光の中に立つとき、足元にある影に気づいた話 愛の探求
愛はいろんなものを含んでいるんだよ、が私はあんまり分かっていない。
冬の静けさと灯りになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。
光に満ちた世界であり、お花畑。
愛がある世界って、どんなイメージ?
優しい感じ。
海。
ぽかぽかしてあたたかい。
光に満ちている感が私は強くて、お花畑のイメージもあった。
お花畑でいくと、花も咲かない場所があったり、黒い花が咲いていたりするのかな、って思ったことがある。
軽やかに愛にふれて、知りたいよと思っている今ここ。
愛を生きるをしたいと思っている私が、愛の光の中に立つと、影があるよね、にふと気づいた。
光の中にただ立ちたい
愛を生きたい。
って思った。それをやってみたいんだ。って。
そういうことを思っていて、イメージ的には愛は光でそれも胸から光が出ている感じだった。みんなの胸から光が出ていて、照らし照らされている感じ。
だから、光が満ちている。
明るくて澄んだ世界。
どんなあり方で愛を探求する?
軽やかに考えてきて、ふれてきている。
だから、やっぱり軽やかにこれからも愛をどんなものかしら?って探求したいのよね、って考えていた。
そんなことを考えていたら、「愛は狂気で、おぞましさや厳しさも含むんだよ」って教えてもらったことを思い出した。
私はその辺りにまだふれていないなって感じていて、愛を完全に分かった人でもない。
あたたかくふれ続けたい。
光が満ちている世界に立つ私に影はある
これに気づいた。
頭では分かっていたけど、それがちょっと一段深くおりてきたと思う。
ただ愛のある世界に立つことから始めたい。
影は出来るのに、ないものにしていた、見えてなかったのが、「あ、影あったんだ」って気づいた感じ。
そこに立つ私の足元には影がある。
一緒に立ってくれる人にも影はある。
そして、愛自体にも影はある。
唐突にそう思った。
影と光。
光が先じゃなくて影(闇)が先って教えてもらったことにつながる。
影があっても、私はそこに立ち続ける。
立ち続けられると思った。
愛の光の面、あたたかい面にしかふれていないんだろうなの理解はふんわり持ち合わせていたけれど、少し影と思える面に近づけた気がした。
そして、「あるよね」って改めて気づいたけど、影ですらも照らして光の力で飛ばしてしまえ、とは思わない。
厳しさも、嫉妬も、執着も、狂いも、独占したいも、覚悟も、境界線も、不安も、全部を含むのが愛。
まとめ
愛を生きる。
光の中に立ってみることから始めよう。
それを私は軽く、簡単に始められることだと思っていた。
けれど、思っていたよりもほんの少し重さがある、気づいた。
私に影はあるし、愛がある世界で出会うあなたにも影はある。
愛自体にも影はある。
だけど、影があるからその世界に立てないではないし、あるよねって分かったことで、思ってたよりも簡単ではないと思ったけど、立てないではない。
影、ちゃんとあるじゃんって影があるから光が存在できるよねって感じで立ちたいと思った。
ほんの少し愛の探求が進んだ、と思った話でした。
愛にある影ってどんなものが含まれると思いますか?
今日もここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この場所に、その日の気づきを静かに置いています。
また、書きにきます。
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よかったらこちらのnoteもどうぞ
▽愛「を」生きるの一歩は、光の中に立つことから
▽闇と光の話
▽愛について、まっすぐに教えてもらった話
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