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スポーツマンは”特別”なのか? リンク

リンク集です。文章はChatGPTです。

スポーツは"特別"か?

元ラグビー日本代表で神戸親和女子大学教授の平尾剛氏は、「トップアスリートは勝利による『条件付きの承認』でしか自我を保てず、勝つたびに『俺は特別だ』と思い込む――それが暴力問題や女性問題を引き起こす原因だ」と述べています。事例を挙げ、「非常識なスポーツバカ」がなぜ絶えないのかを説明しています。

https://x.com/Pre_Online/status/1592053154065047552

https://president.jp/articles/-/63326

また、名桜大学の大峰光博准教授は「スポーツが人格形成に必ず役立つ」という通念を否定し、「部活に入る大学生の半数が相手への侮辱やブーイングを許容する」という衝撃的な調査結果を紹介。「むしろ『えげつなさ』を日常生活に取り込んでしまう」と警鐘を鳴らしています。

https://twitter.com/Pre_Online/status/1605070144300060672

https://president.jp/articles/-/64193

個人競技者スポーツマンの行動

中島悠輔氏(高知工科大学)は、個人競技選手に「自己解放型の傾向」が強く、自身の直感や感情に従った行動をしがちで、思いやりや配慮に欠けるケースが多いと述べています。そのため、チーム競技以上に周囲との協調性を欠く例が多いとされています。

スポーツを行う人は自己解放型の傾向 が強く、自分の直感や感情で行動しがちになる。そのため周 りへの配慮や思いやりのある行動に欠けることが多々ある。 特に、個人競技者はこの傾向が強い。

スポーツが人格形成に与える影響 1200482 中島 悠輔 高知工科大学 経済・マネジメント学群
https://www.kochi-tech.ac.jp/library/ron/pdf/2019/03/15/a1200482.pdf

ある講演では

創価大学の工藤英三氏による1997年12月17日の最終講義『武道の幻想』では、「スポーツが人間形成に役立つことを立証するのは困難」であり、武道においてもその証明には大きなハードルがあるという考えが示されました。

スポーツが人間形成に役立つことを立証することは困難である。それ以上に,武道における立証には大きなハードルが横たわる。

1997年12月17日 創価大学の最終講義に当って:工藤英三
武道の幻想 : スポーツが人間形成に役立つことを立証することは困難である。それ以上に,武道における立証には大きなハードルが横たわる。1997年12月17日 創価大学の最終講義に当って(退任記念論文)
hdl.handle.net/10911/3131

武道の幻想 : スポーツが人間形成に役立つことを立証することは困難である。それ以上に,武道における立証には大きなハードルが横たわる。1997年12月17日 創価大学の最終講義に当って(退任記念論文)
https://soka.repo.nii.ac.jp/records/37656

剣術 柔術

剣術や柔術について明治17年の調査結果です。

撃剣柔術調査答申

剣術柔術の害あるところ(抜粋)
④激しやすく粗暴な人間になりやすい
⑤勝ちにばかりこだわる闘争心のかたまりになりやすい
⑥競争で正しくない勝負の心を養いがち

撃剣柔術調査答申
明治17年10月13日
此の日是ヨリ先キ豫テ本省ノ達二基キ本邦剣柔二術ノ教育上二於ケル利害適否等取調ヘシカ,其大体ニ渉リテハ既ニ調査ヲ遂ケ,粗ホ視査ヲ了セルヲ以テ乃チ取調書ヲ案シ,意見ヲ具シテ之ヲ復申セリ。

二術の利とする方
(一)身体の発育を助く
(二)長く体動に堪ふる力量を得しむ
(三)精神を壮快にし志気を作興す
(四)柔惰の風恣を去りて剛壮の姿格を納めしむ
(五)不慮の危難に際して護身の基を得しむ

害若しくは不便とする方
(一)身体の発育往々平等均一を失はん
(二)実修の際多少危険あり
(三)身体の運動強度を得しむこと難く強壮者脆弱
  者共に過劇に失し易し
(四)精神激し易く輙もすれば粗暴の気風を養うべく
(五)争闘の念志を盛にし徒らに勝を制せんとの風を成しやすし
(六)競進に似て却て非なる勝負の心を養ひがちなり
(七〉演習上毎人に監督を要し一級全体一斉に授けがたし
(八)教場の坪数を要すること甚大なり
(九)柔術の演習は単に稽古着を要するのみなれど
  も剣術は更に稽古道具を要し且常に其衣類及
  道具を清潔に探つこと生徒の業には容易ならず

その結果
(一〉学校体育の正科として採用することは不適当なり
(二〉慣習上行はれ易き所あるを以て彼の正科の体操
  を怠り専ら心育にのみ偏するが如き所に之を施
  さば其利を収むることを得べし

近代における体操科教材史(1) : 明治10年代の柔術採用論
中村, 民雄
https://hdl.handle.net/10270/1614

https://note.com/mototchen/n/nf3a0acfeaa9b

ゲーマーの行動傾向

近年の研究では、「ゲーマーというアイデンティティを中心に生活を築いている人ほど、過激な行動に出やすい」傾向が明らかになっています。特に、人種差別や性差別的な行動をとりやすいというデータも報告されており、スポーツにおける「特別体験」がe‑スポーツ界にも一定の対応構造を持っている可能性を示唆します。

https://www.vice.com/ja/article/gamer-identity-study-extremism/

総括

• スポーツは「特別な存在」であるというに値するが、それは必ずしも人格形成に直結しない。
• 特にトップアスリートには「勝利による承認」による過剰な自己肯定が生じやすく、暴力やスキャンダルにつながることがある。
• また、スポーツを通して学ぶ倫理観は、日常社会の倫理とは異なる場合が多く、むしろ規則無視・攻撃行動が助長される可能性もある。
• 個人競技者は周囲への配慮や思いやりに欠ける傾向もあり、人格形成とは逆の方向性を持つことがある。
• 日本武術においても「人格形成への寄与」を証明することは難しく、理論と伝統の間には埋めがたいギャップが存在する。
• E‑スポーツなど新たな競技領域でも、「アイデンティティ中心行動」が過激性・差別傾向を助長するという研究がある。

これらを踏まえると、「スポーツマンは特別か?」という問いに対しては、「ある意味“特別”ではあるが、その特異性は必ずしも倫理的・人格的な優越を保証しない」と結論づけられます。

関連

教育においてもパーソナリティは変わらない

https://note.com/mototchen/n/n80b134f731db

Bildung ビルドゥング 教養主義による人格の完成、人格の陶冶概念の流行

日本語「人格」とは「パーソナリティ」の翻訳語でした。


https://ameblo.jp/beinto/entry-11440939863.html

パーソナリティ、人格など用語の混乱
https://jspp.gr.jp/doc/news14_02.html

「人格」といふ言葉は、比較的後でした。初め『哲学字彙』を作る頃には、まだ正確な訳語が無かつた。中島力造が、「パーソナリティー」を何と言つたらよからうと、私に言つた。この時、私の頭に、人間の品位品格といふことが頭に浮かんだので、「人格」がよからうと答へ、それを講義や著書にも使つたので、今や、日本の辞書から除くことの出来ない言葉となり、法津の方でも使ふやうになつた。

井上哲次郎
精神科学の訳語(明治事物起源 第七学術)

http://kokugosi.seesaa.net/article/2842526.html

https://note.com/mototchen/n/n0eae23267226

https://note.com/mototchen/n/n8aa056db7fe3

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https://note.com/mototchen/n/ne6a67fb7d7bc

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