帰省 いい娘をやめて、自分のペースを取り戻すまで ケア要員として見られるもやもやと、私の境界線

私は育児支援員かい?

冬の静けさと灯りになりたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切にしています。
自由の光が差す方へ安心して転がって。私のままでもう全てそろってる。

年末になると帰省というイベントがあるので、心がざわざわしがち。

みなさんはどうですか?

義理の実家への帰省がある。
帰省はしないけど、寂しい気持ちになる。
帰省するけど、ざわざわしないよ。

そもそも定職に就いていないので、年末年始という時期に帰省する必要はまったくないのですが、親戚と集まったりするので、一応帰省します。

母親から打診された日程よりも短縮して1週間帰ることにしました。
妹に双子が生まれたので、そんなにゆっくりも出来ないだろうし、私も実家の居心地がいいかというと、微妙だと思うからです。

もう少し長くいられないの?の打診にもやっとがあったけれど、秒殺できた!

去年も帰省に関してもやっとしていたから、成長していると思うので、書き残す。

去年も今年も私はあまり長い日数を実家で過ごしたいと思っていない。
双子のケア要員として見なされることに小さなもやっとが生まれたが秒殺できた。


去年のもやっとは帰省自体がしんどそう

まさに帰省についてをテーマにコーチングで話していたよ。
主旨は、帰省する日程が決まっているけれど長くて、その間に自分の時間がなくなるのがイヤということ。

もう一つは、自己犠牲的に生きてきたからまたそこに戻ってしまう、特に母親との距離感を変更したいと思っていて、前の距離感に戻ってしまうことを恐れていた、という話をしていました。

そうなることは、自分を大事にすることから遠ざかるからです。

去年と同じ「もやっと」は日数

去年と同じく滞在日数が長いのはイヤだと思っているのは同じ。
けれど、今回はしれっと打診された日数よりも短めを自分で提示していて、
特に理由は説明していない。

尋ねられたら、一応答えるけれど、説明しようとは思っていない。

これは成長。

前なら、なぜ短い日数にしたのかを聞かれなくても説明していた。
けれど、しないを選べている。

これは、境界線がはっきりしてきたと捉えられる。
勤めていようが勤めていなかろうが、私の人生の時間は私のもので、母親のものではない。
だから、私が心地いいと思える日数を選べばいい。

それと、私が「私」を信じられるようになっていることも関係があるのでは?と思う。
私の選択に責任を持てるし、私のためにそうしているという感覚がちゃんとあるから。

「我がままは、私のままでいること。もっと自己中になっていい。」という言葉を思い出した。

もう少しいたら?をスルー

世間的なお正月休みの終わるタイミングで私も香川に帰ることにしている。
特に実家に長く滞在したいと思っていないから。

そこで、「もう少しいてくれたら妹が助かる」という感じの返事がきた。

もやもや発生!

真意は分からない。
これも大事なこと。どんな意図でそう言ったのかは分からない。
深読みしない。

妹の夫は仕事があるから帰るけれど、妹と双子はもう少し実家にいるらしかった。いつまでいるのかは知らないが、母親も仕事があるので、そんなに妹や孫たちに構っていられない。

私は育児支援員?
その認識で全然構わない。本当に大変だと思うから。

けれど、普通に「もう少しゆっくりしたら?」と言われるよりも、もやもやしてしまったのは事実。

お正月明けに仕事がびっしり詰まっている訳ではない。
けれど、私にも生活はあるし、やることもある。

単なるケア要員とみなされたように思って、もやっとした。
帰省中は、もちろん手伝う。甥っ子たちはかわいいから。

けれど、私も1人の人間として、母親の子どもとして扱われたかったんだろうな、と思いました。

だからと言って、怒りはなくて冷静な感じです。まったく私を子どもとして大事に思っていない訳ではないんだろうな、と思うからです。

誰かをケアすることに私は少し過敏になっている。

そして、前の私なら「え?じゃあもう少し実家にいようかな?」って育児を手伝うために帰省の日程を延ばすか検討したことだろう。

家族の空気を読む。期待される私でいるために。

けれど、その選択肢はなしってスパッと切った。

時間的にはもう少し実家にいることは可能。
だけど、日程的に許されるから、母親に打診されたからそうするのは違う。

心からそうしたいかと問うと、そうしたいとは思わない。

妹に育児を手伝ってほしいと言われた訳ではないし、母親が勝手に言っているだけだ。なら、延ばす必要はない。

おつかれさまスタンプを送って、さらっと親戚の集まりの日程はいつなのか?という質問を返して話題を切り替えた。

まとめ

母親と親戚のおばさんくらいの距離になりたい。
これが去年の年末は、帰省で母親とふれあうことで大きく揺らぐことを恐れていた。

けれど、今はそんな恐れはない。

そして、単なるケア要員とみなされた、と感じてもやっとしたけれど、それはそれとして、私のペースで生きるができる。

しかも悩んで決断というよりは、秒でそう考えられたのが成長。私は私をまず大事にできている。えらいぞ。

年末年始に帰る必然性はないけれど、家族に会いたいくない訳ではない。ゆるっと1週間楽しく過ごせますように。

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もっと知りたい方はこちらのnoteもどうぞ

▽帰省にまつわるお年玉に関しての私の行動

▽母親のケアは私の役割ではない

▽今年のお正月に気づいた「母親の母親」をもっと早く降りられた可能性


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