ジャズ記念日(祝生誕100周年!): 8月15日、1925年@モントリオール/カナダ 「オスカー・ピーターソン」
偉大なる不世出のジャズピアニスト、オスカーピーターソン(1925/8/15-2007/12/23)の生誕100周年が本日、2025年8月15日です。ピーターソン(以下、愛称”O.P.”)への感謝の意を込めて、改めてその生涯と演奏曲を故郷であるカナダの視点から紹介してみようと思います。カナダ好き、或いはカナダに興味がある方もぜひお目通しください。ちなみに、知らない方にO.P.の音楽を自己流で簡単に説明するならば、聴く人にポジティブな力や幸せをもたらしてくれるため、「スティービーワンダーとO.P.好きに悪い人はいない」という私の持論をまずはお伝えいたします。
O.P.の凄さは、難しいことをやっているにも関わらず、その難しさをひけらかしたり強いることのない聴衆視点を軸に、果てしなく滑らかにスイングする明快さと朗らかさ、ブルースのフィーリングを兼ね備えた演奏をいとも簡単に弾きこなすことです。聴いているうちに心が躍り揺さぶられる没入感と悦びや哀しみに満ちた感情表現にも恐れ入るしかありません。
さて、カナダのモントリオールでカリブ海西インド諸島から移民した両親よりO.P.が生を受けた頃の100年前のカナダがどんな状況だったかと言うと、国旗は存在しておらず、イギリス連邦の影響を色濃く受けた紋章で、その翌年に外交権の取得に至るという国家の樹立過程にありました。人権についても確立しておらず、同年に女性の離婚申請権が認められるなど、男女不平等解消の発展段階にありました。

https://www.canada.ca/en/canadian-heritage/services/flag-canada-history.html
現カナダ国旗は1965年2月15日制定
女性の権利が確立されていない状況においては想像に難くなく、人種差別が北米では公然と行われていた時代です。そんな背景において、フランス語圏のケベック州モントリオールにある、かつては「北のハーレム」と称された黒人英語労働者居住区のLittle Burgundy/Petite-Bourgogne地区に、5人兄弟の4人目として生を受けたO.P.は、5歳からピアノを習い、トランペットも学んでいたものの肺炎で断念した災いが転じて福となり、ピアノに専念することになります。O.P.の生い立ちとその地域については、ご息女がナレーションを務める以下の動画をご覧ください(英語)
米国ほどあからさまでは無いにしても、カナダでも人種隔離政策があり、日常的に差別を受けていたということが映像で触れられています。
そんな状況にありながら、1日6時間という練習量と、米国での禁酒法(1920-1933)から逃れる人々が集うことによってジャズで栄えた素地のあるモントリオールで演奏機会に恵まれ、若くして才能を開花させた20歳の時にレコードをリリースします。そのデビュー音源”Debut: The Clef/Mercury Duo Recordings 1949-1951”からの一曲をお聴きください。
O.P.が影響を受けたとされる先人の天才アートテイタム的ではありますが、往年の煌びやかにスイングするスタイルを初期の演奏からも聴くことができます。
こんな演奏を、たまたまコンサートの準備で出向いていたモントリオールで、空港に向かう帰路のラジオから耳にした大物音楽興行主、ノーマングランツが即刻スカウトしに行って、主催するカーネギーホールでのコンサートにゲストとして招くことによってメジャーデビューを果たします。

https://montrealconcertposterarchive.com/alberta-lounge/
そのメジャーデビュー時の演奏は、こちらの音源だと思われます。
活力漲る力強いタッチですね。演奏直後の観客の拍手喝采が紛れもない賞賛の証です。その後に、レコードレーベルを設立するのみならずO.P.のマネージャーをも務め、黒人の地位向上に多大なる貢献を果たしたグランツと二人三脚でツアーを交えながら数ある名盤を手掛けます。

https://www.facebook.com/share/p/1AwWS9mum5/?mibextid=wwXIfr
日本ジャズ界の第一人者、秋吉敏子さん(1929/12/12-)は、
この二人によって立身出世の道を切り拓きます
中でも特筆すべきは、1960年代の人種差別撤廃を目指す公民権運動で象徴的な音楽となった”Hymn to Freedom”(自由への賛歌)を作曲して、その活動に一役買ったという貢献です。それは、1962年12月15-16日にロサンゼルスで収録された”Night Train”の最終曲として収録されています。このアルバムは、O.P.に音楽教育を促したカナダ太平洋鉄道の寝台列車で荷物運びとして働いた演奏も嗜む父親に捧げたものですが、グランツの「紛れもない初期ブルースの風情」 “definitive early-blues feel”という要望に沿って、マーチンルーサーキングJr.に敬意を表してレコーディング現場で作曲したものだそうです。では、同曲をお聴きください。
O.P.が親しんだ霊歌、ブルースやゴスペルに根差した諭すかのような心を揺さぶる旋律と演奏で、多くの運動家の精神面での支えになったことは、想像に難くありません。この曲を完成させるためには、歌詞が必要だと考えたO.P.とグランツは作詞家に依頼し、翌年に以下の歌詞が添えられています。それは、簡潔な言葉で自由への願いを具体的に示し、平和への祈りも込められた力強い歌詞です。
When every heart joins every heart and together yearns for liberty,
That's when we'll be free.
皆の心が通じ合い共に自由を渇望する、その時に私たちは自由になる
When every hand joins every hand and together moulds our destiny,
That's when we'll be free.
皆が手を取り合い共に運命を形作る、その時に私たちは自由になる
Any hour any day, the time soon will come when men will live in dignity,
That's when we'll be free.
いつか必ず人々が尊厳を持って生きる時が来る、その時に私たちは自由になる
When every man joins in our song and together singing harmony,
That's when we'll be free
皆が歌でつながり共に合唱する、その時に私たちは自由になる
(Words by Harriette Hamilton; Music by Oscar Peterson)
Nabe訳
“Night Train”は、レイブラウン(b)とエドシグペン(ds)という長年連れ添った名手を伴ったジャズ史上指折りのピアノトリオによるもので、完成度が非常に高く、カナダの歌姫ダイアナクラールが同アルバムを聴いてジャズピアニストへの道を決意したという話も頷けます。O.P.を主軸に、静けさに満ちた居心地の良い上質な寝台列車の雰囲気をブラウンのベースが醸し出し、ひたひたと走る列車を模すかのようなシグペンの安定的なリズムが心に平穏を与えてくれる、音質も素晴らしい名盤です。

右隣はクラールの旦那、ジャズに造詣が深い英国人ミュージシャンのエルビスコステロ
そのO.P.のジャズピアニストに留まらない偉大さや、明るい笑顔や煌びやかな演奏スタイルからは伺うことのない側面を持った人生については、日本では昨年公開された映画“Oscar Peterson: Black + White”(2021年制作)で取り上げられていますので、興味のある方はぜひご覧ください。以下のトレーラーでその内容を垣間見ることが出来ます。
O.P.の偉大さを賞賛する象徴として、2022年の本日からカナダ王立造幣局が流通させたカナダドル記念硬貨が挙げられます。カナダ硬貨に採用された最初の黒人のみならず、初の音楽家という二つの快挙を同時に成し遂げています。

音符は”Hymn to Freedom”
https://www.mint.ca/en/discover/canadian-commemorative-circulation-program/oscar-peterson
記念硬貨の発行に至ったO.P.の功績は以下のような形で認知されています。
1978 年カナダ音楽初代殿堂入り(2名のうちの1人)
1972 年カナダ勲章オフィサー、 1984 年同勲章コンパニオン任命
1997年グラミー賞生涯功労賞受賞
2000年ユネスコ国際音楽賞受賞
2008年カナダ作曲家殿堂入り
これらの他にも受賞数は数多で、同じカナダが輩出した天才ピアニストの名を冠したグレングールド賞も1993年に受賞しています。
カナダの視点で掘り下げると、1965年9月9日収録の”Canadiana Suite”(カナダ組曲)という、”Night Train”と同じメンバーによるアルバムがあります。その名の通り、カナダの多様性ある各地域をテーマにしてO.P.が手掛けた曲で構成されていますのでアルバムの順番に沿ってそのイメージと共にご紹介していきます。楽曲は以下からお楽しみください。
起点となるカナダの東海岸"Ballad to the East"は、プロローグ的に穏やかで優雅な、しっとりとした始まり方です。

赤毛のアンのプリンスエドワード島州を含む4州で構成
カナダの歌姫の一人でグラミーウィナーのサラマクラクランはノバスコシア州の出身
ローレンシャン高原"Laurentide Waltz"は、煌びやかに変化する自然のよう。題名の”Laurentide”は、フランス系カナダ人に敬意を表してかフランス語表記(英語なら”Laurentian”)です。ちなみにカナダの公用語は英語と仏語の2言語あり、併記が基本ですが、ケベック州では州法でフランス語の使用が義務付けられています。

ケベック州の誇る世界的歌手といえばパリオリンピック開幕式に登場したセリーヌディオン
O.P.故郷のモントリオール”Place St. Henri”は、エネルギッシュで躍動感に溢れる活気に満ちた演奏です。かつての労働者居住区も、今や美食の街として”Time Out magazine”の2024年度”Coolest neighbourhoods in the world”の一つに選出されています。日本では唯一、学芸大学が選ばれていると言うと、何となく選ばれたイメージが伝わりますでしょうか。

銅像はフランス人探検家ジャックカルティエ
先住民イロコイ族の言葉で「村」や「集落」を意味する「カナタ(Kanata)」を耳にして記録に残し、国名の起源となった
“Hallelujah”で有名なロックの殿堂入りしたレナードコーエンはモントリオールの裕福な英語居住区出身
1976年に同地で開催されたオリンピックでは、O.P.が高校時代に演奏を共にしたハイノートトランペット奏者として知られるメイナードファーガソンが閉会式で演奏。「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマ曲や「ロッキーのテーマ」のカバー演奏が有名な方です。
オンタリオ州トロント"Hogtown Blues"は、力強いアタックがダイナミックに響くブルース。”hog”は豚の意味で、かつてトロントには食肉加工の大工場があったことと、他の地域の住民からの妬みで、利己的で汚い連中としてトロント住民を形容する際に使われたという説があるようです。

オンタリオ湖と1976年に建設された高さ553.33mのCNタワーが象徴
カナダを代表するバンド、Rushのインスト曲”YYZ”は、
トロントピアソン国際空港のコード名
マニトバ州"Blues of the Prairies"は、印象的なフレーズにドラムが機関車のようなリズムを乗せて、ベースが雄大感を醸し出すことで、昼下がりにどこまで行っても同じ景色といった長閑な情景の印象を受けます。

遮るものが無いため、夏は暑く冬は寒い
ロックの殿堂入りしたCSNY出身のニールヤングは青年期を同州ウイニペグで過ごして、音楽活動を本格化していった
サスカチュワン州"Wheatland"は、前曲と同じプレーリーながら音楽の志向性がガラリと変わり、夕方に麦畑や大草原が風に揺れているような風景を想起させる、耽美で思索的な一曲です。

果てしなく広がる大草原と10万を超える湖や川を有する、雄大な自然が魅力
O.P.に影響を受けて第一線で活躍するカナダ人ピアニストのリニーロスネスは、同州の出身
アルバータ州カルガリー"March Past"は、同地でのパレードを指しているようですが、トムとジェリーのようなコミカルで軽快な疾走感があります。主旋律が何処となくテナーサックスの巨人ソニーロリンズによる”St. Thomas”に似ているのは、O.P.と同じ西インド諸島のルーツが要因かもしれません。

1912年から始まった"The Greatest Outdoor Show on Earth"と銘打ったCalgary Stampede Parade
(世界最大級のカウボーイの祭典)
元祖カナダの歌姫ジョニミッチェルは同州出身
1988年開催のカルガリー冬季オリンピックの閉幕式では、カントリーから幅広いジャンルを手掛けて数々のグラミー賞に輝く、同州の州都エドモントン出身のK.D.ラングが歌唱しています。
最終曲のブリティッシュコロンビア州とアルバータ州をまたぐロッキーマウンテン"Land of the Misty Giants"は、フィナーレに相応しい自然の荘厳な優美さを表したかのような演奏です。

ブリティッシュコロンビア州ヨーホー国立公園のエメラルド湖
カナディアンロッキー山脈自然公園群の広さは長野県と新潟県を足した規模感
著名音楽プロデューサーのデビッドフォスターは同州の出身
2010年に開催されたバンクーバー冬季オリンピックの閉幕式には、同地出身の「21世紀のシナトラ」と称されるマイケルブーブレが、愛国歌の”The Maple Leaf Forever”を歌い上げています。
このように「カナダ組曲」は、東から西へ横断しながら大自然と都市が入り混じった構成で、アルバムを通して聴くと擬似的に多様性のある広大なカナダの横断旅行が楽しめる一枚になっています。
O.P.の認知は北米だけに留まりません。好んで使用した世界三大ピアノの一つでウィーンに拠点を置くベーゼンドルファーとの縁によって、オーストリア公演のタイミングに合わせて記念切手が2003年に発行されています。

(長さ約290 cm、幅176 cm、重さ552 kg)
日本においても、カナダ大使館にその名を冠したシアターがありますから、カナダが世界に誇る人物の一人であることには間違いありませんし、公演回数も多かった日本におけるO.P.の知名度の高さの裏付けかと思います。

地下二階にある233席収容のシアター
“The Oscar Peterson Theatre”
出典: 在日カナダ大使館Facebook
O.P.は1993年に脳梗塞を患いながらもリハビリに励み、後遺症を抱えながらも復活を遂げ、2007年に82歳で人生の幕を閉じました。
では、前置きが長くなりましたが、これまでに記述したO.P.の演奏紹介記事を、貴重なボーカル録音を含めて以下、時系列順に列挙します。まず、1957年に収録されたジャズ界の大物の伴奏者としての演奏をどうぞ。上から、アニタオデイ、ルイアームストロング、スタンゲッツ、ベンウェブスターというジャズの大御所達との共演です。
活力漲る見事な指捌きで、演奏する歓びと充実さが伝わってきますね。次は60年代収録のO.P.の代表作でもあり、ジャズピアノトリオ屈指の名盤をどうぞ。O.P.のリーダー作品は、これまたスティービーワンダー同様に、高音質盤が多いのが特長でもあります。
続いて、O.P.が尊敬するナットキングコールを追悼して歌を披露したアルバムからの一曲をどうぞ。歌の上手さに加えて、声や歌い方がコールに酷似していることに驚きます。そのボーカルに寄り添うピアノを演奏しているのは巨匠ハンクジョーンズです。
70年代の、いかにもグランツのプロデュースらしい、大物ミュージシャンによるジャムセッション的な演奏もあります。こちらに参加している、もう一人のバーチュオーゾ、相性の良いギターのジョーパスとの作品群もお勧めです。
いかがでしたか。100周年記念イベントやコンサートが世界各地で開催されるようですので、気になる方はぜひ足を運んでください。大阪Expoでは、今年3月に来日したO.P.と共演歴の長いウルフワケニウス(g)が参加している、ご息女公認100周年記念バンド(Oscar Peterson Centennial Quartet)が6月に来日して公演を行っています。
そのワケニウスが伴奏者として来日したサラマッケンジーのライブレポートは、こちらからどうぞ。マッケンジーもクラール同様に”Night Train”を聴いてジャズの道を歩み始めたように、O.P.の影響を色濃く受けており、そのDNAは現在にも引き継がれています。
O.P.の出身地であるモントリオールでは、ギネス公認の世界最大のジャズフェスティバルが毎年初夏に開催され、今年で45周年を迎えています。その過去の映像のアーカイブから、O.P.晩年の演奏をご覧ください。ワケニウスも登場しています。
そのフェスティバル開催のタイミングで、O.P.のボーカルの伴奏を務めたハンクジョーンズ(p)と同フェスティバルに長きにわたって出演したチャーリーヘイデン(b)がデュオで、O.P.が親しんだと思われる黒人霊歌曲集をモントリオールのスタジオで制作していますので、ご興味ある方はこちらの記事もどうぞ。演奏を通じてモントリオールの初夏の清々しい空気感が味わえるでしょうか。
O.P.に思いを馳せてこの記事を書き進めてきましたが、ここで一つの言葉をふと思い出しました。フランス系でカトリック教徒の多いケベック人がよく口にする、”joie de vivre”(ジョワドビーブル)という言葉です。直訳すると「生きる喜び」になりますが、それは困難がある中でも明るく前向きな姿勢や、人生を謳歌する態度を表す言葉です。私にとってO.P.の音楽を形容するこれ以上の言葉はありません。もしかするとO.P.は、この言葉を胸に刻んで演奏をしていたのかも知れない、なんて思いを巡らせています。

March 13, 1983, Section 6, Page 77
最後までお付き合い、どうも有難うございました。モントリオールに興味がある方は、「生きる喜び」についても触れている、こちらの記事をご覧ください。
O.P.の音楽と共に生きる喜びに溢れる朗らかな一日をお過ごしください。
