わかりあえないはコミュニケーションのバスィス
コミュケーション不全について書いてみました。
言葉は感情コミュニケーションを妨害する
人間はわかりあえない
誰でもあるコミュニケーション不全体験。
なぜ人はわかりあえないのか、のプロセス、なんとなくみんなイメージとしてもってるけど、誰もあえて図にしてこなかったっぽいものを図にしてみてる
— しんめいP (@Sony_Shimmei) February 19, 2025
こういう図、自分用メモとしていっぱいつくってきたけど、説明なしに出してみたらどうなるんだろう?とおもってだしてみる😂 pic.twitter.com/uNmBKLTTb2
伝えたいことがうまく伝わらなかった、という経験は、誰もが一度はしたことがあると思います。
何回説明しても、伝わらない。
依頼した通りのものができあがらなかった。
厳守と伝えた締め切りが守られなかった。
勘違いされて、物事がうまく進まなかった。
一生懸命説明しているのに、部下や子どもの理解度が上がらない。
大切な約束を忘れられて、トラブルやけんかになった。
仕事に限らず、家庭でも学校でも、こうした悩みは後を絶ちません。
どうしてそうなるのか
「対話」の前提条件が満たされず「意味」が伝わらない。
以下『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』からの引用です。
「伝えたいことがうまく伝わらない」原因は、この「当たり前」の違いを越えることができなかったり、認知の力がうまく働かなかったりすることにあるといえます。
天動説を信じる人に「動いているのは私たちの立つ地面であり、地球なのだ」ということを、手を変え品を変え伝えても理解を得ることが困難であるように、間違っているのは「言い方」ではなく、そもそもの「心の読み方」なのです。
こうした問題意識のため、本書で提案する解決策は、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「わかってもらえるまで、何度も繰り返し説明しましょう」ということではありません。
「人は、何をどう聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるのか」を知ること。そして、そうした特徴を持つ人間同士が、それでも伝え合えるように考えることが、「いいコミュニケーション」の実現には不可欠です。
第1章 「話せばわかる」はもしかしたら「幻想」かもしれない
「人と人は、話せばわかり合える」ものなのか?
記憶力の問題
人間はアンドロイドでもAIでもありません。その記憶には限界があります。
「話せばわかる」の試練――記憶力の問題
人の記憶はどこまで「曖昧」なものなのか
なにがおきているのか
以下『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』の目次です。
第2章「話してもわからない」「言っても伝わらない」とき、いったい何が起きているのか?
言っても伝わらないを生み出すもの①「理解」についての2つの勘違い
言っても伝わらないを生み出すもの②「まんべんなく公平に見渡す」ことはできない、視点の偏り
言っても伝わらないを生み出すもの③「専門性」が視野を歪ませる
言っても伝わらないを生み出すもの④人間は「記憶マシーン」にはなれない
言っても伝わらないを生み出すもの⑤言葉が、感情が、記憶をどんどん書き換えていく
言っても伝わらないを生み出すもの⑥「認知バイアス」で思考が止まる様々な思い込みと認知バイアス
『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』の紹介は以下参考
コミュニケーションギャップによるコミュニケーション不全
他人とはわかりあえない前提の「孤独感の発達理論」とは
「孤独感の発達理論」というのがある。子どもは「自分と他人はわかりあえるもの」と思って他人がわかってくれることを期待する,青年期に「他人とは究極的にはわかりあえない」ことに気づいて失望し孤独に陥る,成人期以降に「わかりあえなくてもわかりあう努力をすること」に価値をおくようになる。
— 渡邊芳之 (@ynabe39) June 20, 2012
それが「人の気持ちというのはそもそもわかりようのないものだが,それでもわかり合おうと努力することで人と人との関係をよくすることはできる」とわりきれるようになると大人,というのが落合先生の「孤独感の発達理論」。
— 渡邊芳之 (@ynabe39) January 24, 2012
論文
Ⅱ.コトバによるコミュニケーションの限界
1.コトバにできない経験,知識
2.コトバが阻害する経験
AIによるまとめ
言語の限界: 言葉は我々の思考や感情を表現する主要な手段ですが、それ自体が限界を持っています。すべての感情や経験を完全に言葉にすることは困難であり、したがって、他人が私たちの経験を完全に理解することは難しいかもしれません。
個々の経験: 人々はそれぞれ独自の生活経験を持っており、これらの経験は我々の視点や理解を形成します。したがって、他人の経験を完全に理解することは、その人が経験した具体的な状況や感情を共有していない限り、困難です。
認知のバイアス: 人間の認知は完全に客観的ではなく、認知バイアスの影響を受けます。これにより、他人の視点や経験を正確に理解することが難しくなります。
感情の複雑さ: 感情は非常に個人的で複雑なものであり、しばしば言葉では十分に表現できないものです。したがって、他人の感情を完全に理解することは困難です。
