翻訳論からみる谷崎純一郎・三島由紀夫・中村真一郎の『文章読本』(3)翻訳漢語の功罪(1)
ユーチューブに「週刊ことさきく」第3回をアップしました。今回は「なぜ英語を勉強するのか」について成瀬と高橋が話しました。
(↑のつづき)
中村の「文章読本」から、翻訳に関してもうひとつ注目すべき点をあげてみたいと思います。
それは、
ひとつの西欧語に対する複数の翻訳漢語の存在
です。
たとえば、circulationという語を辞書で調べると、「循環」「流通」「血行」「発行」「配布」「貸出し」など、じつにさまざまな訳語が載っています。なぜでしょうか。
この点について、中村は次のように述べています。
明治前後から、日本はより普遍的な西洋文化圏へ加入するために、西洋文化圏の言語のもっている様々の普遍的概念を日本語に翻訳する必要に迫られることになってきました。その時、学者は従来の普遍的言語であった漢文の単語をその翻訳に用いました。つまりそれまで使っていた普遍的概念を新しい普遍的概念と繋ぎ合せて、文化の連続を計ったのです。
蘭学者たちの後継者である明治の学者たちは、頭のなかで西洋語をいちいち漢語に直しながら、文章を書いていき、そして、その訳語はそれぞれの学問の分野で次第に固定していったのです。だからしばしば同じ原語が学問の分野によって別の訳語を持つと云うことにもなります。同じcirculationが血液学では「循環」となり、経済学では「流通」となると云った具合です。
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なるほど。これで謎がとけました。
中村は、この「蘭学者たちの後継者である明治の学者たち」による西欧語から漢語への翻訳作業を「文化の連続を計る」行為として、高く評価しているようです。
たしかにこれによって、漢文化主導型から西欧文化主導型へと文化の連続が計られたことは間違いありません。
そのことを高く評価するにやぶさかではないのですが、しかし
そのいっぽうで、「副作用」もまた決して小さくはなかったと
わたしは思います。
第一に、
学問間の連関が、これによって失われました。
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同じcirculationが血液学では「循環」、経済学では「流通」と訳されたために、両者がもともとcirculationというひとつの概念から生み出されたということが、ここで見えなくなりました。
そして「血液の循環」と「物品の流通」とが、じつは底ではつながっているのだということがわからなくなりました。
そのため医者と経済学者は、同じ概念のもとに仕事をしているにもかかわらず、「血液の循環」と「物品の流通」との統合理論を共同してつくろうとは考えません。
というか、考えられないのです。
このようにして、
それぞれに別々の専門用語をもったため、日本の学問の多くが、他の分野との共同作業ができなくなりました。
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これは、その後の日本の学問の発展にとって、じつに大きな痛手となりました。
学問の枠を超えた総合的な視点を失った
からです。
哲学者は哲学用語で、経済学者は経済学用語で、物理学者は物理学用語で、数学者は数学用語で、医学者は医学用語で、法学者は法律用語で、教育学者は教育用語で、それぞれにものを考える癖をつけました。
学問の「タコツボ」化が、こうして進んでいったのです。
日本の学者には卓越した専門力はあっても、幅広い視野をもつ「知の巨人」タイプが少ないのは、ここにひとつの理由があるのではないかと思います。
(つづきは↓)
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