女性が子どもを産みたくなる社会って?
欧州や日本で、右翼ポピュリストが「若い女性は子どもを産むべき」という品のないスローガンを挙げているよう。
ドイツでは、右翼政党が妊婦を起用したポスター「私たちだけで新しいドイツ人を」(2016年)が逆効果となり、同政党が統括した州の出生率は30〜36%と激減(2025年)。
欧州各国でも人口問題が議論され、政策や文化の工夫が出生率に影響している。昭和後期の日本の出生率低下も少し思い出してみる。
この2〜3週間、本気で修羅場、だった。仕事はハード、日本では右翼ポピュリスト(※)が登場、ドイツの税申告期限も迫る中、子どもは夏休みに突入。まさにカオスのフルコンボ。(※「参政党」のこと。ヨーロッパでは遠慮なしに「右翼ポピュリスト」と報道されている)。
で、思い切ってドイツの山奥へ避難。パソコンは家に置いて、逃げるように出発。
…と言っても、人間はそう簡単に頭を空っぽにはできない。
しかも行き先は、人口減少が深刻な超過疎地、山奥、だった。気がつけば、日本の政党のことばかり考えていた。そして、都市部を離れると、ドイツも日本も似たような人口問題を抱えているんだな、としみじみ実感。

また、前のポストのおさらい。ドイツの右翼ポピュリスト政党が「ドイツ女性よ、産め」の如く妊婦のポスターで呼びかけた結果、とことん逆効果だったこと。彼らの地盤である旧東ドイツ・チューリンゲン州(Thüringen)では、出生率が31〜36%も大幅ダウン。


ドイツ連邦統計局データより引用
もともと閉鎖的で家父長的な空気が残る地域に、そんな押しつけがましいメッセージ。若い女性たちは、むしろ出て行った。そういう話。
2025年11月アップデート: ちなみにウルトラ保守トランプ政権下のアメリカに違和感を抱き、欧州へ移住する米国女性たちの独仏共同ドキュメンタリー(ARTE/テレビ)を視聴して、個人的な感想と考察をまとめたポストはこちら。
ドイツに話を戻す。今月(8月6日付)の最新報道によると、ドイツで24歳以下の若者は、ついに全人口のわずか10%(ここ、ARDドイツ公共放送連盟、バイエルン放送 BR/Bayerischer Rundfunkより引用)。
そのなかで若者比率が最も低い地域は、またしてもチューリンゲン州。右翼行政下で、絶対に足は向かないが、ここまで散々だと気の毒にも見える。65歳以上が3割、これは「高齢右翼同好会」の域。なんとも、気が滅入りそうな荒涼さ。

若者比率トップは西側の小都市ブレーメン州(オランダのすぐ隣)。
若者でバズるのは、やっぱり開かれた空気のある場所。数字は正直…。
そんなニュースと、日本のポピュリスト参政党、「神谷」某(なにがし)氏の「若い女性にしか子どもは産めない、産んでもらうしかない」という妙に生々しくて品のない発言。これが引っかかって、休暇中に怒りがふつふつと湧いてきた 💢。
女性として、また、娘のいる母としても、ポピュリスト政治家によるこのような威圧的で反憲法的発言は到底許せない。
さらに、この(下)、育児の辛さがにじんだ女性からのノートへの投稿に、思わずガツンと胸を打たれた。普段は封印していた、自分の若い頃の地獄のような記憶がふと蘇る。
この投稿は、まるでこのためだけにアカウントを作ったかのような切実さがあり、小さな子どもを抱えながら、一文一文を絞り出している姿が目に浮かぶよう。
もしこの発言が少子化対策のつもりなら、まったくの誤算。発想は古く、しかも、意図は生々しく丸見えでなんだかいやらしい。
これに、ドン引きして、「そんな国や政治家のために産んでたまるか」と意固地になる女性も多いだろう。
もちろん「いいね」と共感する女性もいるかもしれないが、それ以上に強く反発する女性も確実にたくさんいるだろう(私は間違いなく後者)。
この賛否が、仮に50:50だとしても、対立をさける中道政党よりは、結果的には大きなダメージになりマイナス効果になるのは確実。その典型例が冒頭のドイツの2017年の妊婦ポスター炎上。
では、女性が「産んでもいいかな」と思える社会とはどんなもの、だろう。
正直、難しい。実は、人間の女性はDNAレベルで「子ども欲しい」がデフォじゃないと思っている。…休暇中、山奥に連れて行った家族の飼い猫、ジジをふと見ながら考えてみた。

猫は年に一度の発情期があり、メスは自分で「今が排卵!」とわかる。わかれば、あとはオスと交尾して子猫を作る。それが自然な流れだ。ほとんどの動物はそう。
なのに、人間のメスは排卵日がわからない。これは、なぜか?
これは、進化のどこかでDNAが仕様変更された結果らしい。理由は単純で、もし女性が排卵日を正確に把握できたら、「今日はやめとこう」と避けられてしまうから。
昔から、人間の出産は非常に危険で、中世の時代には東西問わず、女性の死亡原因のトップクラスだった。また、子どもを安全に育てる環境についても、歴史的にみると、かなり不安定でなかなか簡単に得られるものではなかった。
だから、種の存続という視点では、「排卵日を隠す」という進化が勝ったわけ…、だろう。これは『種』と『個体』の静かなバトル、かもしれない。
それから、ネズミの場合。こちらは壮絶。産んだばかりの赤ちゃんでも、巣が危険だと感じた瞬間、母ネズミは、子ネズミをみな、栄養源として食べてしまう。そして安全な場所に引っ越し、新しい巣作りを始める。私はそのドキュメンタリーを観て軽く衝撃を受けた。これは、忘れられない。
人間だって動物。「安全」がなければ巣作り(=子育て)に踏み切らない。そして人間の場合、その「安全」の条件はさらに複雑だ。
結論からいうと、出産や子育てで最も大切なのは「安全感」だと思う。その土台を決めるのは、まずファイナンス=経済的安定。ここがしっかりしていなければ話が始まらない。精神的な安心感ももちろん重要、でも、それはまず経済的な安定があってこそ成り立つ。それは、その後に考えてみる。
国レベルで本気で少子化対策をするなら、くさい感情論など一切やめて、まず税制・経済・社会保障の抜本的な見直しが必要だろう。安全な巣があれば、動物は自然と子を持つ。人間もきっと同じだ。
典型的な例でいうと、アメリカの研究(米家族研究機関/Institute for Family Studies)でも、20〜30代女性の家賃が上がるほど出生率が下がることは、極めて当然の結果として示されている。家賃負担が増えれば生活の余裕が減り、子育てに踏み切れなくなるのはあたりまえ。
冒頭で触れた、ドイツ国内で若者比率が最も高い西側の都市ブレーメン。テック系やアート系の大学が多く、風通しのいい開放的な空気と手頃な家賃が、その背景にあると言われている。
また、ヨーロッパ各国の税制や家族支援については、自分の経験も交えながらまとめてみる。7月末にドイツの所得税申告をしたばかり(汗)。
まず、ドイツでは結婚すると夫婦のどちらかが「税クラス3(低税率・主な稼ぎ手)」、もう一方が「税クラス5(高税率・副収入扱い)」に分類される。これは典型的な「主婦(または主夫)モデル」で、クラス5側は稼ぎすぎると損をする仕組み。その結果、パート勤務や家庭に入る人が多くなる。
つまり、税制そのものが保守的な家族モデルを前提としている。
しかし、保守的な制度であっても、少子化対策としての効果はまったくないようだ。むしろ制度そのものへの反発も見られ、バックラッシュの一因になっているようにさえ。
離婚時の負担や税の再調整も大きいため、特に都市部ではそんな税制では「結婚しない」方がマシという選択をする人も多く、ベルリンでは独身者が人口のほぼ半数。しかも、皮肉にも稼ぐ人ほど結婚を避ける傾向があるよう。
一方で、イギリスは夫婦別個に課税されるので、結婚・出産による不利益が少ない。夫婦どちらもフルタイムで働くのも当たり前で、こちらの方がやや合理的。
また、フランスは少し異なり、子どもの数が多い女性の年金を増やす制度を導入している。これはフィナンシャルリテラシーが高めで成熟した裕福層高齢女性を主なターゲットにした政策かもしれない(注:個人的見解だけれども)。
この制度のおかげもあってか、フランスでは、過去10年ほどはヨーロッパの他国より出生率が比較的高く、移民だけでなくネイティブの出産率も伸びていた。ちなみに、10年くらい前から、フランスでは40代以降の高齢出産の数も記録的。
ただし、近年までかなり分厚かったその世代が年を重ねた今、その効果もすこし薄れつつあるようだ。少子化は単なる制度の問題ではなく、世代感覚にも深く関係しているよう。
また、おつぎ、精神面での安全、「安心感」について。まず、フランスについて印象的だったのは、育児書『Bringing Up Bébé』を読んだとき。アメリカ出身の著者が、フランスでの育児を通して感じたことを記している。
イギリスやアメリカでは、親が「良い親」であろうと頑張りすぎて疲弊しがちだが、フランスではもっと肩の力を抜いた子育てが主流、らしい。

親もゆったり自分の時間を楽しめる、という考え方
子どもがいても親が映画を観たり、グルメを楽しみながらワインを飲んでいたりする光景が自然にある、とその本は示唆。「子どもがいる=自分の人生を犠牲にする」という発想が薄い。社会もそれを認めているから、家庭が人生の「制約」にならない。これは、女性にとっても大きい。
もしかすると、こうした文化こそが、かつてフランスをヨーロッパ有数の高出生率国にしていたのかもしれない。(おことわり:フランスには住んだ経験がなく、上記の本で読んだだけ…、ですが)。
では、お次。フランスの隣、私たちが今住んでいるドイツの話。今月に入ってから、出生率が20年で最悪の水準にまで落ち込んだというニュースが報道された(ドイチュ・ヴェレ紙より引用)。
ドイツの出生率(2024年):合計出生率は 1.35人/女性。これは約20年ぶりの最低値、ドイツネイティブの女性に限るとさらに低く 1.23人 という記録的な低水準
フランスの出生率(2023年):出生率は 1.68人/女性。過去数10年では低水準
差は約0.33人。国境をはさんでいるだけなのに、フランスと比べてこんなに出生率が低いのは驚き。

いずれも低下傾向が続いているが、ドイツの降下率が特にひどい(ドイチュ・ヴェレ紙より引用)
さて、長年ドイツ国内で心理セラピーを受けている中、セラピストのビアンカから「Kriegskinder(戦争の子ども)」と「Kriegsenkel(戦争の孫)」という言葉を教わった。これは世代を超えて引き継がれるトラウマのことらしい。かなり前のポストでもふれた(2023年、下)。
この「Kriegsenkel(戦争の孫)」とは、戦争を直接経験していないものの、祖父母や親が抱えた戦争の傷(トラウマ)が世代を超えて影響を及ぼす人たちのこと。
1960〜75年生まれのこの世代は、目に見えない心の傷を抱え、漠然とした将来不安や自己不信を感じやすい。そのためか、統計でも、ドイツ国内ではこの層に子どもを持たない選択をする人が多く見られる。

自分探しや将来不安、子どもを持ちたくない人が多い
その原因は親の戦争体験かもしれない』
Sabina Bodeによるベストセラー、「Kriegsenkel(戦争の孫)」より引用
この枠組みは、私の実家にピッタリと当てはまる。私と姉はまさに1960〜75年世代の後期生まれ、戦争を知らない平和な世代。それでも、私たちの家庭には、いつも重く暗い空気が漂っていた。
特に、日本とドイツでは、戦前の軍国主義やファシズムの強烈なプロパガンダが強烈に毒々しかった。それがそのまま次の世代の心に残り、見えない重みとなって無意識に生活や価値観を縛っているのかもしれない。
また、日本は黙認の文化で、戦後はドイツのように戦争の傷や過ちをケアせず、ずっと内に抱えている。
ここから、少しばかり私の経験談を(恐縮ながら…)。うちの実家は、本当にこのパターンにドンピシャだった、からだ。
父は戦時中、「将来の軍人」として育てられ、6歳で疎開、過酷な軍国主義教育を受けた。伯母曰く、戦後に戻ってきた頃には「別人」になっていたらしい。まあ、とても気の毒だったとも思うが、その経験だけであの性格を許す気にはなれない。
「まったく同じ経験をしても、戦後に反戦を語る人もいる。結局、生き方は、本人の選択だ」と、ビアンカも言ってくれた。 この一言で、ようやく「あの父に育てられた私の苦しさも、私のもの」と、キッパリ切り分けることができた※。
(※ただ、父の幼年期は本当にかわいそうだったから、私は反戦への強い思いを持っている。これが唯一の心からの親孝行…、ごめんなさい!)。
さらに、この晩婚だった父、昭和一桁生まれ典型のうえに長州藩の武家出身。男尊女卑の典型で、差別用語や陰謀論を平気で語る極右。学校給食にスプーンが導入されたのも陰謀だとか、幼い私に真顔で話す。正直、海外で「サムライ=クール」みたいに持ち上げられるとちょっと寒い。あれ、ただの封建軍人階級、英雄でも美談でもない。しかもピンキリ。
また、戦後はなぜかマッカーサー元帥信奉者でもあり共和党アメリカも大好き。思想も発言も、混沌そのもの。あと、ついでに母は西日本の商家出身、欧州系のキリスト教女子校卒、少しバタ臭くも、かつ従順。ややこしい。
私と父はというと、まるで猿と犬のような仲。正直、生涯の天敵だとも思っている。10年で会話が5回あればいい方。今でもセラピストにお世話になりながら、「こいつの娘として生まれたこと」に決着をつけようとしている。
ちなみに、2年前に記した葛藤は下。
母も強烈で、「女の子は、いいお嫁さんに」と、私と姉が幼い頃から巨大結婚式場で積立。「昭和あるある」、だ。だが、私は学生時代にパンクな在日英国人と結婚し、結婚式も披露宴もスルーしたので母はご立腹。正直、当時の私にとっては「かったるい」イベントでしかなかった。カタギに、貯金だけでいい…。
しかし、長男が生まれた瞬間、空気が一変した。父がまるで別人のように変わり、娘には見せなかった「メロメロ」の顔を息子にだけ向けて、何度も何度も我が家を訪れては孫に会いたがった。
「やっと『男児』がうちにも!ようやくだ!」と大はしゃぎ。あの気味の悪さは今でも忘れられない。20年以上経った今も心に引っかかり、セラピストに3年語りまくっても消化できない。
あの毒父が長男の誕生で豹変した異様さ。このことで父の本性が露わになった。娘たちへの長年の冷たさは「娘なんて欲しくもなかった」という本音だった。娘は「道具」にはなるが価値はない。…あの時、心が凍った。
母も「あなたは男の子を産むタイプね。私には無理だったわ」と卑屈に言う。これもキモい。で、産後の体調も戻らないうちに、父母と大喧嘩。はっきり言ってやった。「男尊女卑すぎる」と。
当時の私は、若さのせいか、武家の血のせいか、はたまたパンクのせいか、自分でも驚くほど血の気が多かった。正確には、ずっとキレかかってたものが一気に爆発しただけ。
そう、あのとき、日本の「昭和の呪い」への怒りがついに大爆発。生まれた時からガッツリやられてて、上記の「世代間トラウマ」に加え、実家のA級レベルの退屈で閉鎖的な空気、重苦しさのせいで「家庭恐怖症」まで併発…、っぽかった。
バブル終わりかけの昭和後期、日本の子どもは塾通いが当たり前、偏差値重視の詰め込み教育も当たり前。自分の意思なんて一切聞かれず、ただ親の見栄のために勉強させられた。
これはもう、「軍国教育」そのものだなと、上記のドイツの本を読んで納得した。
また、これは、大人になっても終わらず、「次は、そうそう、結婚」で、「次は子ども!」「…『男児』なら、なお良し!」と延々と続く。親の不安や見栄が「子どものため」と言い訳されているけど、結局は子どもにとっては重い負担。
そして、やがて、「もっと最悪」なことに、自分も親の立場に立つハメになる。つまり、自分が親になると、今度は自分の子に同じことを押しつける側に回る。これはもう、考えただけで、本当に吐きそうになるほどうんざりする。いや、むしろ拒否反応で死にそうなくらいだ。…シャレにならない。
はっきり言う。
昭和の終わりから平成にかけて、日本の若い女性が「子どもなんて産みたくない」と思った理由の一つは、まさにここにある。たぶんじゃない、絶対そうだ。
ちょうどこの頃、適齢期だった女性たちは、平和に育った1960〜75年世代生まれ。まさしく、ドンピシャで「Kriegsenkel(戦争の孫)」世代。これはまったく偶然とは思えない。
「若い女性は産め!」。もし、あのポピュリストの政治家が少子化対策のつもりでこれを真面目に発信しているなら、本当にとんでもない。
むしろ日本の少子化をここまで深刻化させたのは、まさにそういう軍国、暗黒時代の名残のような「昭和の呪い」が、何十年もアップデートされずに、延々と空気のように若い世代に押し付けられてきたせいじゃないだろうか。
その上、ウルトラ保守や右翼ポピュリストは、実は男性に対してもけっこう酷い。「男は大黒柱」「嫁に食わせてもらうなんて情けない」「妻に稼がせるのか」…そんな昭和の湿った精神論を、2020年代にまだ推すつもりなのだろうか。
でも、さすがに、そんなのゼッタイ、無理があるでしょ、とフツーに思ってしまう。今の時代、男一人で家族全員を食わせるなんて、相当な高収入か、相当な節約生活か、そのどちらか。いや、むしろ両方。
実際、洋の東西を問わず、多くの男性は共働きを望んでいると思う。一部の男性には、言いづらいだけ。
ちなみに、うちの夫は、リベラル気質で、男尊女卑はゼロ。だが逆に、「女性を養ってあげよう」なんて意識も皆無っぽい(ごめん、でも本当)。むしろ、「俺より稼いでくれたら、超うれしい」みたいなタイプ。良く言えばフェア。悪く言えば、完全に放牧型。
まぁ、話が面白くてギャグも冴えてるから、まぁいいか。子供も面白がってるし。明るい家庭(?)には必需品。暗黒時代の湿った精神論より断然マシ。
さて、私は第二子を16年あけて産んだ。若い頃と比べると経験も経済力もすこしはあって、第二子の子育ては第一子と比べて格段にラクだった。何より、子どもが小さい頃の時間を心から楽しめる余裕があった。また、ときには手抜き、「テキトー」妙技。逆に、若い頃は無理しすぎて体調を崩したものだ。
この、16年の年齢差。私にとって「出産が怖い」わけではなかった。ズバリ、その後の18年が怖かった。出産の痛みなんて、どうでもいい。数時間で終わる。でも、子育ては、終わらない。何年も、ずっと延々と続く。
また、若い頃はまだ「やりたいこと」が山のようにあって、それを諦めていく痛みもあった。正直、ものすごく悔しかった。第二子のときは、逆だった。「ああ、自分のやりたいことはもうそこそこできたし」と、気持ちに余裕があった。その違いは、ものすごく大きい。
よく言われる「若い女性の方が体力があるから出産に向いている」っていうアレ。完全に時代遅れだろう。今や医療は進んでいるし、そもそも妊娠・出産の適齢期を一律に語ること自体がナンセンス。
ここ、15年ほどのロンドンの地下鉄を見ればわかる。
金融街「シティ」から、西ロンドン方面に向かう路線、高級住宅地エリアに入る電車の中吊り広告の半分以上が、高齢出産向けの不妊治療・IVF(体外受精)の広告で占められている。つまり、それだけニーズがあるということ。

高齢出産向けIVF(体外受精)広告で埋め尽くされている
欧州都市部では、女性がキャリアを築いたあとに出産、というのが当たり前になりつつある。
ちなみに、締めくくりとして、職場の「ワーキングマザー支援クラブ」の勉強会で紹介されたリサーチをシェアさせていただく。それによると、働く女性に育てられた娘は、社会的成功を収めやすく、さらに幸せであるらしい(ここ、ハーバードビジネススクールより引用)。
なぜか?答えは簡単。ロールモデル、つまり、キャリアをもちながら家庭もまわしている「生身の見本」が、家の中にいるから。「こういうふうに生きる女性も当然アリ」と、日常の中で自然と刷り込まれていく。
母親が、完璧に育児や家事をこなす必要はなく、子どもに手伝ってもらうのも立派な教育。そのうえ、子どもが成長すると、親の細かい干渉は、むしろ煩わしい。
それよりも、自分の時間や仕事を大切にし、社会と関わる姿を見せることが、子どもの心に余裕や幸せを育む。こうした家族のかたちが、これからの時代に合っている気がする。
また、こうした環境を作ることで、女性が「安心して産める」「自分を犠牲にしなくてもいい」「家庭だけが全てではない」と感じられる、前向きな社会づくりにつながると思っている。私の娘たち、息子たちはそういう時代に生きてほしい。
