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なぜ旭川に“音楽大行進”が生まれたのか

北海道音楽大行進 その1

 旭川市で開催される北海道音楽大行進は、今年で第91回目の開催を迎える歴史ある吹奏楽の行事です。
 その始まりは1929年(昭和4)6月5日の「第1回慰霊音楽大行進」で、これには「北海道招魂しょうこんじょう」(北海道護国神社)の戦没者慰霊祭いれいさいに合わせて第七師団ラッパ隊、旭川師範学校、朝日小学校、旭川市民管弦楽協会、合同酒精ごうどうしゅせい音楽隊など10団体、約200人が参加しました。


吹奏楽年鑑 紀元2601年版

 管楽研究会が1941年(昭和16)に発行した吹奏楽年鑑 紀元2601年版には「第12回北海道護國神社慰霊祭音樂大行進」についての記載があります。

昭和十五年度吹奏樂記録

六 月
八日〔旭川〕
北日本音樂大行進、中部北海道の樂人を總動員して「北海道護國神社慰霊祭音樂大行進」開催。
参加團體は軍部の内田、印南、宮本、今村、岸、田山、佃、千葉の八團體だんたいを筆頭に旭川師範學校ブラスバンド、旭川商業學校ブラスバンド、永山農業學校ブラスバンド、旭川市立高女齊唱團せいしょうだん、旭川實科高女齊唱團、旭川第一小學校喇叭らっぱ隊、同ブラスバンド、近文第一校ブラスバンド、深川海洋少年團齊唱團、和寒小學校喇叭鼓隊、糸魚いとい小學校喇叭鼓隊、當麻とうま宇園別うえんべつ青年團ブラスバンド、旭川中央小學校ブラスバンド、邊別べべつ佛華ぶっかきょ健兒けんじブラスバンド、上川青年團ブラスバンド、富良野小學校喇叭鼓隊、神樂かぐら青年團音樂部、大日本飛行少年團齊唱團、上士別學校喇叭鼓隊、士別小學校喇叭鼓隊、鷹栖たかす中青年學校ブラスバンド、一般團體二十二合せて三十團體千五百名。

参加団体現在の校名など

・旭川師範學校は北海道教育大学旭川校
・旭川商業學校は北海道旭川商業高等学校
・永山農業學校は北海道旭川農業高等学校
・旭川市立高女は、旭川市に存在した公立高等学校で「旭川市立七条高等学校」と名称変更された後1951年(昭和26)に閉校した。跡地には2015年廃校となった旭川市立北都ほくと中学校が開設された。
・旭川實科高女は、現在の旭川大学高等学校(2023年度より旭川志峯しほう高等学校へ校名変更)
・旭川第一小學校は旭川市立第一小学校
・近文第一校は旭川市立近文ちかぶみ第一小学校
・深川海洋少年團については不明  *3
・和寒小學校は和寒町立和寒わっさむ小学校
・糸魚小學校は士別市立糸魚いとい小学校 2005年に朝日町が士別市と合併した。
・當麻宇園別青年團は当麻とうま宇園別うえんべつの青年団だと思われます。
・旭川中央小學校は大成たいせい小学校と合併し(昭和45年)知新ちしん小学校となり移設した。跡地は旭川市民文化会館となった。
邊別べべつ佛華挙健兒については仏教関係の団体かと推測するが不明 *2
・上川青年團については不明
・富良野小學校は富良野市立富良野小学校
神樂かぐら青年團については不明
・大日本飛行少年團は昭和7年に創立された団体で、昭和14年旭川に北海道支部が結成されました。
・上士別學校は士別市立上士別しべつ小学校
・士別小學校は士別市立士別小学校
・鷹栖中青年學校は鷹栖たかす村中央地区の青年学校と推測


*1 明治43年(1910年)第七師団招魂しょうこん祭執行、明治45年(1912年)「招魂社」、大正5年(1916年)「北海道招魂しょうこんじょう」、昭和10年(1935年)「北海道招魂社」、昭和14年(1939年)「北海道護國神社」と改称されました。

*2 2025年11月に旭川市西神楽支所に勤務経験のあるK氏から邊別べべつ情報が提供されました。
「邊別は今の西神楽市街地付近の地名です。以前50年以上前ですが、西神楽支所に勤務していたころは、住民票や戸籍に邊別や辺別という字名がまだありました。さて、名前はうろ覚えですが「邊別佛華音楽隊?」という団体が神楽のお祭に演奏や行進している写真を見た記憶があります。西神楽にはお寺が何か所かあり、そこの檀家の皆さんでバンドをつくっていたという話を聞いたことがあります。編成は吹奏楽編成でした。」

*3 2026年3月に「北海道護国神社慰霊音楽大行進史 : 昭和4年~昭和23年」により深川尋常小学校の児童による50名編成と判明しました。

第1回慰霊音楽大行進

 昭和4年6月5日に開催された第1回慰霊音楽大行進の写真が「目で見る吹奏楽百年史 」に掲載されていました。その説明で、第1回慰霊音楽大行進に戸山軍楽隊が参加していることが判明しました。

 昭和4年6月5日 北海道招魂祭における旭川市音楽大行進 軍楽隊の外、第七師団ラッパ隊、旭川師範、旭川市民管弦楽団、鉄道ダイヤ音楽団、合同酒精音楽団等も参加した。

目で見る吹奏楽百年史 P44
目で見る吹奏楽百年史 : 山口常光 著 より
2012年6月9日の旭川吹奏族スーザフォンパート

HIRAIDE HISASHI


関連項目

北海道音楽大行進 その1
 
なぜ旭川に“音楽大行進”が生まれたのか
 吹奏楽年鑑 紀元2601年版」より

北海道音楽大行進 その2
 北海道音楽行進の誕生と展開 ― 軍楽から都市祝祭へ(1929–1953)

 
「北海道護国神社慰霊音楽大行進史 : 昭和4年~昭和23年」より

北海道音楽大行進 その3
 
『旭川吹奏楽連盟五十年史』に基づき、音楽大行進が復活した昭和28年(1953年)の第21回から、第40回音楽行進 (復活第20回)昭和47年(1972年)の第40回までの歩みを整理して紹介します。

北海道音楽大行進 その4
 
『旭川吹奏楽連盟五十年史』に基づき、昭和47年(1972年)の第40回音楽行進 (復活第20回)から 昭和54年(1979年)の第47回音楽行進 (復活第27回)までを紹介します。

北海道音楽大行進 その5
 旭川地区吹奏楽連盟ウェブ・アーカイブに基づき、昭和55年(1980年)の第48回音楽行進 (復活第27回)から、平成26年(2014年)の第82回北海道音楽大行進までを紹介します。

北海道音楽大行進 - その6
 
行進経路の変遷を紹介します。

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