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やっぱり「ビジョン」の概念が混乱 ビジョンって呼ぶのやめる

なりたい自分や目標という感じの「ビジョン」じゃなくて…。

秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ踏み出して。

ビジョン、そう聞いて何を連想しますか?

理想、遠いもの、輝かしいもの、共通認識、思いつかない。

私にとって明らかに理解出来ている感がなかった言葉の1つが「ビジョン」。

私の内側にあるもので、それにふれる、思い出すことでビジョンは言葉になる。私の人生を照らしてくれる存在でコンパス。
価値観や本音という言葉とも近いこと。


分かると分からないの繰り返し

分かったになったと思ったら、また分からない。それを繰り返している。

スクールで学んだ時に私はそう感じていて、やっぱり今をもってしても分かっていないが分かった…。

「自分の言葉で説明できない」が起きたので、それはもう分かっていないということ。

こうやって書くことで私は自分の理解度をはかることがある。
何かを学んだ時に書いているのは、再体験で再構築、相手への感謝であなたとの共有。


人に問われて答えられないのは、自分の理解度をはかるのに良い機会だ。

自分が「分かる」と、「伝えられる(教えられる)」には1枚壁がある。
今回、伝えられなかったのはまだ私が「分かる」にもなっていないからだ。

人に伝えられるようになりたい。
コーチングにおいてもいろんな専門用語がある。
それをそのままではなくて、自分の言葉で説明できるようになることを私はしたいと思っています。
責任でもあるし、そうできるようになることが私を育てるでもある。

ミッション、ビジョン、バリューという意味で使われる「ビジョン」という言葉の概念の方に私は最初にふれていて、それがややこしく感じさせる理由の一つでもある。

難しい。

コーリングとか、天啓っていう感じの方が私はしっくりくるんだけど、それは私にとっての言葉の感覚。

もしくはコンパスの方が近い。

私が自分の中で分かるのレベルではなくて、人に自分の言葉で伝えられるレベルになりたい。
それが大事。

直感で大事だと思う。
7月、私は掴めた気がしたのだけど、掴めてない。

掴めたと思ったけど、やっぱり分からないを行ったり来たりしている。
行ったり来たりのプロセス自体が大事なのでは?と教えてもらって、そうかもって思いました。

そもそも分かりたいって思っていなかったらそういう行き来は起きない。

借りてきた言葉じゃなくて、自分の言葉で説明できる、定義できることが大事。

整理してみよう。

ビジョンはもうすでにあるもの

まず、ビジョンは描くというよりも、自分の中にもうあるもので、気づく、思い出すという方が近いものです。

イメージで言うと、
仏師が木から仏様を彫り出す時に、こんな風に彫ろうと思って彫るではなくて、そこに仏様はもう存在しているから、ただ自分は彫り出すだけなのだ。難しいことは何もしていない。仏様はもう木の中にいる。

そういう話を聞かれたことはありませんか?

私は、ビジョンについてそういうイメージがぴったりだと思っています。

だから、天啓とかコーリングって感じで、自分におりてきたり、鳴り響く音、呼ばれる感じがしっくりくる。

天啓という言葉は、すでに定められたものや決まっているものという感じで私は使っていて、使命や宿命みたいなものと近いです。

ある日急にひらめくようにおりてくることもあるし、徐々に分かるになったり、気づいたりするような感じ。

コーリングは、ずっと鳴り響いているもので、準備が出来たり出会うタイミングになれば、それを受けとれる、その呼んでいる音や声が聞こえるというイメージです。

私のコンパス

私の生き方の指針の「好奇心がコンパス」もビジョンと言えると思うけれど、しっくりきていないから、ビジョンという言葉は使っていなくてコンパスと呼んでいる。

「光になりたい」が大きなビジョンで、それを価値観として握る言葉にしたのが「好奇心がコンパス」。

ただ、好奇心だけじゃなくて、静かに私に還る時間も必要だから、
「きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズム」が大事で、
照らすだけじゃなくて、照らし返される、あたたかい光になりたい。

「照らし、照らされ、あたたかさを分かち合う光。」
2025.7時点のビジョン構文(=私の内側の声)

好奇心が呼ぶ方へ生きる。
という言葉にもなっていて、私は「呼ばれている」

何に?と聞かれたら、
それはもう私の中にある思い出す、還るもの、私の魂がこの体で経験したがっているものに呼ばれている。

だから、外の誰かに呼ばれているのではなくて、私の内側の声に呼ばれている。

ビジョンを描く、ビジョンに従って生きる。
そういう地図のようなもの、理想という意味でのビジョンとはちがっている。

私が伝えたいビジョンという言葉が内包する意味は、自分の中にすでにあるものに気づく、本音や価値観とも近いもののことです。

コーリングであり、天啓であり、コンパスであり、魂の声であり、内側の声。

それが、いわゆる理想や目標と近い意味でのビジョンとちがう。

同じ言葉なのに、意味がちがう。
これが存在するが故にややこしくなっていた。

だから、コンパスと呼ぶ。
自分のコンパスはもうすでに自分の中にあるから、それを見つける、探求する。

授業では、「北極星」とも教えてもらっていて、生きる指針、方向を示してくれるものがビジョン。

ビジョンじゃなくて私としては、コンパス。
自分の中にある「こっちだよ」って方向を指し示すコンパスにふれること。

まとめ

ビジョンという言葉で教えてもらったから、ビジョンという言葉で理解しようとしていたのが、余計にややこしさを生んでいた。

しっくりきていないのに、でもこう教えてもらったしなーって思っていた。
しっくりきていない言葉は使わない方がベター。
私の言葉を使う。

さらに、私がコンパスと呼ぶことにした方のビジョンは、いわゆる理想や目標を描いたビジョンではない。

自分の内側にもうあるもので、それを探求して見つけていくもの。

見つけるではなく思い出すかもしれないし、私に還ることかもしれない。
コーチングを通して、私はコンパスにふれる、思い出すということをしたと思います。

自分の言葉で語れるようになる。
直感的に大事だと思ったからやってみたけれど、コーリングも天啓もそこまで友達になれている言葉ではない。

だから、コンパスと呼ぶのがしっくりきました。

魂の声、内側の声をきくのは、私を照らしてくれる大きな光を1つ得ること。
コーチングを通して7月にそれをしました。

そして、今回は概念の方を自分でちゃんと握ることを試みました。

どうでしょう?コンパスと呼ぶことにしたビジョンの方、伝わったかしら?

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▼私のコンパス(=ビジョン)

▼ビジョン(=コーリング)と近そうだと思うライトワーク

▼未来を描く方のビジョンについてのクライアント体験


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