ替えるだけだ。
見るのは、健診の空腹時血糖とHbA1c。もう少し踏み込むなら、空腹時インスリンも。インスリンの効き具合がわかる数字で、採血一回で出る。予備軍の人には、体重よりこっちのほうがずっと的を射ている。
頻度は、3〜6ヶ月に一度で十分だ。血糖の指標は、体重と違って日替わりでは動かない。半年スパンで前と見比べれば、それで足りる。
念のため。体重を無視していいわけではない。落とせるなら、落としたほうがいい。ただ、体重が動かない時期に「自分は何も進んでいない」と決めつけなくていい。今日言いたいのは、それだけだ。
そして、体重が落ちなくても血糖は動く。しかも論文の中だけの話じゃない。今日の食卓や、ちょっとした動きで、自分の手元から起こせる。
野菜やタンパク質を先に食べ、白米やパンを後に回す
食後すぐに10分歩く
夜の炭水化物を少し軽くする
睡眠を削らない
どれも体重はほとんど変えないのに、食後の血糖の山を低く抑える方向に効く。インスリンの効きをよくしたり、糖を筋肉へ引き込ませたり。別々のスイッチを押している。
もうひとつ、筋トレを17年やってきた人間として、どうしても足しておきたいのが、脚の筋肉だ。太ももやお尻の大きな筋肉は、食べた糖を引き受ける、体でいちばん大きな受け皿になる。理想はスクワットだけど、しんどい日は、椅子から立ち上がるのを何度か繰り返すだけでもいい。
ただ、ここにひとつ、やっかいな罠がある。筋肉には、それなりの重さがあるのだ。だから脚に筋肉がついても、体重計の数字はなかなか下がらない。それどころか、増えることすらある。でも、慌てないでほしい。見た目の数字に反して、中身は確実に、糖をさばける体に近づいている。今回の論文が扱っていたのは脂肪のつき場所のほうだけど、脚の筋肉を足すというのも、痩せずに血糖を良くするもう一本の道だと、自分は思っている。

じつは自分でも、血糖センサーを2週間つけて、いちばん腹に落ちたのがここだった。同じ定食を食べても、食後に歩いて脚を使った日と、座ったままだった日とで、血糖の山がはっきり違う。体重計には一切出てこない差が、スマホのグラフにはくっきり描かれていた。
何より意外だったのは、何を食べたかより、食べたあとにどう動いたか、前の晩にちゃんと眠れたか、そっちのほうで山の高さが変わったことだ。午前に動き回った日の昼食はやけに穏やかで、座って会議が続いた日は、同じメニューなのにぐんと跳ねる。寝足りない翌朝は、いつもの朝食でも高めに出た。数字を目の前に突きつけられるまで、医者の自分ですら気づいていなかった。
その2週間、体重はほとんど動かなかった。それでも、ふだんの過ごし方ひとつで血糖はここまで変わるのか、と自分の体で思い知らされた。
何が山を上下させていたかは、医者が2週間リブレをつけて気づいたことに細かく書いた。食後に歩くタイミングの話は、血糖は「いつ歩くか」で決まるのほうにまとめてある。体重ではなく血糖を追う、を具体的にどうやるか知りたい人は、この2本が地続きになると思う。
最初の診察室の話に戻る。あのとき「まず痩せましょう」しか渡せなかった人に、今なら、もう一つ別の数字を見せられる。体重計がびくともしない朝でも、体の中では、ちゃんと何かが動いていることがある。
痩せられなくて、自分を責めていた予備軍の人へ。追う数字は、体重計だけじゃない。
まとめ
糖尿病予防で「まず減量」は正しい。ただし体重だけをゴールにすると、落とせない人が行き場を失う
体重が減らなかった人の約22%が、痩せずに血糖を正常へ戻していた
血糖を正常化できた人は、その後の糖尿病発症が約71%低く、痩せて正常化した人とほぼ同じだった
戻せた人は、増えた脂肪が内臓ではなく皮下についていて、インスリンの効きが改善していた
ただし事後解析であり、「正常化させれば必ず防げる」と因果までは言い切れない
追う数字を、体重計から血糖(空腹時血糖・HbA1c)へ。体重が動かなくても、食べ方・食後の歩き・睡眠、脚の筋トレで血糖は動く
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参考文献
1) Sandforth A, Vazquez Arreola E, Hanson RL, et al. Prevention of type 2 diabetes through prediabetes remission without weight loss. Nat Med. 2025. PMID: 41023486. DOI: 10.1038/s41591-025-03944-9 2) Knowler WC, Barrett-Connor E, Fowler SE, et al. Reduction in the incidence of type 2 diabetes with lifestyle intervention or metformin (Diabetes Prevention Program). N Engl J Med. 2002;346(6):393-403. 3) Vazquez Arreola E, Gong Q, Hanson RL, et al. Prediabetes remission and cardiovascular morbidity and mortality: post-hoc analyses from the Diabetes Prevention Program Outcome study and the DaQing Diabetes Prevention Outcome study. Lancet Diabetes Endocrinol. 2026;14(2):137-148. PMID: 41397402. DOI: 10.1016/S2213-8587(25)00295-5
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