半年のノルウェー式HIITが、5年後の記憶力を守っていた
30分歩いた群では出なかった差が、4分×4本のHIIT群で出た。
65〜85歳の健康な高齢者194人を、3つの運動メニューに分けた研究だ。
半年後、心拍数を管理しながら30分歩いた群では、海馬を使う記憶力を測るテストの成績はほぼ変わらなかった。
一方、HIIT群だけは改善していた¹⁾。
しかも、その上積みは5年後も残っていた。
半年でついた差が、5年後も消えていなかった。
これはかなり気になる。
外来で70代の患者さんに「運動してますか?」と聞くと、「毎朝歩いてます」と返ってくる。嬉しそうに言う人も多い。自分も「いいですね!」で済ませていた。
今回の論文を読んで、あの返しでよかったのかと考え込んでいる。
65〜85歳に、4分×4本のHIITをやらせた
オーストラリアで行われた無作為化試験で、認知機能に明らかな問題がない65〜85歳の194人を、次の3群へ分けた¹⁾。

低強度群:ピーク心拍数の45〜55%。ストレッチ、バランス、可動域運動
中強度群:ピーク心拍数の60〜75%。トレッドミルで30分間の持続運動
HIIT群:ピーク心拍数の85〜95%で4分間。3分の回復を挟んで4本
週3回を6カ月。全72回で、151人が最後まで完遂した。
中強度群は、日常のゆっくりした散歩ではない。心拍数を管理したトレッドミル運動だ。それでも、HIIT群とは明確に強度が違う。
3群めだけ、空気が変わる。
4分間のきつい運動を4本。最大に近い心拍数まで上げる。
自分も週1〜2回やっている。めちゃくちゃきつい。いわゆる「ノルウェー式HIIT」だ。
これを70代にやらせたのか。論文を読んだとき、本気で心配した。
倫理的に大丈夫なのか?、と思った。
1件はストレッチ組の参加者が自宅で心不快感を訴えたもの、もう1件はHIIT組で膝を痛めて理学療法を要した例。入院に至ったケースはゼロ。トレーナーが常時横について、心拍数も個別に設計されていたからこその結果だと思う。
半年後、右海馬の体積に差がついた
差は明快だった。
研究ではMRIを使い、海馬の細かな体積変化を調べている。撮影は開始時、6カ月後、12カ月後だった。
低強度群と中強度群では、6カ月後に右海馬の体積が減っていた。
HIIT群だけ、右海馬の体積を維持していた。
12カ月後も、HIIT群の右海馬はほかの2群より体積減少が小さかった¹⁾。

左海馬は3群とも減っていた。HIITで海馬全体の萎縮が止まったわけではない。差が出たのは右海馬だ。
PALTEAという認知課題でも差がついた。画面上の模様と場所の組み合わせを覚える空間学習課題だ。誤答が少ないほど成績がいい。
6カ月後に誤答が減ったのは、HIIT群だけだった。
低強度群と中強度群は悪化していない。おおむね開始時の成績を保っていた。認知課題に限れば、ウォーキングは現状維持。HIITは改善。そういう差だった。
脳の白質にも変化があった。運動指令を伝える皮質脊髄路と、言語機能に関わる弓状束。低強度群だけが減少し、中強度群とHIIT群では維持されていた¹⁾。
海馬の体積で差を残したのはHIIT群だけ。白質の一部は、心拍数を管理したウォーキングでも保たれていた。歩く価値はここにも残っている。
半年でついた記憶力の差が、5年消えなかった
この研究でいちばん驚いたのは、介入が終わったあとだ。
認知課題はその後も追跡され、研究開始から最長5年まで調べられている。半年の運動が終わってから数えると、約4年半後だ。
HIIT群で改善した空間学習の成績は、5年後も残っていた¹⁾。
しかも、差はほとんど縮んでいない。差の大きさを表す効果量は、6カ月時点でd=0.72〜0.74。48カ月を超えた時点でも0.73〜0.77だった¹⁾。
HIIT群がずっと伸び続けたのではない。半年で生まれた上積みが、そのまま保たれていた。ほかの2群も、開始時とほぼ同じ成績で推移している。
さらに、開始時にこの課題が苦手だった人ほど、HIITで大きく伸びていた。効果量は低強度群と比べてd=1.4、中強度群と比べて1.7¹⁾。
半年でついた差が、5年後まで残った。ここは強い。

なぜHIITだけが効いたのか(BDNFとケトン体)
なぜHIITだけに、これほど長い差が残ったのか。
研究チームは17種類の血液マーカーを追っている。その中で目立ったものは3つ。BDNF、BHB、コルチゾールだった¹⁾。
1つめはBDNF。ざっくり言えば、脳の肥料だ。
HIIT群では、初回の運動前後のBDNF変化が大きかった人ほど、6カ月後の認知課題テストの改善も大きかった。単にBDNFが増えたかではなく、その反応と空間学習の伸びが結びついていた。
2つめはβヒドロキシ酪酸。BHBと呼ばれるケトン体だ。
BHBは運動後に増え、その変化はHIIT群で大きかった¹⁾。別のマウス研究では、運動で増えたBHBが海馬のBDNF発現を促す経路も報告されている²⁾。
きつい運動でBHBが上がる。BDNFの回路が動く。
脳の肥料工場がフル稼働する。
そんな絵が浮かぶ。
ただし、この流れが人で一本道として証明されたわけではない。今回のRCTで確かめられたのは、BHBが動くことと、BDNFやコルチゾールの反応が認知課題テストと関連していたところまで。「メカニズムは確定した」ではなく、かなり面白い仮説が残った、と考えるのがちょうどいい。
3つめはコルチゾールだ。
低強度群と中強度群では、運動前後のコルチゾール反応が月を追うごとに小さくなった。一方、HIIT群では反応が残っていた¹⁾。
さらにHIIT群では、初回にコルチゾールが大きく動いた人ほど、6カ月後の認知機能テストの改善も大きかった。
慢性的なストレスでコルチゾールが高い状態と、短時間の運動で急に動く反応は同じではない。きつい刺激が、脳へ成長の合図を送った可能性がある。
1本のRCTで、どこまで言えるか
この研究はRCTだ。無作為に分けたことで、開始時の年齢や体力に大きな偏りはなかった。認知課題の成績もそろっていた¹⁾。
「もともと元気な人がHIIT群に集まった」という問題は、かなり抑えられている。ただ、何でも排除できるわけではない。
運動をしない座位対照群がない。対象は認知機能に問題がなく、運動へ参加できる健康な65〜85歳だ。194人のうち72回を完遂したのは151人。評価者と運動指導者も、参加者がどの群かを知っていた。
MRIは12カ月後まで。5年後まで調べたのはPALTEAだ。
認知課題の差も、PALTEA以外には広がっていない。作業記憶や視覚作業記憶、感情認識では、同じ差は出なかった。
運動が終わったあとの4年半は、それぞれが自分の生活に戻っている。
この研究で強く言えるのは、半年の監督下HIITで海馬依存性の空間学習が改善し、その上積みが研究開始から5年後まで残ったこと。
「脳全体が若返った」「記憶力が全部守られた」「海馬の体積が5年間保たれた」まで書くと、論文を超える。
自分は17年トレーニングをしてきて、追い込んだ翌日に頭がクリアになる感覚がある。でも、それが海馬なのか。睡眠や気分の変化なのか。体感だけでは分からない。だからデータが要る。
1本のRCTで世界が変わるわけではない。でも、この質のデータが出てきた。その意味は小さくないと思っている。
じゃあ何をすればいいか|ウォーキングをやめずに、高強度を混ぜる
この研究で使われたのは、ノルウェー式HIITだ。
4分間をピーク心拍数の85〜95%で動き、3分間落とす。これを4本。研究では週3回だった。
65〜85歳でも151人が半年間を完遂した。入院に至る有害事象もなかった¹⁾。ただし、専門家が毎回監督し、強度も最大運動負荷試験で個別に決めた試験だ。高齢者へ自己流の4×4を一律に勧められるデータではない。
自分も4×4をやっているが、今でもかなりきつい。運動習慣がない人へ、いきなり同じものは勧めない。
それでも、この論文から言えることは変わらない。
ゆるい運動「だけ」で終わらせないこと。
ウォーキングもストレッチも意味がある。運動全体のエビデンスでは、少しでも体を動かすほうが、何もしないより健康上の利益がある³⁾。
その上で、ときどき心拍数がぐっと上がる運動を混ぜられるか考える。研究では週3回だった。自分は週1〜2回が多い。週1回で同じ脳の効果が出るかは分からない。
でも、健康全体で見ればゼロよりは明らかに良い。
似たような構造の話は他にもある。「全力1分」と「散歩1時間」の健康効果がほぼ同じだった研究でも、インターバル速歩3分×3分の話でも、共通しているのは「たまにきつい」を混ぜることの重要性だった。
40〜50代ならエアロバイクでの4×4が入りやすいと思う。自分はトレッドミル傾斜をつけて走ることが多いけど、バイクのほうが膝に優しい。

心拍数モニターは必須だ。感覚だけで「きつい」と判断すると、強度が足りていないことが多い。最大心拍数はざっくり「220 − 年齢」で出る(40歳なら180)。その85〜95%だから、40歳なら153〜171を4分間キープする計算になる。正直、相当きつい。運動習慣がない人が、いきなり同じ強度から始めるものではない。 胸痛や失神、強い息切れがある人は、先に医療機関へ相談してほしい。
頻度は、研究では週3回だった。自分は週1~2回やることが多い。週1で同じ効果が出るかは分からないけど、ゼロよりは明らかに良いと思っている。
60歳以上で運動習慣がない人は、まずメディカルチェックから。坂道を少し速めに歩くところから始めて、徐々に上げていけばいい。この論文の対象者も、心疾患や高血圧が事前に除外されていた。
自分も40代に入って、筋肉より脳のメンテナンスが気になり始めた。
「40代から始めれば同じ結果が出る」と、この研究は示していない。それでも、70代で4×4をできる体は、70代になって急には作れない。
40代で強度を混ぜ始める。70代でも続けられる体を作る。自分はそこを狙っている。
「半年の投資で5年守れる」
そう言いたくなるデータだった。次に患者さんから「毎朝歩いています」と言われたら、まず「いいですね」と返すと思う。
そのあとに、もう一つ聞く。
「息が上がる運動は、どこかに入っていますか?」
まとめ
65〜85歳の健康な高齢者194人を3群へ無作為に分け、151人が6カ月・全72回の運動を完遂した
HIIT群では6カ月後に右海馬の体積が維持され、PALTEAで測った空間学習が改善した
空間学習の上積みは研究開始から5年後も残った。MRIを撮ったのは12カ月後まで
機序の仮説は、きつい運動で上がったBHBがBDNFを動かす流れ。脳の肥料工場がフル稼働する、という絵は面白い。ただし人で一本道が証明されたわけではない
ウォーキングをやめる必要はない。その上に、ときどき高強度を混ぜられるか考える
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参考文献
1) Blackmore DG, Schaumberg MA, Ziaei M, et al. Long-Term Improvement in Hippocampal-Dependent Learning Ability in Healthy, Aged Individuals Following High Intensity Interval Training. Aging and Disease. 2025;16(3):1732-1754. doi:10.14336/AD.2024.0642.
2) Sleiman SF, Henry J, Al-Haddad R, et al. Exercise promotes the expression of brain derived neurotrophic factor through the action of the ketone body β-hydroxybutyrate. eLife. 2016;5:e15092. doi:10.7554/eLife.15092.
3) Bull FC, Al-Ansari SS, Biddle S, et al. World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Br J Sports Med. 2020;54(24):1451-1462. doi:10.1136/bjsports-2020-102955.
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