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私は誰かの「資源」ではない。私の人生の主導権について。 母親との関係性から

冬の静けさと灯りになりたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切にしています。
自由の光が差す方へ安心して転がって。私のままでもう全てそろってる。

同じようなことが何回か起きていて、無視できないようになってきたから言葉にしていく。

厳しい言い方をすると、私は私の尊厳を踏みにじられそうになった。

尊厳。

いきなり言われるとちょっと緊張が走るかもしれませんね。
砕けた言い方をすると、「尊重する」ということです。

あなたは、誰かに尊重されなかったと感じた出来事は最近ありましたか?

列に並んでいるのに、割り込まれた。
行きたいお店があったけど、今日は忙しいから行けないと言われた。
当然同じ意見だよねという感じで、意見を聞かれなかった。

私は、「もう少し実家にいてくれたら妹も助かるんだけど…」と帰省の日数を延ばせないかと打診された時です。

私の人生の主導権は私にあり、それは家族といえど互いに尊重できることが好ましい。
時間があることと、それを家族のために使うことは別の次元の話。それを要請するなら許可を得る、相手に意思を確認する必要がある。
私の主体性と境界線を引くこと。私が私を大事に扱えるならそれでいい。


私の時間は誰のもの?

1回ならスルーしたのでしょうが、何回か起きているからちゃんと考えようと思った。

鉄は熱いうちに打て。

まだ1年も前ではないけれど、妹が出産するにあたり、帰省して育児を手伝ってくれないか?と母親から打診されたことがありました。

妹は里帰り出産で、双子を出産している。
私は、母親1人が対応するものと思っていて、私がそもそも退院直後のマンパワーとしてカウントされることも、必要だとも思っていなかった。

おそらく双子だから人手がいると思われたのだろう。

看護師を離れていて、時間の融通が利く。
事実です。

けれど、前提がおかしくないか?
家族だから、勤めていなくて時間があるなら協力するのが当たり前。

私に選択の余地がなくて、いきなり帰省できないか?の打診だった。まず、帰省できないか?ではなくて、私に可能かどうか、手伝う意思があるか聞くべきだ。

ごめん。働きには出ていないけれど、私の人生なんだけど。

協力したくない訳でもないし、実際に大変なら時間のある者が手伝うのはそうしたらいいんだろう。

私はこの時、真正面から断った。
論理的に。一方的に。

睡眠を壊した経験があるので、夜間眠れない状況は無理です。
双子の新生児と暮らすことは不可能です。
だから、ホテルに泊まるなりすれば可能です。
そもそも退院直後の産婦と双子のケアに育児経験のない私が役に立つのか、みたいなことを言い返した。

けれど、家族だからと当たり前のように私は労働力に近いものにみなされていないか。

日本の家族のあり方という文化的な背景もあるのだと思う。

私は使い勝手のいい資源なのか。

私は意思のある人間で、私の人生がある。

けれど、実際に自由になる時間があるから、今までの私は断る理由を探してきた。

もやもやした感覚を無意識的には持っていて、だから、
ごめん。働きには出ていないけれど私の人生なんだけど」になる。

ごめん。は、境界線がよく分かっていなくて、家族の期待にこたえなきゃで、私の人生の主体性を手放して、自己犠牲になりそうで、家族を大事にしたいが混ざっている。

子どもの頃の私と近い感覚

私は子どもの頃、自分の意思が表示出来なかったと思っている。
引っ込み思案な子だった。

口を塞がれていたような感覚で、透明だったような感じと思っている。

良かれと思って、いろんな教育を与えてもらっていたのですが、拒否権はなかった。

私の意思は無視されていた。
ピアノもくもんもお習字も、やりたいと言って始めたのではなかった。

過保護だったと理解して、けれど、それは愛情がそういうかたちだったのだと整理している。
実際、習わせてもらったから楽譜が読めて、勉強もできた。

大切にされていたとも言えるから。

だから、それ自体には感謝しているし、愛はあったと思っている。
けれど、私は十分に尊重されていたかというと、そうではなかったと思っている。

時間、差し出せるよね?が当然

けれど、今無視できなくなっている感覚は、こうやって当然のように時間を差し出せるよね?の態度でこられるのは、
私は母親の所有物だと思われているの?の疑問がわいてきた。

けれど、子どもは親の言いなりでいいとは母親は思っていない。

看護師になるも、コーチングで生きていくも特に反対はされていない。

理由は分からないけれど、言いなりになりなさい、という感じはない。
尊重するという態度と完全一致ではないかもしれないけど、私の意思は尊重された。

所有物とは思っていないけれど、私を意思がある独立した人間として扱う感覚は薄いのかもと思った。

私は、同居していた頃、ずっと母親の価値観から出られないと感じていて、それは母親から見れば、私に意思があるようには映らなかっただろう。

母親の言いなりとは言わないけれど、こうした方がいいという価値観に基本的には従っていて、急に看護師になりたいだったり、こうしたいを主張することはあったけど、日々の小さな選択はすべて母親の価値観の中だったから。

オンラインの料理教室を受けたいは、母親に却下されて私が私に諦めさせたこと。

私の主体性を取り戻す

今回、妹が助かるからもう少し帰省の日数を延ばせない?の真意は分からない。
もう少しいてほしいを妹という理由をつけて言っただけかもしれないし、本当にケア要員として求めていたのかもしれない。

けれど、私はケア要員として、自分の時間を当たり前に差し出していい存在とみなされた、と感じた。

私の尊厳が踏みにじられている。

そう感じることが出来たのは、ある意味、私の主体性、家族というチームで長女という立場に置かれた私が無意識的に(空気を読んで)担っていた役割から離れることが出来たからだと思う。

抵抗を覚えたのは、私にとっては成長。

怒りに近い感情の正体は、区別で、線が引かれ始めたから。

私の人生は私のもの

当たり前だけど、私の人生は私のもの。
私の時間も私のもの。

私の時間をどう使うかを決めていいのは、主導権を握っているのは私。

必ずしも私の時間が私だけのものとは限らない場合がある。
けれど、基本は私のものだ。

だから、時間の融通が利くことを理由に、家族だからと当然のようにケアするために時間も労力も当たり前のように使えるよね?
は違う。

自由になる時間があることと、それを家族のために使うことは次元が違う話。

家族は大事だけど、当たり前のようにそう言われると抵抗を覚えるしそうしたくない。

時間あるよねの「状態」と、それをどう使うかの「選択」は別の次元。
これを混同されると、尊厳を踏みにじられたと感じるんだ。

私がそうしたいと思って、時間を使う、ケアするのと、当然だよねってその役割を割り当てられてするのは違う。

そして、私にとってケアという営みはそうやって割り当てられてするものではない。

ケアはケアしケアされるもの(一方向に流れるものではなく双方向)で、看護でケアをしてきたけれど、とてもあたたかくて尊いものだ、と思っているから。

私の血が通った大事な営みなのだ。私にとってケアは大事なもの。

書いてみて、そこにもちょっと怒りがありそうだ。ケアしケアされることは私にとって思っていたより大事なことなんだって気づいた。メモ。

私の人生の主語は私、家族という関係の中に置かれても。
そして、私は家族を大事にしたい。

これが両立している。

だから、秒でスルーして帰省の日数は延ばさない。

お気持ち表明をしない

一瞬怒りに近い感情がわいた。
けれど、私は特に母親にこのもやもやを話そうとは思わなかった。

「双子の世話係って見なされるのイヤなんだけど」、とは伝えない。
そう見なされてもいい、と思っている私もいるから。

実際に双子の乳児を育てることは大変なんだろうし、手伝いたいと思っている私に嘘はないから。

そして、当たり前のように時間を差し出せるよね?融通利くんだからという態度で接してくる母親に対しても責める気持ちはない。

至って冷静。

前回、論理的に出産直後の妹を手伝うための帰省は無理だと断ったようなお気持ち表明はしない。

私の中で、秒で処理されたから。
一瞬のもやっとを経て、心から帰省の日数を延ばして手伝いたいと思えないならそうしなくていいと判断した。

妹から直接言われる、依頼されていたら話は別だけど、母親がそう言っているだけだから。

書いてみて気づくのは、私の「かわいい」妹はそんなことは絶対に言わない。

本当にピンチなら手伝ってと言うだろうけれど、いくら時間に融通が利くからって、何日かいられるなら延ばして、育児を手伝ってなんて言わない。

「遊んであげてね」とは伝えてくるけど、絶対に育児を手伝ってなんて言わない。
「髪を梳かしてあげね」とは言うけれど、「またお風呂に入れるの手伝ってね」とは言わない。

やっぱり私の「かわいい」妹だ。彼女は聡明な人で私の愛する妹。

主体性は境界線で私を信じる

最近、というか言葉になっていなかっただけで、私は人との境界線について考えている。

距離を慎重にはかっていて、境界線があいまいになることがあるという自覚があるからだ。

今回、私の人生と家族の中における役割、当然のように割り振られそうになった役割を回避した。

以前なら、怒りながらはねのけたけど、私は私を信じることが出来るようになってきてるから、私を守るために感情を揺らしながらも対処できた。

プールに静かに柵を立てた

詳しくはサクちゃん(雑談の人・桜林直子さん)のプールの話を調べてほしいのだけど、人は基本的にみんな自分のプールで泳いでいる。

けれど、たまに人のプールに飛び込もうとしたり、水がないプールに飛び込もうとしたりする。

そこから着想を得て、今回は勝手に母親が私のプールに入ってこようとした話と感じた。

大きな出来事は、出産時に帰省できないかの打診だけど、それ以外にも私のプールで善意や心配、期待などの形で泳いでいたんだろうなって思います。

だから、私は黙って入ってこれないように柵を立てた。
このプールは私の尊厳で人生で時間。

プールの管理者も私で、所有者も私、いつ泳ぐかを決めるのも私。

だから、入っていい人も私が決める。

子どもの頃の私は、ここが私の、私だけが基本は管理して所有していいプールだとは認識できていなかった。

そして、母親は共同管理、もしくはプールの水は共有くらいに思っているのかもしれない、無意識に。

けれど、もう違う。
私は1人の意思のある人間です。

違うけれど、それを主張せずに静かに「ここは私のプールです」とだけ柵を立てて表示した。「入るな!」とは書いていない。

特に母親を責めてはいない。

まとめ

きつい言葉で言うと、私は平気で尊厳を踏みにじられそうになった。
それは失礼な行為だと思う。

けれど、それは悪意があってそうしたのではなくて、子どもの頃の私のプールは母親が管理していたし、大人になってからも共同管理の時間が長かった。

子どもの頃の私は意思があるとみなされていなくて管理されて当然だった。(これも当然ではないかもしれないと思う。子どもにだって意思はある)

けれど、私は今は独立した大人で、本来は意思を聞かれるべき存在。

母親の価値観から出られないではなくて、フラットな立ち位置に立てるようになったから、この失礼な扱いを無視できなくなった。

けれど、お気持ち表明はしなくていいし、相手を変えようとしなくていい。私が私を大事に扱って守れたらそれでいい。それが一番健やかだ。

私の人生の主導権は、私にある。どんな関係性の人との間においてもそれは変わらない。

「迎合しない」が思い出されたから、出しておく。

ここまで私が境界線を引けたり、人を尊重する、私を私が尊重するを出来るようになったのは今年出会った人のおかげだ、と思う。

感謝です。ありがとうございます。

私の尊厳の視点から書いてきたけれど、私も平気で他者のプールに入って泳いできたことかあると思う。

だから、あなたのプールで一緒に泳いでいいですか?はちゃんと確認する。

私を尊重することと、相手を尊重することのどちらも私は大事にしたいから。

今日もここまで読んでくださり、ありがとうございます。

この場所に、その日の気づきを静かに置いています。

また、書きにきます。

もし、この文章を読んで少し話してみたいと思うことがあったらプロフィールに静かな入口を置いています。

関連noteもどうぞ

▽妹の出産に対して帰省を打診されてもやもやした話(コーチングテーマ)

▽もう少し帰省の滞在日数を延ばせないかの打診に秒で対処できた話

▽心配という名のクロールで私のプールで泳いでいたとも受けとれる話


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