私の英語学習50年(76)経営というものをわかっていない
(↑のつづきです)
起業から数年がたつと、少しずつだが会社としてのかたちが整ってきた。
仕事もそれなりに回りはじめた。
だがそうなるといろいろな問題が出てきた。
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最大の問題は、自分一人では仕事がこなせなくなったためにスタッフを雇い入れたことだった。
スタッフの数は最初は一人だったが、そのうちに二人、三人と増えていった。
事務所もスタッフが増えると最初のアパートの一部屋というわけにはいかなくなり、広めの貸事務所に転居した。
こうしてスタッフの給料や事務所の家賃などの固定費がどんどんと膨らんでいった。
その固定費を稼ぎ出すためには、とにかく仕事を増やさねばならず、仕事を増やせば、また新たな人手が必要になるというサイクルに落ち込んだ。
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私は人に何かを頼むのが苦手である。
とりあえず何でも自分でしようとする。
そのためスタッフにうまく使うことができなかった。
そもそも他人を使って何かをすること自体に抵抗感を持っていた。
いざとなれば自分ががむしゃらにやればなんとかなると心のどこかでつねに思っていた。
ようするに経営というものを何もわかっていなかったのである。
さらには経営という行為そのものを心の奥底ではどこか嫌悪していた。
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ただし表面だけをみると会社の売上は伸び、スタッフ数は増えている。
経営は順調であるかのようにみえた。
しかし実際にはつねに資金不足であり、ぎりぎりのラインでの運営が続いていた。
砂上の楼閣とはこのことである。
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私は事務所に泊まり込むことが多くなった。
コーヒーを浴びるように飲んだ。
表面上はつねに明るい声で話すように努め、前向きの姿勢を保ち、人には落ち込んだ姿を見せないようにした。
そうしないと、必死でペダルを回し続けてかろうじて前に進んでいる会社という自転車がすぐにでも倒れそうな気がした。
そして一度倒れると、もう二度と立ち上がれない気がしていた。
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あるとき、打ち合わせに事務所にやってきた取引先の人間が私に対してこういった。
「どんどんと会社がご発展のようで、いまが人生のなかでいちばん充実されているんじゃないですか?」
これをきいて私はにこにこ笑いながら、いえいえそうでもありませんよ、と答えた。
そう答えながら、私は目の前にいる取引先の男を憎悪した。
あとから振り返ってみれば、この時点で私はすでに冷静な判断力を失っていたのである。
(つづきは↓)
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