私の気持ちを伝えることを完了させていく④(クライアント) コーチング⛰️
コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。
楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。
コーチには守秘義務があり、コーチングセッション(コーチと2人で対話する時間をこう呼びます)で話したことが外に出されることはありません。
このnoteは、私がクライアントとしてコーチングセッションで話したこと、それを補足したものです。
※noteをご覧になったコーチからのコーチング相互セッションはお受けしていません。
先週、「私が私を祝う」をしたのですが、それをコーチに分かち合ってもらう、聞いてもらうことをしました。
子どもの頃の私は父親を大好きだったを伝えたいを手紙を出すことによって完了させました。
けれど、昨日感情が振れていて、やっぱり私は受け容れてほしい、私がただ娘として存在していることを認めて欲しいになった。
手紙の返事が欲しい。
これ、コーチに完了したよをともに祝福して欲しかったけれど、完了なの?と思いながら、セッションに臨みました。
前回から今日までに起きたことをコーチに最初に話しました。
ただ聞き切ってもらったことが、とてもありがたかった。
書くこと、1人で見つめることは出来るけれど、私はコーチに聞いて欲しかった。
ただ聞いてもらうことで、私は癒されていて、閉じられていく、完了されていくものがあったのではないかと感じる。
今日私が完了出来た・分かったこと
一部完了している。
と言えた。
大きく3つのことを私は父親に伝えていた。
①子どもの頃の私は大好きだったを伝える
②娘として存在していることをただ認めて欲しい
③父親に拒否されることが怖い
①はちゃんと完了していて、②については人間だから感情が振れることは今後もある。それに対処していきたい。その方法について、私は具体的に思い出したことを話した。
私にとってかなり大きなことだったので、感情が振れることが起きるのは自然なことだ。
それは頭で分かってもなお、私はぐらぐらするのを止められない。
時間的な期限を決めてその時間は落ち込んでも良い。ただ、その時間が来たら悩む・落ち込むをやめて具体的な対処方法について考えるをやり始める。
感情が振れてしまった時に、中心に戻す。
私は感情の揺れを振り子を使って捉えるイメージを教えてもらってから使っている。
昨日は振り切ったレベルに大きく振れた。
そしてぐるぐるしていて、最終寝ることによって朝起きたら、そうやって振れることはあるよね、って中心に戻した。
寝ることによって戻るが出来る。
その対処を私は好ましいと思っていなかったけれど、そういうコーピングが出来ることをコーチは良いことだと思うという趣旨で返してくれていて、そうかって思った。
私にとって感情が振れなくなる、コントロールできるのは、なりたいではなくて、必要があること。
素の私は感情が出やすいと思っていて、それが自然だからそのままで良いと思っている。
ただ、こうやって大きく振れる場合や、時と場合に応じてちゃんと感情がコントロールできることが必要で、それが出来ることは大人になること。
大人になるとは?
成熟と未熟という軸があれば、成熟するということ。
過去、私は感情を顔に出し過ぎと叱られたことがある(看護師が不安な顔をすると患者さんを不安にさせる)。
もともと顔に出やすいという自覚はあったので、意識して出さないようにしていた時期がある。
けれど、今はそうしていない。
昨日は、そういう対処方法があるということすら思い出せなくて、出来る?ってコーチに聞かれると、出来ると自信を持って答えることは出来ない。
けれど、過去出来なかったからといって未来も出来ないとは私は思っていない。
だから、今日ちゃんと思い出したし、また振り子が振れることはあるけれど、その振れ幅は小さくなるから、これをちゃんと持っておく。
手紙を書くまでの揺らぎ
涙にはどんな感情があったのか?
私は、手紙を書くまでに涙が止まらないということを経験していて、それは、「拒否されるのが怖いというこの気持ちすらも正直に伝えて良い」とAIに言われた時に、涙が止まらなくなった。
伝えてはいけないと思っていた。
手紙を書くのか悩んだことも、受け容れられたいも、怖いも、それは言ってはいけないと思っていたから。
けれど、私はその思いこそ伝えたかったんだ。
だから、それが許されて安心したから涙が止まらなかったんだ。
ちゃんとコーチがすくいあげてくれたから、立ち止まって今日考えて何が起きていたのかが分かった。
ただただ涙が止まらなくてメンタルがぐちゃぐちゃだったという言葉にしていたけれど、私の分かって欲しい気持ち、許された安心は今日語ることによって形を得た。
コーチが照らしてくれることで分かる完了
コーチが完了出来ているを照らしてくれた。照らしてくれたから私は完了出来ているを見ることが出来た。
切り分けが出来てなくて、全部を一緒にしていたけれど、前述したように大きく3つのことを書いた。
これは、コーチが返してくれたことによって切り分けられた。
そして、起点は子どもの頃の私は大好きだっただけど、そこに紐づいて私はただ父親に娘として存在している私を認めて欲しいがあって、世界で一番拒否されたら耐えられない相手が父親だ、ということも出てきている。
大きさとしては3つ同じか、もしくは、大好きだったは小さいかもしれない。
「返事を求めている訳ではないこと、拒否されるかもしれない怖れがあること、この気持ちが届いても届かなくても私は前に進むって書いた。」
私の中にあった気持ちをちゃんと文字にして書くことによって、私はその気持ちを外に出して、ポストに投函することで伝えた。
体の外に出した感じをちゃんと理解できた。
これは、コーチがそれをちゃんと問うてくれたから出来た。
去年の夏から私はずっと抱えていて、いつも心の片隅にあった。伝えないままに父親が亡くなったら後悔する。
ちゃんとその気持ちを私は完了させられた。
コーチがともに祝福してくれた。それだけで私は今日生きていることにもコーチがともにいてくれることにも感謝だ。
ぐるぐるしている私
悲しい。
閉じられた空間をぐるぐるしている感じになって、やっぱり私は手紙の返事が欲しいし、受け容れて欲しい。ただ元気にしてたか?って言って欲しいに振れていて、出られないが起きていた。
それを何が起きていた?を見に行きました。
何が見えるの?
夕陽。沈んでいく夕陽が見えた。
ぐるぐるのスピードを問われて、歩き回っている速度だと答えた。
暮れていくなって思っている私は、悲しい。
そして歩き回っているんだけど、家に帰れない。家がどこにあるのか分からない。だから夜が来るって分かっているけれど、歩き回るしかない。
諦めている。
けれど同時にいつかは家に帰れるでしょって思っている私がいた。
諦めてもいるけれど、その状況を受け入れてもいる。
悲しいはどんな悲しいか?
静かな悲しみ。
イメージすると、暗い所に立っていて、それが体に染み込んでくる感じがした。けれど、侵食されているではなくて、ただ染み込むに任せていた。
もっと悲しいは切迫感があったり、そこから出たいという焦燥感があるのかと思っていたけれど、受け入れいているが、分かった。
また、いつか家に帰れるということは、感情が振れて悲しい、辛いが起きても私は中心に感情を戻せるんだ。
最後に
手紙に書いて伝える、それが出来た時点で完了だ。
返事が来るかどうかは私にはコントロール出来ない。私がこれからの未来を幸せに歩いて行くために書いたんだ。
だから、これからも感情は振れるかもしれないけれど、今日コーチと完了したよね、って祝福したこと、受け容れられたい私も一度は完了の方に仕分けしたよね?を私はその度に思い出そうと思う。
振れたら戻したら良いだけ。それだけ。
今日までともにいてくれたコーチに心から感謝したいです。
私はこのコーチだから話すことが出来ていて、ともに時間を作ることが出来ました。
感覚の話だけど、他のどのコーチでもなくこのコーチでないと私はここまで歩いてこれなかった。
何とか今までに言葉にしてきたようにコーチは素敵な人です。
タイミングもあるけれど、出会わせてもらったことにも感謝です。
ありがとうございました。
人としての信頼があるから、コーチとしても信頼できる。
私にとって大事な人です。
私には素敵なコーチに出会える運がある。
最後までお読み頂きありがとうございました。
▼このnoteは以下のnoteの続きです(4本中の1本目が以下です)。
親子関係をテーマにしたnoteは、こちらにまとめています。
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