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国民国家と近代文学の概要

意外と知られていない近代国家と文学の関係をまとめてみました。


「物語」から「近代小説」へ - 「小説」の進化史 - 「東京大学で世界文学を学ぶ」- 辻原登 Noboru Tsujihara -

 こちらを読めばこのnoteを読む必要はないかもしれません。w

https://web.archive.org/web/20211020041705/http://zip2000.server-shared.com/kindaisyousetu.html

小説が「人権革命」を起こした

読書習慣が〝心〟を変えた

 一方、フーコーよりも19歳ほど年下のアメリカの歴史学者リン・ハント は、別の見解を示しています。『監獄の誕生』から33年後の2007年に彼女が著した『人権を創造する』によれば、18世紀半ばに起きた「書簡体小説」のブームと、その後の読書習慣、とくに小説を読む習慣の普及が、人々の共感能力を伸ばして「人権」の意識を根付かせた、結果として残虐な身体刑は廃止されるようになった、というのです。

書簡体小説とは、その名の通り手紙の形式で進む小説で、18世紀のヨーロッパで大流行しました。そのブームの先駆けとなったのが、1740年に出版されたサミュエル・リチャードソンの『パミラ、あるいは淑徳の報い』です。

 主人公のパミラは、ある屋敷で働く貧しい女中です。彼女が両親に宛てた手紙を通じて物語は進みます。彼女は屋敷の若主人B氏から情欲を向けられ、繰り返し誘惑されます。しかし彼女は、けなげにも貞操を守り続け、その美徳に心打たれたB氏からやがて正式に結婚を申し込まれます。そして屋敷の女主人となり、上流階級の仲間入りを果たす――という、現代の私たちから見ればやや〝できすぎ〟のメロドラマです。

 ところが18世紀の読者には、この小説は衝撃を持って迎えられました。

 出版から約2ヶ月後の1741年1月には早くも重版がかかり、3月に第3版が、5月に第4版、9月に第5版が発売されました。瞬く間に多言語に翻訳され、1744年にはフランス語版がローマ・カトリック禁書目録に載るまでになりました[23]。膨大な数の批評、パロディ、海賊版が執筆され、今でいう「パミラグッズ」のようなものが制作・販売されました。ある村では、B氏とパミラがついに結婚したという噂を聞いて、村人たちが教会の鐘を鳴らしたという逸話まで残っています。

『パミラ』の成功を受けて、ヨーロッパでは小説の刊行数が激増しました。

 イギリスでは1770年代には毎年約30点、1780年代には毎年約40点、1790年代には毎年約70点の新作小説が世に出ました。これは18世紀の最初の10年間に比べて6倍の増加でした。フランスでは1701年にはわずか8点だった小説が、1750年には52点、1789年には112点が出版されました[24]。

 リチャードソンが1747年から刊行を開始した『クラリッサ』は、再びベストセラーになりました。また、ジャン=ジャック・ルソーも『ジュリ または新エロイーズ』という書簡体小説を1761年に出版しており、こちらも一世を風靡しました。

https://rootport.hateblo.jp/entry/20240406

国民国家と国語、近代文学の誕生

 近代の国民国家成立時、ネイション形成に必要な共通語「国語」創設に寄与したのは国民「文学」でした。

「文学」による「国語」形成

 「文学」によって「国語」が形成されたというベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』があります。

近代の国民国家の成立の歴史からも明らかなように、近代国家の成立と、「国語」の成立が不可分であるとしたら、「国語」を形成するために大きく寄与したのは文学である。ナショナリズム論の古典中の古典となったベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』において強調されるのは、国民(ネイション)形成における出版資本主義の重要性であった。小説や新聞の流通によって「口語俗語」が「国語」として形成され、それを読む相互に無関係な多数の人々が、地縁的・ 血縁的なつながりを越えたある一つの共同体に属しているという意識を共有するよう になる。自分たちのことを「私たち」と言えるような人々の集=国民を創出するために、近代の国家は何よりも共通の言語を必要とした

https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/daigaku/pdf/gengo5-1.pdf

事例

言文一致を求められた明治の文体

scene 02新しい言葉が求められた明治時代
scene 03「言文一致」運動のはじまり
scene 04「話し言葉」に対する抵抗感
scene 05西洋の文学の影響
scene 06二葉亭四迷、「言文一致」への挑戦
scene 07日本語の多様さゆえの悩み
scene 08「言文一致」の小説の誕生
scene 10「言文一致」運動の広がりと定着

明治文学史
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/outline/?das_id=D0005150058_00000


国民国家統合のためのメルフェン・児童文学作成

 近代のドイツ帝国のメルフェン『グリム童話』や大日本帝国における『源氏物語』など古典小説などが国民統合の象徴、近代文学の祖とされました。イタリア王国の児童文学『クオーレ』は国民統合のために書かれました。

『グリム童話』は五〇年近くの間に何度も書き換えが行われ、次第に変質していった。その過程でグリム兄弟が擦り込んだのは、当時の市民階級に期待された倫理観や家庭像であった、とする。『グリム童話』は国民国家を形成するための「近代メルヘン」を創造したので、広く諸外国で迎えられた

http://web1.kcn.jp/takehara-folklore/shohyou1.htm

『クオーレ』とは1886年にデ・アミーチスの著した児童文学のベストセラーで、『母をたずねて三千里』などその中のエピソードは日本でもこれまで何度かアニメの題材にされてきました。

長らく統一国家が存在せず、遅れて近代化の流れに乗った19世紀のイタリアは、国民国家形成のための新しい価値観の創出ということが至上命題としてありました。それは国を統合する愛国心、自己犠牲の精神、勇気、思いやりといったものでしたが、そのような価値感を称揚する上で、個の尊厳というものが当然のように犠牲にされてきた

https://zatsuzatsukyoyasai.blogspot.com/2010/05/blog-post_24.html?m=1

国民国家と文学
https://faculty.washington.edu/tmack/publications/Kokumin.pdf

明治期における「文学」概念の形成過程をめぐる国民国家論 (4)https://suzuka.repo.nii.ac.jp/record/1373/files/KJ00004723232.pdf

小説の流行

 時代が違っても読者に違いはありません。

いまや小説は、あらゆる階級の女性の読み物の大きな部分を占めつつあり…彼らはしばしば小説のたぐいを異常に欲し、それも教養小説ではなく感傷的な恋愛小説を読みたがる。

…怪奇小説や、ぞっとする推理小説などの恐怖までもが患者の想像のなかになまなましく浮かび出て、知らぬ間にしのび寄り、ついには眠りを妨げるほど制御できないものになってしまう

"Notes on Nursing"(『看護覚え書き』 
1859) フローレンス・ナイチンゲール
『大英帝国 最盛期イギリスの社会史』長島伸一P6

novel 小説

小説という語もまた、明治期に作られた翻訳語である。坪 内逍遙が、英語の「novel(ノベル)」に「小説」という漢字を当てたのだ。さ らに、この「ノベル(novel)」という英単語は、ラテン語の「novella narratio」 に由来する。前半の「novella」が、省略語的に「novel(ノベル)」の語源とな ったのである。なお、「novella」は、映画のヌーベル・バーグの「ヌーベル」 と同じく「新しい」という意味で、後半の「narratio」は「ナレーション」の 語源である。だから、敢えて由来を辿った逐語訳を試みれば、「ノベル」は「新 話」とでもなろうか。 あるいは、フランス語やドイツ語では、いわゆる「小説」のことを「ロマン (roman/Roman)」と言う。英語でも、フランス語の「ロマン」を借用して、長 編小説のことを「roman」と表現することもある。いずれの場合も、「ロマン」 は「ノベル」とは異なり、「新しい」という意味を持つ語ではない。この「ロ マン」は、ロマン語(ロマンス語)に由来する。ロマン語とは、大雑把に言え ば、文語であるラテン語に対する俗語のようなものである。つまり、独仏語の 世界における「ロマン(小説)」は、元来、高尚な文語であるラテン語ではなく、 通俗的な言葉で表現された作品だということになろう。なお、漢語の「小説」 は、取るに足りない議論といった意味である。

光文社メールマガジン アーカイブ 第2階「大衆」って何?https://web.archive.org/web/20220529183128/https://www.kobunsha.com/special/sinsyo/member/serial/pdf/ns002_sm0019.pdf

文学

近代日本文学史

 あまり知られていない、近代日本文学史の概要です。

https://rind.gozaru.jp/writing/co04.htm


近代文学の役割終焉

 柄谷行人は国民国家が確立されたとき「近代文学」の役割は終わると述べています。

近代国民国家は白紙の状態から生まれるのではない。それぞれ、世界帝国という“地”の上に形成されるのである。その場合、文学の役割は極めて大きかった。それは、漢字やラテン語やアラビア語といった世界帝国の文字言語に対して、新たな文字言語(言文一致)を形成するものである。しかし、一度国民国家が確立されると、「近代文学」の役割は終わる。われわれは今、それを目撃しつつある。それは、国民国家を越えて、ヨーロッパ共同体のような「世界帝国」の新版が形成される過程に対応するものである。その意味で、「近代文学」は終わる。しかし、それは文学が終わることを意味しない。あるいは、批判的な思考と想像力が終わることを意味しない。今後に、それがもっと必要になる

https://web.archive.org/web/20230930000831/http://www.kojinkaratani.com/jp/essay/post-37.html

「純文学」(近代文学)終焉後の現代

純文学への無関心

 ほとんどの人が「純文学」への関心がなくなった現在等についてのエッセイです。

可能性としてのリテラシー教育 はじめに  助川幸逸郎https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/img/literacy_preface.pdf

キャラクターとの関係

 ライトノベルのキャラクターと作家の関係は大きく変化しました。

近代国民国家において、文学者は国家思想・イデオロギーの担い手文化人

 滝村隆一による国家論いわゆる滝村国家論においては、近代の国民国家で文学者がエリートであったのは、国家のイデオロギーの担い手であったためとされています。

「第三に、〈国家的秩序〉維持観念たる〈政治理念〉乃至〈国家理念〉を、思想的・イデオロギー的に基礎づける政治的イデオロギー乃至国家的イデオロギーの領域がある。」

「制度イデオロギーとして定着せられた政治的思想・イデオロギーについて簡単な歴史的一瞥を加えれば」
「〈近代〉以降においては、広く〈人権〉思想を哲学的・人間的基礎とした国民国家主義として登場した」

「第三の〈政治的思想・イデオロギー〉の担任者とは、体制的な思想家・学者・イデオローグであり、これを歴史具体的にみれば、」
「近代以降においては、国民国家体制すなわち近代国家の内的・外的な体制的秩序維持に任ずるすべての学者・思想家・文学者・宗教家等々である。」

〈政治家〉論 -〈官僚〉・〈政治家〉と〈政治〉の 規範論的構造
滝村隆一

現代思想2 1974 2-2

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読書の歴史

読書による人格の陶冶という「教養主義」


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