翻訳論からみる谷崎純一郎・三島由紀夫・中村真一郎の『文章読本』(5)翻訳漢語の功罪(3)
(↑のつづき)
そもそも漢字とは、その一語一語に固有の意味を持っているものです。
ひとつの文字が、ひとつの単語です。
ですから「関」はひとつの単語であり、それは固有の意味をもっています。
同様に「数」もまたひとつの単語であり、そこには固有の意味があります。

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ですから
「関数」とは、「function number」「functioning number」といったふうなニュアンスの、二語熟語なのです。
この点からみて、
「関数」に「関の数」、「因数」に「因の数」という意味を感じとるのは、しごくまっとうな言語感覚といえます。
このまっとうな言語感覚を無視して、「数学の定義なのだから、言葉としてどうこうということではない」とするのは、それはあんまりというものです。
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「関数」=functionは、少なくとも「働き」あるいは「機能」と訳すべきでした。
いっぽう「因数分解」=factoringは、「因子分解」「要素分解」「要素分析」と訳したほうがまだよかったでしょう。
そうすれば、健全な日本語感覚をもった中学生にも、少々難しげではありますが、たいした混乱なく理解できたはずです。

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しかしあるいは、
もっと思い切って、すべてをカナカナにして「ファンクション」「ファクタリング」のほうが、意味的には完全無色透明となり、さらによかったのかも知れません。
そうすると、「次の方程式を因数分解せよ」は「つぎのイクエイションをファクタリングせよ」となります。
なんだか、「ハードウェアにアプリケーションをインストールしてください」みたいですけどね。
(つづきは↓)
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