政治:ヒトにおいて少数が多数を支配すること
「政治」とは少数の人間が多数の人間を支配すること。
今回は、Geminiに手伝ってもらいました。
政治という翻訳語
政治とは明治から使われた翻訳語でした。
「行政」及び「政治」の用語と概念
https://meigaku.repo.nii.ac.jp/record/627/files/hougaku_93_21-48.pdf
政治:少数が多数を支配
一般的に「政治」とは、ソーシャル全体の意思決定を行い、秩序を維持し、公共の利益を追求する活動にみえます。しかし、その実態は、いかにして少数者の意思決定が多数者を動かし、特定の目的を達成していくかという政治力学に他なりません。これは、部族社会、国家誕生から古代ギリシャのポリスや現代のデモクラシー国家に至るまで、形を変えながらも一貫して見られる特徴と言えると思います。
アルファメイル アルファフェメイル
集団における少数支配の萌芽は、人類の歴史の非常に初期から見られます。生物学的にも、餌付けされたサルの群れを率いる**アルファメイル(Alpha Male)やアルファフェメイル(Alpha Female)**といった特異個体が存在するように、人間社会においても、強いリーダーシップを発揮する少数者が集団を統率する傾向があります。彼らは、体力、知力、カリスマ性といった様々な要素によって、他の構成員をまとめ上げ、集団全体の方向性を決定する役割を担ってきました。これは、政治における少数支配の最も原始的な形態と言えます。
これは教育の失敗かな?現実のサル社会のボスはオスばかりではない
— ひろ(z)💜🧡💛💚❤️💙🤍💗 (@zako22) December 27, 2024
>上野動物園のサル山では、これまでに15匹のリーダーが誕生しており、そのうちメスは5匹。高尾山さる園でも、5匹のうち1匹がメス
ボスは腕力で決まる場合と、それ以外(血縁など)で決まる場合があり、腕力で決まる場合は圧倒的にオス
ニホンザルにおいて自然の自由採取ではアルファメイルは出現しない
餌が多量かつ一箇所供給される餌付けだと、それを独占する個体即ちアルファメイル(アルファフェメイル)が出現するようです。
ペイトリアーキ
ヒトの種族的家族共同体の形態は統一されてはおらず少数意思決定は父系家族と母系家族など多様だったようです。
近代ヨーロッパではペイトリアーキ(父系性)が制度的に成立し日本など各国に影響を与えたようです。
少数支配の原則
政治における少数支配の原則は、集団の規模が拡大し、意思決定が複雑になるにつれて、より顕著になります。全ての構成員が全ての意思決定に関わることは非効率的であり、現実的ではありません。そのため、専門的な知識や経験を持つ少数者が、集団全体の利益のために意思決定を代行するという構図が生まれるのです。この原則は、効率性や専門性の確保という側面を持つ一方で、権力の集中と濫用がしばしばおきます。
power の源泉 規範
規範とは認められた取り決め、ないし約束のことを指す。認めたのだから、守らなくてはならない。たとえば、青信号は進めという交通ルール。おれは反対だからといって、このルールを守らなければ、交通事故をおこす可能性がある。
こうした規範によって、人びとの実践と活動は社会的に規制されている。規範は社会のルールを指すといってもいいかもしれない。法律もこうした規範にあたる。もちろん、こうした規範は、社会の状況が変化するにつれて、変更されていく可能性がある。
近代以降、支配者の意志は国家意志となり、その規範は法律のかたちをとり、それに違反した者を規定にもとづいて罰するようになる。そして、支配者自身もまた法律にしたがわなくてはならなくなるのが近代の特徴だといえる。
そこで、滝村は、権力とは「規範にもとづいた観念的な支配力」にほかならないと規定することになる。
https://karinkarin01.seesaa.net/article/2018-05-20.html
「ルールだから」従う人は何割?「罰も報酬もないルール」になぜ人は従ってしまうのか?https://t.co/lZUImxo5P6
— ナゾロジー@科学ニュースメディア (@NazologyInfo) June 12, 2025
英ノッティンガム大学は「人はなぜルールを守るのか」という疑問に迫りました。研究では、守ることに意味が感じられないルールにも多くの人が従うことが分かりました。なぜでしょうか。 pic.twitter.com/iBp2xZORw5
https://www.nature.com/articles/s41562-025-02196-4
集団における power の発生
この power の翻訳語が権力です。
権力とは「規範にもとづいた観念的な支配力」にほかならない
https://karinkarin01.seesaa.net/article/2015-02-26.html
権力とは規範としての意思による支配である。滝村隆一
— Kuto (@KutoCat) January 31, 2015
権力は国家だけの現象ではない。職場においても、学校においても、支配−服従関係の発生する場においては、どこでも権力が発生する。 権力が存在するところでは、権力者の指示・命令(支配者の意志)にしたがって人が行動する。逆に、そうした関係がまったくないところでは権力は成立していない。
https://karinkarin01.seesaa.net/article/2018-05-20.html
組織のあるところ権力は存在します。権力とは、規範による、個々の組織構成員の意志に対する支配力のことです。この支配力に対して、組織の個々人が喜んでそれを受け入れようと、いやいや受け入れようと権力の本質には関係ありません。このことは滝村隆一さんから学びました。
— 蝸牛疾走(かぎゅうしっそう) (@kagyu_tetsu6) August 11, 2015
権力は大きく分けて、経済権力と政治権力にわかれます。企業や労働組合などの経済権力が、おもに物質的な富の生産と分配にかかわるとすれば、政治権力は思想やイデオロギーなどの観念にかかわっています。ほかに思想やイデオロギーにかかわる権力としては、宗教組織(教団)などが挙げられるでしょう。マスメディア権力にも、たぶんにそうした側面があります。
もちろん、経済権力、政治権力、宗教権力、思想権力といっても、その分類は画然としたものではありません。たとえば宗教組織が、政治的・経済的役割をもつこともあり、経営者団体や労働組合などの経済権力が政治的性格を帯びることもあるわけです。
https://karinkarin01.seesaa.net/article/2015-02-26.html
支配者はpowerを持つことで非共感になる
ヒトは、少しでもパワーをもつこと、例えばスポーツ(ゲーム)ゲーマー、ヨガ練習者、瞑想家、医学部教育の学生、富裕層においても共感的でなくなることが知られています。
多少でも他人より優れていることがあれば、人間はすぐに脳が変容し非共感的になってしまいます。
祭祀王から政治王へ:国家の誕生
政体循環:専制の独裁から寡頭制、ダイレクト・デモクラシー
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、政体の循環を論じました。これは、少数支配の形態が時代とともにどのように変化してきたかを示します。
【政治体制分類一覧表】今日延々ツイートしてきたものを表にまとめました。 pic.twitter.com/oWtT4nCJht
— ギリシア語たん(自転車操業中) (@Hellenike_tan) January 11, 2014
世界史でも教えられています。
独裁専制
組織集団
最も単純な少数支配の形態は独裁です。これは、一人の人間が絶対的な権力を行使し、社会全体を支配する政体です。緊急時や危機的状況においては迅速な意思決定が可能ですが、個人の恣意的な判断に左右されやすく、自由や権利が制限される傾向にあります。
しんのすけ、巨大な組織は必ず専制的になる、ってテーゼがあるな
— ボタスキーを愛するだけの存在 (@cat_shit_three) February 15, 2025
なんでも構成員の多様化と問題の多さ、複雑さ故、意思決定をトップダウン形式にせざる得ないんだと
だから 父ちゃん
お前らだけでいい
4人の家族と1匹の犬でいい
郊外の一戸建てだけでいい
それ以上は欲しくないんだ pic.twitter.com/4v94ZesIRZ
国家は専制だった
Hintze, Otto, 1975(1902). Military Organization and the Organization of the State, in Gilbert, Felix, ed. The Historical Essays of Otto Hintze, New York: Oxford University Press, pp. 178-215.
王政国家
国家における独裁者は王とされます。
寡頭制専制
独裁が崩壊すると、しばしば少数のエリートが権力を握る寡頭制へと移行します。複数の少数者が互いに権力を分担し、協調することで支配を維持します。
国家:元老院制
古代ローマの元老院はその典型的な例です。元老院は、富裕な貴族や有力者で構成され、共和国の重要な意思決定を担っていました。ここでは、
ダイレクト・デモクラシー:直接デモクラシー
寡頭制への反動として、市民全員が直接政治に参加する**ダイレクト・デモクラシー(直接民主制)**の思想が生まれます。古代ギリシャのアテネなど少数のポリスにおける民会はその代表例です。しかし、この形態は、参加者の規模が限定的である場合にのみ機能し、大規模な社会では現実的ではありません。
古代ギリシャのデモクラシー ポリス国家
古代ギリシャのポリス国家約200のうちデモクラシー(民主政治)だったところはアテネ、 メガラ や アルゴス 、 エレウシス 、 エウボイア島 など少数でした。これらのポリスのデモクラシーはアテネのものと同じではなく、それぞれ独自の形態や制度を持っていました。 デモクラシーという言葉は、古典ギリシア語のデモス(demos人民)とクラティア(kratia権力・支配)を合わせたデモクラティア(democratia)が語源です。 古代ギリシアのデモクラシーの起源は明確ではありません。 アテネでは、紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけて、貴族政から民主政へと移行する過程で、様々な改革や抗争がありました。 アテネの民主政はダイレクト デモクラシー(直接民主政)であり、市民全員が参加する **民会** や **民衆裁判所** における多数決による決定、公職者(役人)の **抽選制** や公職者に対する **弾劾裁判** などの制度がありました。 「市民」とは成年男子のことであり、成年女性やメトイコイ(在留外人)や奴隷には参政権が認められませんでした。 すべての人間の人格の平等や基本的人権という理念はありませんでした。
なお、ダイレクト デモクラシーは現代もスイスで行なっている政体です。
「問題はいかなるデモクラシーが望ましいかではなく、デモクラシーが正当化される範囲はどこまでか、ということなのです。そもそもデモクラシーが成立したポリスの時代、住民の人口は多くて20万人程度でした。
つまり、デモクラシーは20万人の住人たちが自治をするために使われた制度なのです。また直接民主制を主張したルソーの時代もジュネーブの人口は2万4000人でした。もしアテネ市民やルソーが現代の何億人もの人口を統治する間接民主制を見たら、おそらくこれはデモクラシーの名に値しないと言うでしょう。少数の支配者が「代表」というフィクションの下に腐った運営を行っているだけで、そこにはデモクラシーの使用環境である住民自治がないからです。
よって20万人程度の地域共同体だとデモクラシーは妥当すると思います。今はテクノロジーが発達してネットを使って意見の集計とかもできるので、もう少し多くても大丈夫でしょう。よって30万人くらいなら、デモクラシーは妥当します」
インダイレクト・デモクラシー:代表デモクラシー
先進国と自負する国々で採用されているのが、インダイレクト・デモクラシー(間接民主制)、すなわち代表デモクラシー(代表民主制)です。これは、国民が自分たちの代表である代議士を選出し、彼らが国民の意思を代弁して政治を行う形態です。ここでは、国民全体の中から選ばれた少数の代表者が、多数の国民の意思決定を委託されるという形で少数支配が成立します。
フランス革命によるデモクラシー国家の誕生
フランス革命により第三身分(ブルジョアジー)の代表である代議員が国民会議のもと集団意思決定によるインダイレクト・デモクラシー国家が誕生しました。これが他の国へと波及していきました
代表とされる代議士は支配者
代議士は、特定の地域や特定の層の声を国政に反映させる役割を担います。彼らは、専門知識や情報に基づき、複雑な政策課題を議論し、決定を下します。その意思決定は意思とともに自らに投票したとされる選挙民など特定の勢力によるロビイングや自身の利権によりなされます。
戦時国家
インダイレクト・デモクラシー国家規模がある限界を超えると意思決定速度が落ち軍事対応に遅れが生じます。
戦争、特に総力戦においてはインダイレクト・デモクラシー国家などは国家の意思決定を専制化し、ソーシャル全体兵站化し戦争が可能な体制に再編していきます。
戦時国家においては、膨大な軍事力が創出されなければならない。武器や兵器が大量生産されるだけではない。国民皆兵の原則にしたがい、国民には軍事訓練が課され、いつ戦場に送られても文句を言えない状況がつくられる。そのために、国家権力は学校やマスメディアを通じて、戦争勝利に向けて、徹底した大衆思想教育をおこなう。
武器や兵器の製造は全産業にからんでおり、とりわけ軍事産業の規模は一挙に拡大される。衣服、食糧、建物、医薬品などの生産も、すべて戦時に応じて、体制が再編されていく。つまり、社会全体に国家的経済統制が敷かれるのだ。それは価格統制から企業利潤への課税にまでおよぶ。統制されるのは企業だけではない。労働者も同じで、賃金は規制され、ストライキは犯罪として禁圧され、労使の協調が求められた。さらに戦時においては、通常の税金だけでは間に合わず、戦時国債が乱発
https://karinkarin01.seesaa.net/article/2018-05-21.html
利権という権利
「利権」とは、特定の集団や個人が、政治的な影響力やコネクションを利用して、自己の利益や特権を確保しようとする権利や恩恵のことです。
光文社メールマガジンアーカイブ
権利と権力 利権は権利の一種https://web.archive.org/web/20230702031656/https://www.kobunsha.com/special/sinsyo/member/serial/pdf/ns009_sm0026.pdf
これは、特定の業界団体や企業が政府にロブイングすることで、自らに有利な法律や規制を制定させようとするものです。
利権そのものは国家政体や集団組織がいかなる形態であれ存在します。
インダイレクト・デモクラシー国家の利権
進化政治学の見解
「国会議員、特別利益団体、官僚は、あたかも「鉄のトライアングル(Iron Triangle)」を形成しているかのようにがっちりとした協力関係を作っています。
本来ならば、私たち有権者が最も権力を持つ政治アクターであるはずですが、戦後の我が国の政治では、国会議員、特別利益団体、官僚の三者がお互いを補完しつつ、予算や法律を通じて利益を分け合うシステムを作り上げています」
「この状態が良いか悪いかの規範の論議はひとまずおいておいて、民主主義制度という仕組みと、私たちの遺伝子の仕組みとの間の帰結としては、不可避なものと言えるかもしれません。日本のみならず、民主主義制度を採用している国ほとんどすべて、多少の誤差はありますが、このような政治状況が創出」
https://business.nikkei.com/article/topics/20090527/195892/
https://quelo4.hatenablog.com/entry/20090629/p1
滝村隆一氏の見解
政府-官僚機構が展開する国家的諸活動は、すべて議会裁可の法律形態をとった国家意志の厳格な規定に従わねばならないが、ブルジョアジーは議会に送り出した多数の政治的代理人を使って、彼らの階級的総意を、その実質的内容において法律にまで高めることが、できるからである。つまりブルジョアジーは、議会で成立させた法律を通じて、官僚を大きく媒介した形で実質支配している、といえる。
「丸山政治学」の正体(十)
試行No.70 1991.5.
滝村隆一
まず支配階級を中心とした諸階級は、その現実的な特殊利害に、より直接的に対応した経済的意志にもとづいて組織的に結集することにより、社会・経済的な階級権力として構成される。かかる諸階級の経済的意志が、社会構成全体に関わる幻想上の「国民的共通利害」を直接表示するにふさわしい観念的形態、つまりは観念的に蒸溜されるかの如く大きく抽象されながら、普遍的な一般的意志の形態をとって観念的に対象化されたとき、そこに諸階級の〈政治的意志〉が成立する。従ってまた、まさにそのことによって社会・経済的な階級権力は、特殊に政治的な階級権力として押し出される
贈与、賄賂
利権を取得するには、権力者に贈与、賄賂などなんらかの供与よってなされます。
贈与:合法な供与
贈与によって利権の地位の競争と国家のソーシャル構造変化がなされていきました。
賄賂:違法な供与
社会主義国のソ連では公務員への賄賂が制度化されていました。
ロビイング:合法的な少数支配の手段
利権確保の手段として広く行われているのがロビイングです。ロビイングとは、特定の団体や企業が、権力者、政治家や官僚に対して、自分たちの意見や要求を伝え、政策決定に影響を与えようとする活動です。これは多くの場合、合法的な活動として認められていますが、資金力や組織力を持つ少数の集団が、多数の国民の意思とは異なる形で政策を動かそうとする少数支配です。
日本におけるマスメディアと共謀した少数支配
↓↑ 放射能デマに関しては確実にこれだもんね。林智裕氏はコレら全部相手にしてきたから大したもんですよ。 pic.twitter.com/NTejJFOj04
— neologcutter (@neologcuter) May 9, 2025
