人生は何でもできるけれど、すべてはできない 四角さんの「削りだす」パートから④ #セカイキ2025
コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るし、楽しいをもっと私にさせちゃおうと思います!
2025年4月6日に開催された『世界一自分らしい生き方の祭典』にオンライン参加しました。
1ヶ月経ったのか…、早い気がします。この情熱や受けとったことを持続させるのが1つのカギだと思っています。
今日は、四角大輔さんの「削りだす」のパートからの学びについて書きます。
『世界一自分らしい生き方の祭典』は、
自己理解メソッド創設者の八木仁平さん、作家・森の生活者の四角大輔さん、プロデューサーの川原卓巳さんの3人が、自分らしく生きることについて、考えたこと、感じることを共有し、心から自分らしく生きたいと願う人たちがその情熱を受けとる場です。Rebornする場でした。
私は、仁平さんのされている「100日間でやりたいこと探しを終わらせる自己理解プログラム」の修了生で、昨年の『世界一自分らしく生きる教室』で浴びた情熱がめちゃくちゃ良かったので、参加しました!
すべての人はお母さんから生まれた。その時は、命がけでこの世に生まれてきている。
出産したことはないけれど、その現場には立ち会ったことがある(手術室で帝王切開に立ち会っていた看護師)ので、本当にお母さんも赤ちゃんも命がけだと思います。
そして、もう一度生まれるには、同じくらいの「痛み」を伴う。その話がとても心に残りました。
Rebornするには、それ相応の大変さがある。人生はアートだよ。だから自由に描いて良いし、完璧な人はいない。
人生は何でもできるけれど、すべてはできないが今の私には心に響いた。
人生はアート
Life is Art.
私は、Life as work. という言葉と以前出会っていて(記憶が正しければ落合陽一さんの言葉)、それを思い出しました。
私の人生と「働く」における理想です。
人生と働くに境目がないような状態で働きたいという仕事観を持っていて、コーチも私の一部にしたいと思っています。
今はまだ手のひらにのせたボールのような感じです。
☆人生が自由なアートだとしたら、どう生きたい?
とても素敵な問いです。
自由に羽を生やして心のままに飛んで行きたい。世界中を見て回って、そこで出会う人の話を聞いて、新しい知らない人・もの・美しい風景にたくさん出会いたい。
私は「砂浜を裸足で駆け出していく」というイメージを今の自分の生き方に対して持っていて、それと近い感じがしました。思い切り駆け出していく。
このイメージはコーチングを受けた時に抱いたイメージで、ずっと心にあります。
好奇心の呼ぶ方へ、楽しく駆け出すというイメージが私を助けてくれる。
自由に生きるためには何かが必要だ、と思っている。
そして、「私には出来ない」という思い込み。
この思い込みは5月23日までに捨てます!
川原卓巳さんがゲストスピーカーだった『人生春の捨て祭り』に参加してことによって(笑)
セカイキで聞いて感じたこととつながっているの我ながら興味深い。
「私には出来ない」を解き放ってくれたのが、
☆「自分のことを完璧だと思う?」
という問いかけです。
そして、
☆私がかっこいいと思う人はどう?完璧?
って問われたら、すぐに分かる。
私の尊敬する人は完璧じゃない!!
素のままを見せてくれていて、人に頼るがちゃんと出来る人だったなって思い当たりました!!
めちゃくちゃプロなんだけど、人間味のある人というか、大好きな整形外科の先生です。
完璧な人は地球上に1人もいない。
みんな違って当たり前。わたしと小鳥と鈴と。
だから、もうそのままで私には全てがそろっている。
この辺りの話は、私にとっては自己肯定感や自尊感情の話とつながっていて、「ありのままの私で価値がある」って決めました。それを染み込ませようとしています。
そのままの私に価値があるんだよってなかなか信じられないままに人生を歩いてきていて、だから何かが出来る私、優等生を目指し、資格を取る、看護師として働いて周りから評価されることで私は自分を保って生きてきました。
それを否定はしない。
そうやって本当の私には価値がないけど(まあまあな思い込みだよね)それを守るために必死で努力してきた私も大事な私だから。
今は私の心が呼ぶ方へ私は歩くことにしたので、仕事がうまくいかないと自分自身も調子を崩すみたいな振り回され方からは卒業しました。
私自身がたとえ直接何かの役に立っていなくても、存在しているだけで価値はあるんだよって練習中。
自己肯定感、上下動はあるし低くても良いけど、上がった方が生きやすいよねって思うので、意識的に努力しています。
誰もがイビツな形をしている。
だから、今日(セカイキ開催日)が2回目の誕生日。変わること、Rebornは、「痛み」を伴う。
苦しいだけではないし、しんどいことや不安もあるかもしれないけれど、生き方を大きくシフトさせようとしているので、勇気づけられました。
そんな簡単にはいかない。
苦しみも不安も出来たら避けたい。
だけど、楽しいにつながっている。
そして、その位「痛み」を伴うんですよって教えてもらったら、私は安心したし、この道を歩くって改めて決める。
初めてのことには不安があるのは当然。
そして、私は自分自身も変化させようとしていて、まだその私がなじんでいない。
「不安を愛せ」は、仁平さんの言葉ですが、不安あるよねって眺めながら進んで行きたいし、「痛み」があるのもそうだよねって納得なので、焦らず歩いて行きたいと思います。
私、歩いて行くは決めているのに、「砂浜を駆け出す」イメージなの、ちょっと合ってないなって今書いてて気づきました。
最短距離を探して全力疾走するような生き方をしてきたのですが、もうそれには私自身がついていけなくなっている。
頭で考えて最短を探して努力した結果、限界を越えてまでがんばって自滅するのが私のパターンでした。
バーンアウトまではいかないけれど、それに近いことを繰り返していました。
人に頼れないもあって、抱え込み過ぎて倒れちゃう。
それに気づいたので、「歩いて行く」を決めました。
なので、訂正する。
好奇心を解放して良いんだって気づいた時に描いたイメージだから、「砂浜を駆け出す」だった。
その勢いは保ちながら、駆け出した先は歩くし早めに一息ついていきながら歩きます。ずっと駆け出して走り続けるじゃなくて、たまに走るけど基本は歩く。
このイメージの先を描けたのとても良かった。
まずは、私らしさを「思い出して」、「削りだす」。
私にしかできないこと=アーティスト性を必要としてくれる人に届ける。
全ての人に届けようと思いがちだけど、そうじゃないよっていうのを改めて思い出させてもらいました。
私が届けたいと思う人、必要だと思ってくれる人に届けたら良い。
そして、私にしかできないことをやったら良い。
同じスクールでコーチングを学んでいても、違いはある。そしてコーチは生きてきた過程すべてが糧になるから、みんな違うコーチになるし、届けたい人も、必要とされる人も違うと思います。
素敵なコーチが私の周りにはたくさんいるので、こんなコーチを探しているがあれば、ご相談下さい!それなら合うかも?でご紹介できるかもしれません。
人生は何でもできるけれど、すべてはできない
一点集中の言い換えでもあると思います。
私は、今回のセカイキの中でおそらくこれが一番引っかかっている。
だから、なかなかnoteに書くことが出来なかったと思います。
看護師の仕事をおやすみ中としていて、コーチングに全振りしています。
厳密には、私が私の人生を生きるがベースの上にコーチングがあります。
学びつつクライアントさんと出会おうとしています。
その中で、1年近くが経って、看護師の仕事どうする?をぼんやり持っていたのが、この一言で向き合い始めました。
すべてはできない。
なら、どちらかは「捨てる」必要があるのではないのか?
そして、今の私が「捨てる」なら、看護師の私。
この命題を突きつけられたように感じました。
コーチングで扱ってみて、手術室看護師として働くに求めていることは代替出来そうだ、ということが分かりました。
ライスワークとして働くならありなのかもしれないけれど、2つできるの?と思っていて、
とりあえず2つやってみて無理なら辞めるもありだよねってアドバイスももらっていて、揺れています。
コーチングで叶えたいことが医療の世界にも関わっている部分もあります。
看護で生きていくを前提としていた時に描きました。チーム医療がより良く機能するためにチームに対するコーチングが出来たら良いなを私は持っています。
私、チームビルディングに興味ある。
この辺り言語化出来ていないけれど、2023年には一度これに気づいている。
場を作るを経験させてもらったことで、よりチームを作る、その場を作るに興味がわきました!
みんなの輪に入りたい、空気を読む、調整役をやってきたという所ともつながるんだろうけど、考えてみたいテーマなのでメモ。
「チーム医療を良くするためにコーチングを活用する」は変わっても良いのかもしれないけれど、コーチングも看護もそれぞれ私を補完してくれているんだよな~。
人とふれあいたいが大きいのかしら?
「看護師の私」って分かちがたいくらいに私の中で大きな存在なんだよな、も思います。
私は看護師以外の仕事もしてきたけれど、それって時間的に短いし、一番長く働いた看護師の仕事が外発的に選んだ仕事ではあったけれど、大事なもの。
やりがいがあった時期も苦しいも辛いこともあったけれど、今の私を作っていて、コーチングを学ぶ中でも看護と重なる部分が多くて、看護と比べたり、そこで培った私や看護ではどうだった?を考えて学んでいます。
看護とコーチングのどちらかを選びなさい。
そう言われているように響いたのは、私の中に看護師の私をおやすみさせているという自覚があって、その私をどうしていくのか?に向き合うことを保留にしてきたからでした。
全然、そんなこと言われてないのにね…。
時間は有限だし、「人生の中で大人になってから何かに集中するという経験(数年間)を一度はして欲しい。」そうおっしゃっていました。
一点集中は、決めたらそれしかもうしてはいけないではないし、興味の対象が変われば、そちらに移って行けば良い。そんな風に思っています。
「好奇心がコンパス」が私の行動指針なので、何か新しい心がときめくことに出会ったらそちらに走って行くと思います!
さすがにこのnoteで看護師の私は捨てて、コーチングだけをしますって決断は出来ないのだけど、私の中にちゃんとある小さな声に耳を澄ますことをしていきたい。
まとめ
個性が叫ばれる時代なので、みんな違ってみんな良いんだよ。
もっと個性を尖らせろ!は耳にする機会はある。
けれど、それを忘れているのか社会に適応しようとするとそのアーティスト性はどんどん封じ込められてしまう方向に今の日本にいると陥る。
だからこそセカイキを通して、完璧なんてない。
それぞれがアーティスト性を磨いて発揮して生きていけば、素晴らしい世界になるよということを改めて教えてもらいました。
また、私を必要としてくれる人に届いたら良いんだよ。
逆に必要ではない人に届けることはお互いにとって良くない、という視点は考えたことがなくて新鮮でした。
多くの人に届いたら、届くほど良いって思いがち。特にSNS。
人生は何でもできるけれど、すべてはできない。
じゃあ、私は何を選ぶの?
私の好奇心を満たしながら歩いて行く限りは自分を優先する(これも周りに合わせて生きてきたのでシフト中)が叶うって思ってるんだけど、好奇心を研ぎ澄ませて、頭じゃなくて首から下の感覚を信じていく。
▼セカイキのその他学びのnoteはこちらから~
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