「マリヤン」(翻訳道中記より)
(2001年執筆)
英語と本格的につきあいはじめてから、30年近くたってしまった。
ふと気がつくと、翻訳をやったり、英文誌の編集をやったりして、日々の暮らしを英語で支えている。
若い時分には、英語でメシを食うことだけは絶対にやめようと、あれほど思っていたのに。
大学生になって、偶然のなりゆきから、英語の世界に足を踏み入れることになった。
するとそこでは、いたるところから「まがいもの」のニオイがプンプンとにおってきた。
中学の演劇教室で、日本人の役者が外国人の名前をおおげさに呼び合う演劇をみたときに感じた、全身がむずがゆくなるような、あのニオイである。
当時わたしの通っていた英会話学校では、アメリカ人になりきるためだと称して、生徒一人一人に対して英語の名前を与えていた。
だからその英会話学校のなかでは、わたしは「ユキオ」ではなく「George」だった。
レッスンが始まると、となりに座った女の子が、歯並びが悪くて猫背のわたしに向かって、「ハーイ、 George、ごきげんはどう?」などとたずねてくる。
そこでわたしは、ひらべったくて無表情な顔をした彼女に向かって、「ハーイ、 Emily、僕はとてもごきげんだよ。ところで、きみはどうだい?」などと応えるのである。
わたしたちの横では、白人の教師(その学校の教師はすべて白人であった)がニコニコと笑いながら、わたしたちの芝居がかった会話を聞いている。
そして会話が終わると、「たいへんによくできましたね、まるでアメリカ人同士の会話を聞いているようです」などといって二人を褒めてくれたりした。
わたしたちはその褒め言葉を聞いて、おもはゆく感じながらも、もう一方で、少し得意にも感じたものだった。
もう30年ちかく前の話である。
それでも、ほかにすることも見つからなかったので、英語とのつきあいをやめることはなかった。
それからは、自分なりに少しは英語を真面目に勉強したつもりである。
けれども、いつまでたっても、あの「まがいもの」のニオイが、わたしのまわりから消えることはなかった。
いまではずいぶんと慣れてしまい、特に意識することもないが、それでもときどき自分のなかに、そのニオイをふと感じることもある。
そんな時には、もう酒のちからでも借りるしかない。
『山月記』や『李陵』などで有名な中島敦の作品のなかに、『マリヤン』という短い小説がある。
「マリヤン」とは、ミクロネシアのある島に住む、ひとりの原住民の娘の名前である。
きわめてミクロネシア的な褐色の素晴らしい巨体をもっているマリヤンは、同時に、植民地政策と聡明な頭脳によって培われた高い西欧的知性を有している。
あるとき、マリヤンは精一杯のおめかしをして、作者のまえにあらわれる。
純白のドレスに高いハイヒール、手にはパラソルという、見事ないでたちである。
作者はそのマリヤンのすがたをみて、次のように書く。
「彼女の顔色は例によって生き生きと、あるいはテラテラと茶褐色にあくまで光り輝き、短い袖からは鬼をもひしぎそうな赤銅色の太い腕がたくましく出ており、円柱のごとき脚の下で、靴の細く高い踵が折れそうに見えた。(略)
わたしは、なにかしら、おかしさをこみ上げてくるのを禁じ得なかった。が、それと同時に、いつか彼女の部屋で『英詩選釈』を発見したときのようないたましさを、ふたたび感じたことも事実である」
西欧文化と自国文化のはざまに生きる“おかしみ”と“いたましさ”。
マリヤンの運命は、わたしたちの運命でもある。
テクノロジーというアメリカ科学文明の発明品について得意げに語り、クラシック音楽というヨーロッパの文化遺産に魅惑されるわたしたちの誰もが、褐色の巨体を純白のドレスで包んだ、ひとりの「マリヤン」なのだ。
ここから出発するしか、ほかに道のないことは、わかっている。
わかってはいるが、それを素直に受け入れることが、わたしにはどうしてもできない。
アメリカ人やイギリス人の仕事仲間と、いまではなんとか不自由をしなくなった英語で打ち合わせを行い、冗談をいいあいながらも、わたしはいつまでも「George」となることをためらい、「ユキオ」であることにこだわっている。
軽やかに“国際化”へのステップを踏む人たちからみれば、こんなこだわりなど、ただのナンセンスなのかも知れない。
わたしたちの目指すべき道は、日本人でありつつも、真の国際人となるためにそのカラを打ち破ることであると、彼らは胸を張って主張するかも知れない。
それは、そうに違いない。
そうには違いないが、30年もかけてそれでもこうなんだから仕方ないじゃないですかと、見えない相手に向かってわたしは、ぎこちなく腕を広げながら、肩をすくめてみせる。
明日の朝の翻訳の締切を控えて、真夜中の仕事場のパソコンに向かいながら、寝不足のもうろうとした頭で、わたしはこんなことを考えている。
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