「パパ、口くさい」で目が覚めた、医者のケトジェニックダイエット
医者の自分は、論文を読んでは自分で試してみないと気が済まない。
ある時期、短時間の爆発的な運動が健康にいい、という研究を立て続けに読んだ。HIITとか、階段ダッシュが死亡率を下げる、みたいな話だ。
それで、医局の隅に48kgのケトルベルをこっそり置いた。誰も動かせないから完全に邪魔物扱いされていたんだけど、自分はそれを仕事の合間に振り回していた。
ケトルベルスイングは股関節のヒンジに合わせて息を強く短く吐くから、口から「シュッ!シュッ!」と音が出る。同僚に「なんかやかん沸いてない?」と聞かれたこともあった。すみません、やかんじゃないです。自分の口です。
非常階段を全力で駆け上がるのも日課にした。論文に「階段ダッシュ」と書いてあったから、本当に毎日やった。そしたら踊り場で教授回診の一団とすれ違って、汗だくの自分がずらっと並んだ先生方の前を息を切らして通過していった。誰にも何も言われなかったのが、一番怖かった。
今回はそんな医者が、ケトジェニックダイエットを1ヶ月だけ本気でやって、LDLコレステロールが112mg/dLから182mg/dLまで跳ねた話を書く。家族に「パパ、口くさい」と言われ、論文を読み直し、最終的にやめた1ヶ月の記録だ。
なぜ手を出したか(YouTuberに完全に影響された医者)
ケトジェニックを始めたのは、当時ハマっていた海外のフィットネス系YouTuberが、全員ケトだったからだ。
「脂肪をエネルギーに変える体を作れ」 「糖質は毒」 「ケトアダプテーション(適応)すれば頭もクリアになる」
医者なのに完全に影響されていた。
自分なりに論文も読んだ。短期的な減量効果のエビデンスはあるし、てんかん治療としての歴史もある。理屈は通る。やってみた。
糖質20g以下の世界(3日目から頭が回らなくなった)
糖質を1日20g以下に制限する。米もパンも麺も果物も禁止。許されるのは肉、魚、卵、チーズ、ナッツ、葉野菜、MCTオイル。
3日目くらいから頭が回らなくなった。外来で患者さんの名前がすぐ出てこない。カルテを書くスピードも落ちた。
これがケトフル(ケトを始めた後の一時的な体調不良)だと自分に言い聞かせた。「最初の壁を越えればケトアダプテーションが起きる」。YouTuberがそう言っていたから。
「パパ、口くさい」(呼気のアセトン臭)
2週間を過ぎたあたりから体重が落ち始めた。たぶん1ヶ月で5〜6kg。正確な数字は覚えていない。体脂肪もかなり減って、腹筋が見え始めた。
いけるかも、と調子に乗ったタイミングで、子どもに言われた。
「パパ、口くさい」
「ハハ、面白いね。さっきグレープフルーツ食べたからかな」と誤魔化した。ケトジェニック中だから果物なんて食べていない。
でもたぶん、ケトン体だった。体が脂肪を燃やすときに出るアセトンが呼気に混じる。果物のような、あるいは除光液に近い甘い臭い。ケトジェニック中に出る典型的な症状だ。
ケトルベルでシュッシュッ言っていた口から、甘い果物臭もしていた可能性がある。同僚たち、本当に申し訳なかった。誰も指摘してくれなかっただけで、たぶん気づいていた気がする。
LDL 182mg/dL(健康診断でやらかした)

血液検査もバグった。
ケトを始めて1ヶ月くらいで健康診断があった。LDLコレステロールが112mg/dLから182mg/dLまで跳ね上がっていた。
日本動脈硬化学会の基準(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版)では、LDL ≥140mg/dL は「高LDLコレステロール血症」¹⁾。完全にスクリーニングに引っかかる数字だ。
ケトジェニックでは脂質を大量にとるから、LDLが上がる人がいる。リーンマスハイパーレスポンダー(LMHR)と呼ばれる現象だ。痩せていて代謝が健康な人ほど起きやすい、と提唱者グループは言っている。
ただし、この概念を支えている研究は提唱者グループ(FeldmanやNorwitzら)のものが中心で、独立した別グループからの検証はまだ限定的、という前提がある。
自分、まさにそれだった。
LDLが上がっても動脈硬化が進まない人がいる、という議論については別の記事でも触れた。ただ「LDLが上がっても大丈夫な条件」は、想像よりずっと狭い。→ 関連:ケトでLDL高い人に、医者として確認してほしいことがある
LMHRの最新エビデンス(と、その後)
LDLが高く、HDLも高く、中性脂肪が低い。痩せている。この組み合わせの人がケトを始めると、LDLが特異的に跳ね上がる。LMHR(リーンマスハイパーレスポンダー)と呼ばれる現象だ。2017年に、Dave Feldmanという市民科学者が提唱した²⁾。
LMHR推進派の主張はこうだ。
「痩せていてLMHRなら、LDLが上がってもプラークは進まない」
根拠とされた論文が2本ある。
ひとつめは2024年のKETO Trial³⁾。ケトを平均5年続けてきたLMHR・準LMHR 80人と一般集団80人を比べた研究で、両群でプラーク量に差はなかった。ただこれは、ある時点で写真をパシャっと撮った横断研究にすぎない。
ふたつめは2025年のKETO-CTA Trial⁴⁾。LMHR・準LMHR 100人を1年追跡し、プラーク進行を直接測った。LDLやApoB(似た脂質指標)とプラーク進行に、関連は見えなかった。
タイトルがそのまま結論だった。
Plaque Begets Plaque, ApoB Does Not. プラークがプラークを呼ぶ。ApoBは予測しない。
ところが、この論文は撤回された

2026年初頭、編集部が方法論への懸念表明を出し、その後著者ら自身の要請で撤回された⁵⁾。
CCTAのプラーク評価を委託した外部AIサービスのデータが、別ソフトでの再解析と一致しなかった。修正で済む範囲を超えていた、というのが理由⁶⁾。
著者らは2026年1月に再解析データをプレプリント(medRxiv)に投稿しているが⁷⁾、2026年4月時点で査読は通っていない。
「ケトでLDLが高くてもプラークは進行しない」と読める査読済みのデータは、いま、存在しない。
安心できない理由(医者として、3つだけ書く)
まず、その1年追跡論文は、もう撤回されている。
Expression of Concernのその先で、著者ら自身が撤回を要請し、編集部もそれを認めた。CCTA解析の根幹のデータに信頼性の問題があったからだ。再解析の結果は出るかもしれないし、出ないかもしれない。少なくとも今この瞬間、「LMHRなら大丈夫」を支える査読済みのエビデンスはない。
仮に再解析で同じ結論が出たとしても、追跡は1年しかない。
動脈硬化は10年、20年のスパンで進む。1年で差がなかったから10年後も大丈夫、とは言えない。
そして、対象は100人。
数十万人〜数百万人規模の疫学データで「LDLは動脈硬化の原因のひとつ」と結論づけられている流れに対して、100人×1年で塗り替えるのは無理がある。少なくとも、現時点では塗り替わっていない。
ついでに言うと、KETO Trialの組入れ基準(LDL ≥190、HDL ≥60、TG ≤80)にも、Norwitz 2022が示した厳密なLMHR定義(LDL ≥200、HDL ≥80、TG ≤70)にも、自分のLDL 182は届いていない。
「LMHRだから大丈夫」という理屈すら、自分には適用できなかった。
医者として、LDLが高い状態を「論文ではこういう人もいるから」で放置するのは、やっぱり気持ち悪い。自分の血管で賭けをしている感覚だった。
ベンチプレスの重量も落ちた
トレーニングにも響いた。ベンチプレスの重量が落ちた。高重量の爆発力がなくなる。
ケト適応の初期は筋グリコーゲンが下がるから、理屈としては当然なんだけど、プレートが1枚減るのは萎える。
ケトルベルを振り回す元気はあるのに、ベンチのMAXは下がっていく。見た目だけ仕上がったハリボテみたいだった。
やめた本当の理由は、論文に載っていない
LDLの数字でも、ベンチの重量でもなかった。
家族がいると、ケトは続かない。
子どもと同じ食事ができない。自分だけ米を食べない。家族で外食しても、自分だけメニューが極端に限られる。
「今日カレーだよ」って言われて 「自分はルー抜きで、肉だけ食べるね!」 を続けていたら、限界がきた。
口くさいと言われた子どもと同じ食卓で、自分だけ違うものを食べている。
これ、なんのためにやってるんだっけ。
その問いに答えられなくなった時点で終わった。
経営者のクライアントを診ていても、似たような話をよく聞く。会食、接待、家族の誕生日。「糖質は完全カット」を続けるには、人付き合いを諦めるか、毎回別メニューを頼むかになる。それで体重が落ちても、その人の生活の質は確実に下がっている。
論文には「家族と外食で続かない」とは書いていない。でも臨床的には、これがいちばん効く要因だ。
じゃあ、ケトをやらずに同じ効果を出すには
ケトジェニック自体が悪いとは思っていない。短期減量の効果はあるし、てんかん治療としては確立されたプロトコルだ。医師の管理下で、目的を絞ってやるなら選択肢になる。
ただ自分の経営者外来で、「痩せたい」と相談されたときに勧めているのは、もっと地味な話だ。論文で裏付けられているわけではなく、臨床で効いた手応えベースの話になる。
主食を2〜3割減らす(ゼロにしない。会食も普通に行ける範囲で)
最初のひと口をタンパク質にする(GLP-1分泌が増え、胃排出が緩徐になる。食後の血糖・インスリンの上がり方が緩やかになり、その後の食欲が立ち上がりにくい)
タンパク質を1食あたり手のひら1枚分(不足のほうが圧倒的に多い)
夕食の炭水化物だけ少し減らす(朝・昼は普通に米を食べる)

これだけで、3ヶ月後の血液検査が変わる人が多い。LDLも荒れない。家族と同じものを食べられる。だから続く。ケトみたいな派手さはない。腹筋もすぐには見えない。ただ、生活が壊れない。
なお、糖尿病・腎疾患・脂質異常症で治療中の方、妊婦・授乳婦、成長期の子どもは、自己判断で食事を大きく変えず、必ず主治医に相談してください。
いま、自分が伝えたいこと
48kgのケトルベルは、たぶん今も医局のどこかにあると思う(重すぎて誰も運べない)。ケトジェニックはもうやらない。
医者の自分が1ヶ月やってみてわかったのは、3つだけだ。
短期で体重は落ちる。ただし、高強度の筋トレとは相性が悪い。
LDLが跳ねる人がいる。「LMHRではLDLやApoBがプラーク進行を予測しなかった」と報告したデータが一時期話題になったけれど、その論文は2026年に撤回されている。10年単位のことは、まだ誰にもわからない。モニタリングなしでやるのは、自分の血管で賭けをするのと同じだ。
そして、家族がいると続かない。どんなに理屈が正しくても、生活に組み込めないなら、その方法は自分の答えではなかった。
今は普通に米を食べている。
まとめ
ケトジェニック1ヶ月でLDLが112→182mg/dLに跳ねた(日本動脈硬化学会基準で「高LDLコレステロール血症」)
ケト食実践者(LMHRおよび準LMHR)を観察したKETO Trialでは、対照群とプラーク量に有意差は出なかった(横断研究)
1年追跡したKETO-CTA論文も話題になったが、2026年に方法論上の問題で撤回されている
家族・接待・会食がある生活では、糖質完全カットは続かない
経営者外来では、主食2〜3割減+タンパク質ファーストを勧めている
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※本記事は一般的な健康・医学情報の提供を目的としたものであり、特定の個人に対する診断・治療・医学的助言を行うものではありません。健康上の懸念がある場合は、必ず医療機関を受診してください。記事の情報に基づく行動の結果については、筆者は責任を負いかねます。
#健康 #ダイエット #食事管理 #ケトジェニック #論文解説
参考文献
日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版. 2022.
Norwitz NG, Feldman D, Soto-Mota A, et al. Elevated LDL Cholesterol With a Carbohydrate-Restricted Diet: Evidence for a "Lean Mass Hyper-Responder" Phenotype. Curr Dev Nutr. 2022;6(1):nzab144. doi:10.1093/cdn/nzab144
Budoff M, Manubolu VS, Kinninger A, et al. Carbohydrate Restriction-Induced Elevations in LDL-Cholesterol and Atherosclerosis: The KETO Trial. JACC Adv. 2024;3(8):101109. doi:10.1016/j.jacadv.2024.101109
Soto-Mota A, Norwitz NG, Manubolu VS, et al. Longitudinal Data From the KETO-CTA Study: Plaque Predicts Plaque, ApoB Does Not. JACC Adv. 2025;4(7):101686. doi:10.1016/j.jacadv.2025.101686 ※本論文は2026年に著者要請により撤回(Retracted)。原タイトルは "Plaque Begets Plaque, ApoB Does Not: Longitudinal Data From the KETO-CTA Trial" として公開され、その後現行タイトルに変更された。
Expression of Concern: "Plaque Begets Plaque. ApoB Does Not: Longitudinal Data from The KETO-CTA Trial". JACC Adv. 2026;5(3):102607. doi:10.1016/j.jacadv.2026.102607 ※その後、著者要請により論文は撤回。JACC公式およびScienceDirect論文ページに「This article has been retracted at the request of the authors and the Editors」と表示。
Norwitz NG. We Want to Retract Our Own Paper. Stay Curious (Substack). 2026年3月. https://staycuriousmetabolism.substack.com/p/we-want-to-retract-our-own-paper
Norwitz NG, et al. The Impact of Sustained LDL-C Elevation on Plaque Changes: Primary Coronary plaque progression results from the Keto CTA Study. medRxiv. 2026年1月. doi:10.64898/2026.01.15.26343955 ※未査読プレプリント
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