北海道音楽大行進 - その6
1929年(昭和4)6月5日(水)に第1回が開催された北海道音楽大行進は、2026年現在で94回を数える旭川の伝統的な吹奏楽イベントです。その長い歴史の中で、行進経路は交通事情や都市開発、社会情勢の変化に応じて幾度も変更されてきました。
そこで、以下に、その変遷を時系列で整理します。
*写真等は旭川市史デジタルアーカイブ『旭川のあゆみ』より借用
第1期:北海タイムス社を出発点として(昭和4〜5年)
北海タイムス社-旭川駅-師団道路-常盤橋-旭橋-招魂社
第1回・第2回にあたる1929〜1930年は、5条10丁目にあった北海タイムス社旭川支局前を出発地点としていました。午後1時半に出発し、9〜10丁目間を経て旭川駅へ向かい、師団道路(現・平和通り買い物公園)を北上。牛朱別川に架かる常盤橋、石狩川に架かる旭橋を渡り、招魂社(現・北海道護國神社)を目指す、およそ4.2kmのルートでした。記録には「当市空前の盛感」と記されており、初回から大きな盛り上がりを見せていたことがうかがえます。


第2期:旭川市役所前を出発点として(昭和6〜11年)
旭川市役所前-旭川駅-師団通り-常盤橋-旭橋-招魂社
1931年(昭和6年)の第3回からは、出発地点が6条9丁目の旭川市役所前に変更されました。ルートは市役所前から5条9〜10丁目間を駅前に出て、引き続き師団通りを北上し招魂社へ向かうもので、基本的な経路は第1期と大きく変わりませんでした。


この時期の重要な出来事として、1936年(昭和11年)に牛朱別川の直線化工事が行われ、常盤橋が埋め立てられたことが挙げられます。橋の跡地は「常盤広場(ロータリー)」として整備されました。


第3期:旭川駅前広場を出発点として(昭和12〜35年)
旭川駅前-師団通り-ロータリー-旭橋-北海道招魂社(北海道護國神社)
1937年(昭和12年)の第9回からは、旭川駅前広場が新たな出発地点となりました。ルートは駅前から師団通りを北上し、常盤橋に代わって整備されたロータリーを経由、旭橋を渡って招魂社へ至るものです。


この時期には社会情勢の変化も経路の名称に反映されています。1939年(昭和14年)4月1日に招魂社が「北海道護国神社」と改称され、1945年(昭和20年)10月には師団通りが「平和通り」と改称されました。戦後の復興とともに行進は続けられ、このルートは1960年(昭和35年)まで約20年にわたって使用されました。
第4期:緑橋通りへの迂回(昭和36〜42年)
旭川駅前-緑橋通り-ロータリー-旭橋-北海道護國神社
1961年(昭和36年)の第29回からは、平和通りに一方通行規制が導入されたことを受け、1条から8条にかけてのルートを平和通りから緑橋通りへと変更しました。出発点は引き続き旭川駅前で、ロータリー・旭橋・護國神社という終盤の流れは変わらず、序盤の通行経路のみが修正されたかたちです。


第5期:進行方向の逆転(昭和43〜54年)
護国神社-旭橋-ロータリー-平和通り-旭川駅
1968年(昭和43年)からは、これまでと進行方向が逆転しました。護國神社側をスタートとし、旭橋・ロータリー・平和通りを経由して旭川駅へと向かうルートです。開会式は昭和43年に旭川陸上競技場で、翌年からは野球場で開催されるようになりました。
進行方向が変わったことで、一方通行のルールに抵触していた平和通りが再び行進経路として使用できるようになったことも大きな変化です。さらに1972年(昭和47年)6月1日には「旭川平和通買物公園」が歩行者専用道路として開設され、行進の新たな舞台となりました。

第6期:大町交差点へ(昭和55〜57年)
旭川近文球場-国道40号線大町交差点-旭橋-平和通り買い物公園-旭川駅
1980年(昭和55年)の第48回からは、出発地点が国道40号線大町交差点に変更されました。旭川近文球場での開会式ののち大町交差点からスタートし、旭橋・平和通り買い物公園を経て旭川駅へ至るルートです。

第7期:永隆橋通りへの変更(昭和58〜平成5年)
旭川近文球場-大町交差点-旭橋-永隆橋通り-宮下通り9丁目・10丁目交差点
1983年(昭和58年)の第51回から、平和通り買い物公園の区間が永隆橋通りへと変更されました。旭川近文球場・大町交差点・旭橋を経て、永隆橋通りから宮下通り9〜10丁目交差点へ至るルートです。

第8期:現在のルートへ(平成6年〜令和8年)
リベライン-ロータリー-八条通り10丁目-永隆橋通り-一条通り9丁目・10丁目交差点-日新の森公園(日新小学校跡地)
1994年(平成6年)の第62回からは、国道40号線の交通量増大による安全上の理由から、大町交差点〜旭橋間のルートが廃止されました。開会式はリベライン旭川パーク(旭橋下流)で行われ、スタート地点はロータリー(8条7丁目)となりました。この経路が、現在も続く音楽大行進のルートです。

まとめ
94回の歴史を持つ北海道音楽大行進は、出発地点だけでも北海タイムス社・旭川市役所・旭川駅前・旭川近文球場(大町交差点)・リベライン旭川パークと変遷し、また、進行方向を逆転するなど、時代ごとの都市の変化を色濃く映してきました。常盤橋の消滅、平和通りの一方通行化、買い物公園の開設、国道の交通量増大といった出来事が、そのつど経路の見直しを促してきた歴史でもあります。
以下の表については、情報が十分ではなく、間違いが含まれている可能性があります。


HIRAIDE HISASHI
関連項目
・北海道音楽大行進 その1
「吹奏楽年鑑 紀元2601年版」より
・北海道音楽大行進 その2
北海道音楽行進の誕生と展開 ― 軍楽から都市祝祭へ(1929–1953)
「北海道護国神社慰霊音楽大行進史 : 昭和4年~昭和23年」より
・北海道音楽大行進 その3
『旭川吹奏楽連盟五十年史』に基づき、音楽大行進が復活した昭和28年(1953年)の第21回から、第40回音楽行進 (復活第20回)昭和47年(1972年)の第40回までの歩みを整理して紹介します。
・北海道音楽大行進 その4
『旭川吹奏楽連盟五十年史』に基づき、昭和47年(1972年)の第40回音楽行進 (復活第20回)から 昭和54年(1979年)の第47回音楽行進 (復活第27回)までを紹介します。
・北海道音楽大行進 その5
旭川地区吹奏楽連盟ウェブ・アーカイブに基づき、昭和55年(1980年)の第48回音楽行進 (復活第27回)から、平成26年(2014年)の第82回北海道音楽大行進までを紹介します。
・北海道音楽大行進 その6
1929年(昭和4)6月5日(水)に始まる北海道音楽大行進は、その94回の歴史の中で、行進経路が何回か変更されて今日に至ります。
