今月のジャズ: 12月(21日)、1975年(祝50周年!) “Bright Size Life”by Pat Metheny
“Bright Size Life”
by Pat Metheny (g), Jaco Pastorius (b) & Bob Moses (ds) recorded in December 1975, Tonstudio Bauer, Ludwigsburg by Martin Wieland for ECM
今や重鎮ギタリストとなったパットメセニーが、21歳の際にECMから発表したデビュー作”Bright Size Life”の録音から、今月でちょうど50周年を迎えました。スミソニアン博物館が選定した、スコットジョプリン作曲の”Maple Leaf Rag”から始まる”JAZZ: The Smithsonian Anthology”の111ある作品の一つに含まれるギタートリオの名盤で、アメリカの息吹が感じられる一枚です。冬の録音ということもあって冷たい空気感や清涼感が寒さ厳しい季節に相性の良い作品とも言えます。
これまでに紹介した同リストに含まれる作品は以下の通りです。押しも押されもせぬ名盤の中に本作品も名を連ねています。
本作は発売当初、8-9百枚しか売れなかったものの、その先進性から作品が評価されてその認知が確立するまでに10-15年かかった、とUSA TODAYのインタビューで本人が語っています。
録音は、解像度が高い透き通るような音で特徴のあるECMレーベルの初期の録音に多数携わったドイツ人のマルティンヴィーラントです。ヴィーラントは、同年の1月にキースジャレットの『ケルン・コンサート』を録音し、12月には本名盤の収録を手掛けてECMの特徴あるサウンドの確立に携わっており、この二枚の歴史的名盤に携わっただけでもジャズ界への貢献は計り知れないものがあります。
本作が録音されたシュトゥットガルト近郊のルートヴィヒスブルクにあるトンスタジオバウアーと、ヴィーラントに焦点を当てた、ECM設立50周年記念の貴重な映像が公開されていますので、併せてご紹介します。
ヴィーラント氏が楽器を嗜んでいた一方でテレビの修理をしながらエンジニアリングにも携わり、結果として音楽の録音技師の道を歩み、数ある名盤に携わったという経歴だそうです。スタジオの道を挟んだ向かいに自宅を構えていたこともあり、没頭できる環境が整っていたのもその要因の一つと語っています。ECM総帥のマンフレートアイヒャーの意を汲み取り、話さずともその目指す音の志向性を録音やミキシングを通して実現したとも語っており、アイヒャーも演奏家のバックグラウンドを持つ事もあってか、この二人のみならず、ミュージシャンとも以心伝心の関係性で音作りを行なっていたことが分かります。本作品でも若きアメリカ人を見守るような姿勢で寡黙に音作りに励んでいたのではないでしょうか。
では、メセニーの作品紹介に入ります。アメリカ中西部の広大な風景や空気感といったアメリカンテイストに溢れる独創的な作品です。冒頭曲は、今でもメセニーが演奏する代表曲”Bright Size Life”です。「等身大の」というようなニュアンスのある曲名に相応しくメセニーの飾り気のない若さ溢れるパッセージの勢いと、キレの良い跳ねるような想像力に満ちたパストリアスの印象的なベースが際立つ、冒頭のフレーズから独創性に溢れる、もはや大定番の一曲です。
いかにもブルーノート東京という雰囲気の紹介から始まる2000年前後に収録されたライブのトリオ演奏もどうぞ。華々しいオープニングに相応しい曲調です。
2曲目の”Sirabhorn”は、多重録音された揺らぎのあるリズムギターの雰囲気が、しっとりと冷え込む冬の深夜の静けさの中でとめどもなく降りしきる大粒の牡丹雪を想像させます。曲名は、メセニーが講師を務めていたバークリー音楽大学のタイ人女生徒の名前に由来しているとの記事を目にしました。

https://ukjazznews.com/pat-methenys-sirabhorn-an-interview-with-the-dedicatee/
メセニーは曲名を付けるのが、あまり得意では無いらしく、家族ぐるみで懇意にしていた女生徒の名前を採用するに至ったとの記述があります(上記リンクにある本人談)。幻想的な雰囲気を醸し出している、欧州初滞在で時差ボケだったというパストリアスのベースラインも聴きどころです。
こちらの曲は、2019年の1月にブルーノート東京で来日公演を行った”SIDE EYE”トリオメンバーによる再演があります。ライブ後にメセニーとたまたま話す機会に恵まれたのですが、メンバーの人選(ジェイムスフランシーズとネイトスミス)について、自画自賛している様子が印象的でした。
3曲目の”Unity Village”は、メセニーの故郷、ミズーリ州に実在する地名です。メセニーの師匠的存在で、同収録に立ち会ったとされるゲイリーバートンによる同アルバムのライナーノーツには、”Lee’s Summit”出身のメセニーにカンザス州のウィチタで初めて出会ったとの回顧がありますが、まさにその近郊にある場所です。
内省的なギターのオーバーダブによるデュオ演奏ですが、以下の同地の紹介映像から曲に通じるところが見受けられますでしょうか。キリスト教系の霊性運動「ユニティ(Unity)」の世界本部があるスピリチュアルな場所だそうです。
この曲には、メセニーによる一人オーケストラ、オーケストリオン演奏もありますので(2010年11月録音)、ご興味ある方はどうぞ。
“Missouri Uncompromised”は、1820年に同州を奴隷州と定めた「ミズーリ妥協(協定)」、”Missouri Compromise”を、カンザス・ネブラスカ法(1854年)によって同妥協を事実上破棄して、南北戦争時に境界州として複雑な歴史を歩んだ経緯をテーマにした曲かと察します。なりふり構わずに突っ走るようなメセニーに絡みつくパストリアス、メセニーに負けじと我が道をいく自由度の高いモーゼスのドラミングによる新感覚のトリオ演奏が刺激的です。
“Midwestern Nights Dream”は、米国の地理的な中心地である中西部の広大な地域の星空を指しているものかと思われます。前曲から一転して三人が調和を重んじて進行する中でのパストリアスのフレットレスベースの特性を活かした無重力的な演奏が印象的です。
“Midwestern Nights”の検索結果で表示された画像がこちら。レトロな古き良きアメリカのイメージでしょうか。12弦ギターの特徴を活かした曲調から私には広大な空に浮かび上がる天の川のイメージが湧いてきます。音楽から風景が浮かび上がるメセニー独特の作曲の才能がデビュー作から発揮されています。

バートンが率いるメセニーを交えた同曲のカルテット演奏はこちらからお楽しみください。本作の約1年後の1976年11月の収録で、ECMを代表するヤンエリックコングスハウクによるオスロのタレントスタジオでの録音のため、音質の比較にも趣があります。
続く“Unquity Road”は、メセニーが若くして教壇に立った名門バークリー音楽大学のあるボストン近郊に実在する道で、ネイティブ・アメリカンのアルゴンキン族の「急流の下手」という言葉が由来だそうです。メセニーとはどういう縁があるのかわかりませんでしたが、激しくあちこちにぶつかりながらも乗り越えて水飛沫を立てて流れていくような曲調の演奏です。モーゼスによる、伝統的ないわゆる2拍4拍で刻むスイングとは異なるドラミングが斬新です。

https://miltonlibrary.org/assets/Milton-Historic-Marker-brochure-FINAL.pdf
“Omaha Celebration”のオマハは、ミズーリ州に隣接するアメリカ中西部にあるネブラスカ州東端部に位置する都市名です。目まぐるしいコードチェンジの曲風やギターリフは後年のパットメセニーグループを彷彿させるものですが、この時点でそのエッセンスが凝縮されています。
最終曲はメセニーが敬愛し、後に共演作を遺したアルトサックス奏者の巨人、オーネットコールマンが作曲した“Round Trip/Broadway Blues”で本作は締め括られます。曲名からするとジャズのメッカ、ニューヨークへの旅立ちを意識しての採用でしょうか。メセニーはコールマンの楽曲について、トリオアルバムの”Rejoicing”(1983年11月収録)等でもタイトル曲を含めて演奏していることからも、その敬愛度を窺い知ることができます。
コールマンによるオリジナル演奏はこちらです。聴き比べると、メセニーがフリージャズのジャンルを確立したコールマンの影響下にあることが分かります。後年、この作品に参加しているデューイレッドマンとの共演を果たすのも当然の成り行きだったと思われます。
独創的な本作品、如何だったでしょうか。本アルバムのクレジットには、1975年12月収録とあり、複数日にわたったセッションのようですが、本記事のタイトルに(21日)と入れた理由は、収録直後に書かれたと思われるバートンによる本作ライナーノーツの日付から採用したものです。

奇しくもその日からちょうど14年後に収録されたメセニーの別トリオ作品”Question and Answer”はこちらの紹介記事をどうぞ(祝36年!)。本作のベーシストとして当初起用を検討したというデイブホランドとの共演盤です。
もう一枚、祝50周年盤を紹介いたします。バートンが同スタジオで本作の直前に収録したというクインテット作品”Dreams So Real”です。メセニーとモーゼスの参加によって似たような雰囲気のある演奏ですが、名メロディーメーカーのカーラブレイ曲集という点が大きく異なり、本作と共にお勧めしたい一枚です。
さて、本作を振り返ってみると、メセニーによるアメリカの中西部を中心とした原風景を音楽で辿る旅路のような作品であることが分かります。メセニーという偉大なギタリストのデビュー作品ということのみならず、アメリカーナという音楽ジャンルの先駆け作品という歴史的な位置付けでのスミソニアン認定かと考えます。
同じようなコンセプトのお隣カナダ原風景のオスカーピーターソンによる音楽の旅路「カナダ組曲」にご興味がある方は、こちらの記事をどうぞ。
昨年1月のメセニー来日公演のライブレポートにご興味がある方は、こちらの記事をどうぞ。
アメリカンテイストに溢れる素敵な一日をお過ごしください。
