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100名城RTA(044/100): 佐倉城

 この記事は「100名城RTA」シリーズの構成記事です。いきなりこちらの記事にたどり着かれた方は、Indexページも適宜ご参照ください。前回はこちら


'25/6/8: 佐倉城(No. 20) - 044/100

 この日は潮来あやめ祭を朝駆け攻略した帰り道。4時台に起きて、7時前に現地入りして、8時過ぎに撤収と、それだけで帰るのではもったいなさすぎるプランだった。なので、帰りの道中でどこか寄り道をすることはまあ確定で、それなら佐倉城が良かろうという流れ。というか逆に、千葉県に充てられている100名城はここだけで、隣接都県に近いところもないので、何らかの見どころさんとセットにしないと行くモチベーションがしんどいのだよね。というわけで、9時過ぎに現地、城と合わせて見ようと思っていた城趾の敷地の一部を使っている国立歴史民俗博物館に到着。

 さて、この佐倉城、江戸の東側の要衝・佐倉藩の城ということで、現在で言う閣僚級の家が藩主・城主を務めた立派な城。となると、明治になってもそれなりに重要な場所ということで、陸軍駐屯地に充てられることになり、丁寧に壊されてしまった。というわけで、ほぼ地形だけが残っている例のやつである。

馬出し
きれいな復元はこれだけ
公園入口

 今回入れた駐車場から道なりに行くと、いきなり本丸横に出る。

本丸周囲の空掘
冬場だたったらもう少し見えやすかったか

 この日はどうも市のフリマイベントと思しきものが開催されていて、城の二の丸・本丸全域が会場のようだった。出展者と、イベント自体への参加者は暫くの間は入れず、城趾の散歩者は素通りokという状態だった。なので、城趾の写真としてはちょっと見通しの悪い感じになってしまった。

本丸からみた一の門跡
一の門跡、外から見て右側
奥は本丸を囲う土塁
一の門跡、内側から引いて
天守台跡
これより引くとフリマのテント群で見えないのだ
天守台跡 少し寄る
天守台跡上から
奥にテント群が見える
天守台上より本丸敷地を望む
ある意味本丸御殿の屋根の再現か?

 続けて本丸周りの土塁の上を歩いて周囲の櫓跡とかを見ていく。

銅櫓跡
銅櫓跡からその奥の土塁(一の門跡の方)
振り返って銅櫓跡を見る
土塁から降りて銅櫓跡
すぐ横に駐屯兵が文字を刻んだモッコクの木がある
「本丸」「三十八年一月 砲隊」かな
跳ねや払いがしっかりしてる
角櫓跡

 本丸を見終わったら、裏口っぽい台所門から出て、裏手の出丸を見に行く。水堀が残っていて、地形がわかりやすいらしい。

内側より台所門跡
台所門を振り返る
出丸周りの水堀
出丸はもう少し奥
水堀越しに出丸
桜の名所らしい
出丸を内側から

 場内に戻って、二の丸、三の丸を通って、スタンプのある案内所・資料館に向かう。

二の丸もフリマ会場
このあたりが二之丸御殿跡らしい
二の門跡
イベントが始まって人が増えてきた
堀田正睦
本社で取締役まで務めた(老中ね)
三の門跡
城内にあった浅間神社跡の富士塚
御神体が富士山で、実際この上から富士山がみえたとか
すげー白くなってる
ぜんぜんわかんないんだね
三の丸側の入口
空掘跡
空掘とか土塁への感度が上がっているのを感じる

 資料館には破却される直前の様子の古写真や、城の縄張り模型などが展示されている。

古写真
本丸の模型
天守、というか御三階櫓

 そして、設置してあるスタンプをいただく。

やったぜ。
これにて関東コンプリート!

 さて実は、この日のハイライトは、この前の潮来あやめ祭りでも、この佐倉城でもなく、この後行った国立歴史民俗博物館。歴史民俗ということで、時代時代の人々の生活という観点を主軸に据えて、各時代を見ていくということで、展示内容が非常に自分ごとのように捉えやすくわかりやすい。美術品に特化したトーハクの民俗版というコンセプトで作られたもので、とんでもないボリューム。30分近くかけてようやく縄文~弥生が見終わるくらいで、フルにしっかり解説を読むと、半日以上持っていかれると思う。日曜ということもあって、比較的他場所でも展示例の多い近世以降はほぼ流し見をしてしまったけど、もう一度しっかり見直してみたいと思えるところだった。専用の日程を立てて訪問する価値があると思う。

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 また今週末にでも。→8/31書きました!


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