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【学校では教わらない#20】「ちゃんとしなきゃ」が抜けない人へ

こんにちは。ピアノ講師・メンタルコーチの One Heart です。


隔週日曜日にお届けしている“生きスキ”マガジン。
「学校では教わらない、生きるスキル。」
今日は20回めです。


なんだかいつも気が張っている。
ちゃんとやっているつもりなのに、なぜかしんどい。
少しうまくいかないだけで、必要以上に落ち込んでしまう。


そんな感覚、ありませんか?


自分では、「ちゃんとしなきゃ」と強く思っているつもりはなくても、
気づかないうちに、ずっと力が入っていることがあります。


まじめだから。
気にしすぎる性格だから。
これくらい普通だと思っていたから。


そうやって見過ごしてきたものの奥に、じつは「ちゃんとしていないとダメ」という緊張が、ずっと続いていることもあるのかもしれません。


ちょっとここでわたしの話を。
先日、美容院に行ったときのことです。


その美容院はまだ2回目だったこともあって、
美容師さんとの会話がどこか少しぎこちなくて、
お互いに気を遣いながら話しているような空気があったんです。


相手の方はとてもやさしく接してくださっていたのですが、そのやさしさを感じるほど、こちらもちゃんと返さなきゃ、
ちゃんと話さなきゃ、という感じになっていったんです。


もちろん、何か嫌なことを言われたわけではありません。
むしろ、その逆でした。


でも、やってもらっている最中から、
わたしは「自分があまりリラックスできていないな」ということに気づいたんです。


会話そのものが嫌だったわけでもない。
相手が悪いわけでもない。
ただ、気を遣ってもらうたびに、こちらもちゃんと応えなきゃと力が入って、少しずつ消耗していく感覚があったんです。


わたしはその場で気づけましたが、
多くの場合、こういう消耗は「なんとなく疲れた」で終わってしまうのかもしれません。


美容院に行くと疲れる。
人と会うと消耗する。
会話そのものは嫌じゃないのに、帰るとどっと疲れる。


そんなふうに感じても、
その奥に「ちゃんとしなきゃ」があったとは、
自分でも気づかないままのことがあります。


今日はそんな、“ちゃんとしなきゃ”が抜けない感覚について、
少しやさしく見てみたいと思います。


✧✧✧


「ちゃんと」は悪いものじゃない

ここ、大事な点なんですが、
“ちゃんとしようとすること”自体は、悪いものではありません。


約束を守ろうとすること。
人に失礼がないように気をつけること。
自分のやるべきことを、きちんとやろうとすること。


それは誠実さや、まじめさの表れでもあると思います。


ただ、その“ちゃんと”が、
いつのまにか自分を支える感覚ではなく、
自分を縛るルールになってしまうことがあります。


ちゃんと返事をしなきゃ。
ちゃんとやらなきゃ。
ちゃんとして見られなきゃ。
ちゃんとできないわたしはダメ。


そんなふうに、「ちゃんと」が行動の目安ではなく、
自分の価値を決めるものになってしまうと、だんだん苦しくなっていきます。


ちゃんとしているはずなのに、なぜかしんどい。
ちゃんとできなかった日だけ、自分を強く責めてしまう。


それは、意思や能力の問題というより、
“ちゃんと”が少し強くなりすぎているサインなのかもしれません。


✧✧✧


「ちゃんとしなきゃ」が抜けない人は、いつも少し緊張している

失敗しないように。
迷惑をかけないように。
変に思われないように。
ちゃんとした人でいられるように。


ひとつひとつは小さなことでも、
それが一日の中にずっと流れていると、心も身体も休まりません。


しかもやっかいなのは、
本人にとってそれが“普通”になっていることです。


昔からそうだった。
いつもそうやってやってきた。
これくらいみんなやっていると思っていた。


だから、自分が緊張していることにも気づきにくい。


でも本当は、ちゃんとしていることそのものがしんどいのではなく、
ちゃんとしていないと安心できない状態が、しんどいのかもしれません。


“ちゃんと”は、本来は必要なときに使えるもののはず。
でも、それがずっと抜けないままになっていると、
自分を守る感覚ではなく、自分を張りつめさせる感覚へと変わっていくんです。


言葉にはできないけれど、いつも疲れる。
力を抜きたいのに、抜き方がわからない。


そういうときは、「もっとちゃんとしなきゃ」ではなく、
「いま、少し気を張っているかもしれないな」と気づくところからでもいいのかもしれません。


✧✧✧


ちゃんとできない日があっても、自分の価値まで下がるわけじゃない

人には、調子のいい日もあれば、そうでない日もあります。
波があるのが人間。


でも、“ちゃんとしなきゃ”が強い人は、
そういう自然な波まで「ちゃんとできなかった自分」をダメ出ししてしまうところがあるような気がします。


今日はうまく話せなかった。
すぐ返事ができなかった。
そこで終わればいいのに、そのあとに「だからわたしはダメ」がくっついてしまう。


でも、ちゃんとできなかった日があることと、
自分の価値が下がることは、本当は別の話です。


少し雑になる日がある。
気が回らない日がある。
それは、人として自然なことでもありますよね。


必要なのは、毎日完璧にすることではなくて、
ちゃんとできない日がある自分も、雑に扱わないことなのかもしれません。


今日は少し疲れている。
今日はうまくできない日かもしれない。


そうやって見てあげるだけでも、心の緊張は少し変わるんです。


✧✧✧


こういうことこそ、学校で教わりたかったなと思います。


正解を出すこと。
間違えないこと。
きちんとやること。


そういう練習はたくさんしてきたけれど、
しんどいときにどう戻るか。
力が抜けないときにどう気づくか。
ちゃんとできない日の自分を、どう扱うか。
そういうことは、意外と誰も教えてくれなかった気がします。


先日の美容院でも、わたしは少し気を遣って、少し疲れてしまいました。


けれど、こういうときに
「ああすればよかったかな」
「もっと自然に話せばよかったかな」
と、あとから何度も頭の中でやり直しを始めると、
その場の疲れより、あとからの消耗のほうが大きくなってしまいます。


気を遣って疲れる日があってもいい。
ちゃんとできなかった気がする日があってもいい。
でも、それをずっと引きずって、自分を責め続けなくてもいい。


“ちゃんと”の奥にある緊張に気づけたとき、
わたしたちは少しずつ、「ちゃんとするため」に生きるのではなく、
「自分を見失わないため」に整えるほうへ戻っていけるのかもしれませんね。


最近、「なんだか疲れたな」と感じた場面の奥に、どんな緊張がありましたか?


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