大成建設『Japan Biodiversity Metric ver.1.0』を読み解く
2026年4月16日、大成建設が、「Japan Biodiversity Metric(以下、JBM)」ver.1.0の一般公開を行いました。「生物多様性は、結局どうやって測るのか」とJBMは、この問いに対して投じられた具体的な回答のひとつです。英国イングランドのBNG(Biodiversity Net Gain)政策で使われているBiodiversity Metricを下敷きにしながら、日本固有の植生や土地利用の特性を48区分の土地被覆として落とし込み、さらに時間軸を組み込んだ「累積評価」というモデルを採用しています。
また、生物多様性の評価手法として、CC BY-NC-SAライセンスという極めて開放的な形で社会に差し出されています。CC BY-NC-SA(表示-非営利-継承)は、クリエイティブ・コモンズが提供するライセンスで、著作権者のクレジットを表示し、非営利目的であれば、作品の共有、リミックス、改変が自由です。改変した場合は、元の作品と同じCC BY-NC-SAライセンスの下で公開する必要があります。
今日は、このJBM ver.1.0を、ネイチャーポジティブ経済の実務家の目線で、構造的に読み解いてまいります。それでは、今日も楽しんでいってくださいね。
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JBMとは何か──全体像を鳥瞰する
JBMとは、日本の土地について、生物の生息場としての価値を、量(面積)×質(特徴・戦略・状態)の積として数値化し、開発前後あるいは複数計画案を比較することで、生物多様性の増減(ネットゲイン/ネットロス)を定量的に評価するための手法です。解説書の表現を借りれば、生物多様性ユニットという独自の指標を用い、評価対象地における土地被覆の「量」と「質」を乗じて算出する、ということになります。
ここで重要なのは、JBMが「絶対評価のツールではない」と明記している点です。生物多様性ユニットは、ヘクタール(ha)などの絶対量としての尺度ではなく、異なる時点(開発前・開発後)や異なる地点・計画(標準プラン・配慮プランなど)を比較することによってはじめて意味を持つ、相対的な尺度です。JBMが「これは相対評価の物差しである」と最初に釘を刺していることは、手法の健全性を担保するうえで非常に意義があると感じられます。

JBMの全体構造は、以下のように整理できます。まず、「量」は土地の投影面積(ha)でシンプルに表されます。ここに議論の余地はほぼありません。
次に、「質」が3つの係数の掛け算で構成されます。ひとつ目が「特徴」で、これは土地被覆区分ごとに固定値として与えられる係数です。森林なのか、草地なのか、湿地なのか、水田なのか──日本全域における土地被覆の現状に応じて、人的圧力、希少性、保護の緊急性、損失傾向という4つの評価軸でスコア化されています。
ふたつ目が「戦略」で、これは地域との整合性や事業者の環境配慮努力を反映する係数です。この土地にこの植生を入れることが、地域の自然環境の文脈に合っているのか。潜在自然植生、現存植生、生物多様性地域戦略、緑の基本計画などとの整合性を見たうえで、係数が決まります。
みっつ目が「状態」で、これは土地被覆の空間的構造を評価する係数です。森林なら階層構造の有無や大径木の存在、湿地なら地下水位の状況、水域なら水質や水量など、土地被覆ごとに見るべき要素は異なります。JBMはそのため、21種類の評価要素を設定したうえで、15種類の「状態スコアシート」を用意し、土地被覆ごとに適切なシートを使い分ける設計になっています。
そして、この「状態」だけが、時間の経過とともに変化するものとしてモデル化されているのがJBMの肝です。ここに「成立年数」という概念が組み込まれます。例えば自然林の成立年数は50年(計算上は30年で頭打ち)、二次林は30年、海岸草原は10年、水田は2年、といった具合に、土地被覆区分ごとにあらかじめ成立年数が設定されています。これによって、「創出した緑地が、植栽した瞬間に完成するわけではない」という、現実の生態学的な時間軸を評価に組み込むことが可能になっているのです。

この「量×質×時間」の三次元モデルこそが、JBMを単なる土地被覆分類ツールから、累積評価を可能にする生物多様性メトリックへと昇華させている構造です。
英国BNGとの決定的な違い──日本仕様化の設計思想
先ほどから触れているとおり、JBMは英国BNGのBiodiversity Metricを参考に設計されています。しかし、実際に両者を比較してみると、単なる翻訳ではなく、日本の実情に合わせてかなり大胆な設計変更が加えられていることがわかります。
最初の違いは、土地被覆区分の解像度です。英国BNGのBiodiversity Metricは、Habitat(ハビタット)という単位で生息地を分類します。これに対してJBMは、土地被覆(Land Cover)という単位を採用しています。この違いは、言葉の問題ではなく、哲学の問題です。
英国のHabitat分類は、生態学的な生息地機能に着目した分類です。例えば「ancient woodland(古代林)」と「deciduous woodland(落葉広葉樹林)」は、樹種が似ていても生態学的な価値がまったく異なるため、別のハビタットとして扱われます。一方、JBMの土地被覆区分は、環境省「自然環境保全基礎調査」の植生図と小川ら(2013)の全国スケール土地利用データをベースにしており、全国どこでも同じ基準で判別可能な、植生学的・地理的な分類になっています。この選択は極めて日本的です。日本の自然環境保全基礎調査は、1970年代から継続的に全国スケールでデータが整備されてきた、世界でも稀に見る長期・広域の国土自然データです。これを下敷きにすることで、JBMは「日本全土どこでも、衛星画像と既存の植生図で初期評価ができる」という実務性を獲得しています。現地踏査ができない遠隔地や過去案件の遡及評価にも使える、という強みです。
ふたつ目の違いは、時間軸の扱い方です。
英国BNGでは、時間的価値の減衰を扱うために「temporal risk multiplier(時間リスク乗数)」という係数を使います。例えば、開発で失われる既存のハビタットと、新しく作るハビタットでは、新設のほうが成熟までに時間がかかるため、その時間分だけ価値を割り引く、という発想です。これは、あくまで「瞬間値の補正」として時間を扱う設計になっています。これに対してJBMは、「30年間の累積値を比較する」という設計を採用しました。評価期間を原則30年と定め、その期間における生物多様性ユニットの単年値を累積し、開発前と開発後の累積値を比較する。これが「累積的評価」です。
この違いは、経営インプリケーションがかなり違ってきます。英国BNGでは、開発時点で10%純増を「瞬間的に」達成する必要があります。足りなければ、法定クレジットを買ってでも埋めなければなりません。一方、JBMの発想では、「開発直後は多少マイナスでも、30年の累積で勝っていれば、それはネットゲインである」という判定も可能になります。これは、植栽した苗木が成長するまでの時間を「待てる」ということであり、創出型の緑地計画の設計自由度を大きく広げる設計だと言えます。
ただし、ここには落とし穴もあります。「30年の累積でゲインする」という計算は、現在価値ベースで見れば、未来の不確実な生態系価値を大幅にディスカウントしていない、ということでもあります。30年後に本当にその緑地が期待通りの状態に達しているかは、維持管理、気候変動、周辺開発圧など様々な要因に依存します。英国BNGでは、この不確実性を「時間リスク乗数」で数理的に処理していますが、JBMの累積評価方式では、その不確実性は「維持管理計画」と「モニタリング計画」という運用レベルで担保することになります。

48区分の土地被覆という「地理的解像度」
JBMの土地被覆区分について、もう少し踏み込んで見てみたいと思います。全部で48区分、大分類としては、草原、森林、湿地、水辺・海辺、特殊基質、耕作地等、住宅地、開放水域の8つ。この48区分の細かさが、JBMの設計思想を如実に物語っています。例えば、森林の区分だけで16種類もあります。自然林のなかに「常緑針葉樹林(自然林)」「落葉針葉樹林(自然林)」「常緑広葉樹林(自然林)」「落葉広葉樹林(自然林)」「常緑針葉+常緑広葉樹林(自然林)」「常緑針葉+落葉広葉樹林(自然林)」の6区分があり、同様に二次林が5区分、人工林が4区分、その他森林(自然低木群落、海岸性低木林・樹林、竹林)が3区分、という具合です。この細分化には、明確な理由があります。自然林と二次林、人工林では、特徴係数が大きく異なるのです。自然林はすべて1.0、二次林も1.0ですが、人工林は0.6。自然度の差を、日本の植生自然度(自然環境保全基礎調査の指標)に基づいて反映しているわけです。
さらに興味深いのは、草原の扱いです。草原の特徴係数を見ると、自然草原(高山植生、雪田草原、その他の自然草原)が1.4〜1.7、海岸砂丘や海崖草本群落が1.7と、森林の自然林よりも高い値が与えられています。さらに、二次草原(高)と二次草原(低)が1.5、1.4と、人工林の0.6を大きく上回る係数が与えられている。これは、ネイチャーポジティブ経済の文脈では、とても重要な示唆を含んでいます。日本において、里地里山の草原生態系は、過去数十年で劇的に縮小しました。茅葺き屋根の消滅、牛馬の放牧の衰退、草刈り文化の減退──こうした社会構造の変化によって、かつて日本列島の生物多様性を豊かに支えてきた半自然草原は、今や希少な生態系となっています。JBMがこれに高い特徴係数を与えているのは、「人工林を皆伐して二次草原に誘導する」といった、一見逆行的に見える保全活動が、ネットゲインを生む可能性を示唆しているのです。
湿地と水辺・海辺の区分では、さらに興味深い数値が見えます。自然草原(塩沼)と湿地草原が1.9、水草(淡水)が1.9、海草とマングローブが2.0と、全48区分のなかで最高クラスの特徴係数が与えられています。これは、ブルーカーボンや湿地保全の経済的インセンティブを、JBMのフレームワーク上で強く打ち出していることを意味します。
マングローブや海草藻場の価値評価が2.0という最高値になっているのは、ブルーカーボン・海草プロモーション戦略のような取り組みにとって、極めて強力な追い風となる可能性があります。JBMを使ってネットゲインの定量量を示せば、事業全体のサステナビリティ・ポジショニングが一段と強固になります。一方、水田の特徴係数は0.7、休耕田が0.8、畑地が0.6、休耕畑地が0.8。住宅地と人工裸地は0.5。こうした数値は、「どこで開発してもある程度の係数は付く」という、一見穏やかな設計になっていますが、実は評価期間(原則30年)の累積値で比較するモデルのため、小さな係数差が累積で大きな差を生む仕組みになっています。ここに、設計者の繊細な配慮がうかがえます。
「特徴」「戦略」「状態」──質を測る3つのレンズ
3つの係数について、もう少し丁寧に見ていきましょう。これがJBMを使う実務家にとって、最も具体的な作業ポイントになるからです。
特徴(Characteristic) は、先ほども触れたとおり、土地被覆区分ごとの固有値で、評価者が判断する余地はありません。衛星画像や設計図書、現地踏査から土地被覆区分を判別した瞬間、自動的に決定される係数です。

ここで、「人的圧力」「希少性」「保護の緊急性」「損失傾向」という4つの評価軸で係数が算定されていることは注目に値します。「損失傾向」の評価には、環境省の「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021(JBO3)」が使われており、これは国の最新の生物多様性評価を直接反映した設計です。つまりJBMは、日本政府の公式な生物多様性評価の成果を、企業の事業評価ツールとして再構築したものでもあるのです。
戦略(Strategy) は、評価者が最も創造的に関われる係数です。戦略の決定プロセスは、5つのステップから成ります。①地域との整合性検討、②重要地の分布把握、③目標型の具体像検討、④事業により再現が困難となる環境の把握、⑤配慮事項の検討。このうち①②④⑤が戦略係数に反映されます。

地域との整合性が「高」なら1.50、「中」なら1.00、「低」なら0.50。そして配慮事項の検討シートで、動植物への配慮、自然資源の活用、順応的管理、社会・地域貢献、その他の5つの項目(全20程度の具体施策)の実施状況をチェックし、1点あたり+0.025の加点が入ります。例えば14点の配慮を実施すれば、+0.35の加点。これを上述の1.00や1.50に足すことで、最終的な戦略係数が決まる仕組みです。この設計が秀逸なのは、「環境への配慮」を、単なる定性的な主張ではなく、具体的な施策の実施状況として数値化している点です。例えば「外来種防除の工夫」「マイクロハビタットの保全・創出」「非干渉地の確保」「夜間照明の配慮」「雨水の利活用」「表土の保全・活用」「有効土層の確保」「土壌改良の検討」「地域性種苗の利用」「維持管理計画の策定」「モニタリング計画の策定」「ネガティブインパクトの把握と対応」「地域との連携」「環境教育の実施」「緑地の情報公開」──こうした具体的な施策が、明確に係数加点の対象として定義されているのです。これは、設計者や事業者にとって、「何をすれば評価されるのか」が極めて明確になります。そして、投資家やTNFDの読者にとっても、「この企業が具体的に何をしているのか」が標準化された形で開示されるようになる、ということを意味します。さらに、重要地(自然度9・10のエリア、特定植物群落、既知の絶滅危惧種の生息地など)を改変する場合には、優先的に0.25という低い値が与えられるというペナルティ的な設計も入っています。これにより、「重要地の改変は、どれだけ配慮を入れても、そもそも戦略係数が大きく下がる」という、強いディスインセンティブが働くようになっています。
状態(State) は、最も専門性と現地性が求められる係数です。10点満点のスコアで、9点以上がGood(1.50)、7-8点がFairly Good(1.25)、5-6点がModerate(1.00)、3-4点がFairly Poor(0.75)、0-2点がPoor(0.50)。評価要素は土地被覆によって異なり、自然林であれば「外来種の在不在と多寡」「種組成(林冠構成樹種5種以上、在来種が大部分)」「不均質性(更新ギャップの存在など)」「樹木の齢級の多様性」「大径木の存在」「枯損木の存在」「下層植生の状態」「階層構造(3階層以上)」といった、森林生態学の基本指標が並びます。

現地踏査用の「現地評価様式」と、設計図書ベースの「計画評価様式」が用意されているのも実務的です。計画段階では計画評価様式を使い、事後評価では現地評価様式を使う、という使い分けができます。そして、「創出」される評価区画については、初期状態を原則Poorとして評価する、という保守的なルールが設定されている点も、過大評価を防ぐ設計として評価できます。この3つの係数を掛け合わせることで、各評価区画の質の値が決まり、そこに面積を掛けて生物多様性ユニットが算出される。そして、これを開発前と開発後(または複数計画案)で30年分累積して比較する──これがJBMの全体フローです。
成立年数──時間を味方につける累積評価
JBMの最も独創的な要素は、「成立年数」の概念です。
成立年数とは、「状態をPoorからGoodに移行させるために必要とする期間」と定義されています。自然林は50年、二次林は30年、人工林は40年、自然低木群落は20年、高山植生と雪田草原は30年、海岸砂丘の自然草原は10年、海崖草本群落は7年、二次草原は7年、ゴルフ場以外の人工草地は5年、水田と畑地は2年、マングローブは20年、海草は7年、サンゴ礁植生は20年、水域(開放水域)は3年──といった具合に、土地被覆ごとに細かく設定されています。

計算上は、成立年数が30年以上の土地被覆については、30年で頭打ちとして扱われます。つまり、評価期間30年のなかで、状態係数が初期値から目標値(Poor→Goodであれば0.50→1.50)まで直線的に増加し、成立年数に到達した時点でプラトーに達する、というモデルです。
この仕組みが何を意味するか。具体例で考えてみましょう。
ある工場の開発事業で、開発前は森林(二次林、状態Good)、開発後は工場敷地+創出緑地という計画を想定してみます。開発前は二次林がGood状態で維持されるので、生物多様性ユニットは高い値で安定して累積していきます。一方、開発後は、工場部分は人工裸地として極めて低い値、創出緑地部分は供用開始時にPoorから始まり、30年かけてGoodに向かって成長する。
素直に計算すれば、開発前の累積値を開発後が追い抜くのは、相当大きな創出緑地を、質の高い状態で計画しなければほぼ不可能です。しかし、例えば元の土地が「管理放棄された二次林で状態Fairly Poor」だった場合はどうか。そこに「配慮プラン」で質の高い緑地を創出すれば、累積評価でネットゲインを達成できる可能性が出てきます。

ここがJBMの実務的な肝です。「絶対に開発=ネットロス」ではなく、「管理放棄されていた土地に、適切な介入を入れる」ことが、ネットゲインとして評価され得るのです。これは、日本の現実──全国で里山が管理放棄され、二次林の生物多様性が劣化し続けているという現実──に適合した設計です。

解説書の図1-12に、成立年数が経過するまでの状態評価のイメージが示されています。供用開始時の状態がPoor(0.50)で、成立年数20年の土地被覆の場合、20年間で直線的に1.50まで上昇し、その後は1.50で頭打ちとなる。このシンプルな直線モデルは、現実の生態系の非線形な遷移を大幅に単純化したものですが、実務ツールとしての使いやすさという観点では妥当な選択だと思います。
ただし、この単純化には重要な前提があります。それは、「維持管理が適切に行われる」という前提です。もし創出緑地が、供用開始後に放置されてしまえば、30年後にGoodに到達している保証はどこにもありません。ここが、英国BNGが法的義務としての30年間維持管理を担保している一方で、JBMが現時点では自主的な枠組みにとどまっている、という構造的な差異につながってきます。

事業段階別の使い方
JBMを企業の実務にどう落とし込むか。解説書は、これを事業段階ごとに分けて整理しています。

事業地選定段階では、まだ開発後の詳細設計は決まっていないため、開発前の状態評価のみを実施します。使う係数は「特徴」と「戦略(配慮事項を除く)」。複数の候補地を比較し、「どの場所で開発するとリスクが高いのか」を見える化します。
これは、不動産デューデリジェンスの新しい次元と言えます。従来の土地デューデリでは、法規制、土壌汚染、権利関係、地盤、アクセス性などがチェック項目でしたが、そこに「生物多様性価値」という次元が加わるわけです。自然度9・10のエリアや特定植物群落、絶滅危惧種の生息地が含まれれば、その時点で戦略係数が0.25という極端に低い値となり、開発難度が高いことが数値で示されます。
企画・基本設計段階では、配棟計画や緑地コンセプトに応じた簡易評価を行います。開発前と開発後の両方を評価するものの、状態評価はまだ本格的には行わず、特徴と戦略(配慮事項を除く)で複数プランを比較する、という使い方です。
ここがJBMの面白いところで、「配慮プラン」と「標準プラン」を並べて比較することで、配慮の貢献量を定量的に示せるのです。デベロッパーの社内稟議や、投資家向けの意思決定資料として、極めて説得力のある材料になります。
詳細設計段階になると、状態係数まで含めた本格評価に入ります。開発後の「創出」区画の初期状態は、原則Poorとして評価。これで計画段階のネットゲイン判定が可能になります。
開発後(供用段階) では、実際の現地踏査に基づく状態評価を行い、供用段階での定量評価を実施します。ここで初めて、「実際にネットゲインが達成されているか」の検証が入ります。
この4段階の使い分けは、企業の事業開発プロセスに自然に統合できる設計になっています。とりわけ、事業地選定段階での活用は、不動産ファイナンスや信託受益権のデューデリにも応用できるポテンシャルを持っています。T
保全活動・オフセットへの応用可能性
JBMの応用可能性として、解説書の第2章で特に強調されているのが、保全活動の効果把握と生物多様性オフセットです。

保全活動の効果把握では、「保全活動を継続した場合」と「保全活動を停止した場合」のそれぞれについて、30年累積の生物多様性ユニットを算定し、その差分を「保全活動の貢献量」として定量化します。これは、自然共生サイトの認定活動や、OECMの取組成果を、定量的に開示するツールとして極めて使い勝手が良いと考えられます。
自然共生サイトはすでに448サイトが認定されており、日本の30by30目標達成の主力となる制度ですが、個々のサイトが「実際にどれだけの生物多様性貢献を生み出しているのか」の定量的な示しが、これまでは困難でした。JBMを使えば、各サイトの貢献量が生物多様性ユニットとして明示でき、サイト間比較や、企業のサステナビリティレポートでの開示が、格段に強化されます。
さらに興味深いのが、生物多様性オフセットへの応用可能性です。解説書は慎重な表現ではありますが、「将来的に、国内でのオフセットに関する制度や市場が醸成された際には、オフセットを行うための定量的指標としても活用できる可能性があると考えられる」と明記しています。

ISO 17298とISO 17620が2025年10月に正式発行されたことも、この流れを加速させます。ISO 17298は、組織全体の生物多様性戦略を規定する国際規格で、ISO 14001やTNFD、SDGsと整合する形で設計されています。ISO 17620は、開発プロジェクトにおけるBNGの設計・実施プロセスを規定した国際規格で、まさにJBMの活用場面そのものです。日本の自然環境保全基礎調査のデータと連動し、日本の植生・土地利用特性を反映し、CC BY-NC-SAで無償で使える評価手法──これほど都合の良いツールは、ほかに存在しません。JBMは、「測れる仕組みを、オープンな形で差し出した」という点で、日本のネイチャーポジティブ経済に一歩を刻みました。

Appendix1.残された課題と、国際標準化の交差点
第一の課題は、種ベースの評価 解説書の「おわりに」で、大成建設自身がこう書いています。「周辺環境との連結性(生態系ネットワーク)や生物種の分布情報を用いた種ベースの評価、環境経済学的知見による生態系サービスの経済価値換算など、現段階では計算モデルとして取り込むことが困難な要素があることも、検討の中で明らかになりました」と。これは、JBMの最大の弱点です。JBMは土地被覆ベースの評価であり、その土地にどのような種が実際に生息しているかは、評価ロジックの外側にあります。日本全体では土地被覆が適切に配置されていても、個々の希少種の生息地が失われていけば、生物多様性の総体としては劣化していくわけです。
第二の課題は、サプライチェーン上流 JBMは、現場の土地被覆変化を評価する手法です。しかし、建設事業におけるネイチャーインパクトは、実は現場よりも上流のサプライチェーン(木材、鉄鉱石、石炭、セメント、砂、水など)のほうがはるかに大きい、というのがTNFDが繰り返し指摘している構造です。JBMだけでは、このスコープ3的なネイチャーインパクトはカバーできません。ここは、ネイチャーフットプリントやSBTNのような、別の評価フレームワークと組み合わせて使うことが前提になります。JBMは、「敷地内のネットゲイン判定」に特化した道具であって、「企業全体のネイチャーポジティブ経営を証明する万能ツールではない」ということを、実務家はしっかり認識して使う必要があります。
第三の課題は、運用の信頼性担保 英国BNGが直面している最大の課題も、実はここです。英国の先行研究が指摘しているとおり、BNGの実効性は、30年間の維持管理がきちんと行われるかどうかに依存します。計画では立派なゲインを約束していても、実際には手が入らず荒れてしまう「ガバナンス・ギャップ」の問題が、英国でも顕在化しています。解説書の付録4では、維持管理計画・モニタリング計画の策定が戦略係数の加点項目として入っていますが、それが実際に長期間にわたって履行されるのか、第三者がどう検証するのか、というガバナンス・メカニズムは、JBMの外側の論点です。日本版BNGを本格化させるなら、この運用保証の仕組み──英国で言えばConservation Covenantや、Habitat Bank制度のような長期担保の仕組み──をどう設計するかが、次の重要な政策課題になります。
第四の課題は、気候変動適応との統合 JBMは、現状の日本の植生・土地被覆を前提として係数が設計されています。しかし、気候変動が進行すれば、各地の潜在自然植生そのものが変化していきます。今は落葉広葉樹林が極相の土地が、数十年後には常緑広葉樹林へ移行する、という可能性もあります。こうした気候変動シナリオをJBMの評価にどう取り込むかは、今後の重要な論点です。
Appendix2.英国BNGの「2年目の教訓」から日本が学ぶべきこと
せっかくJBMが英国BNGを参照した設計である以上、英国側で何が起きているか、その「2年目の教訓」にも目を向けておきたいと思います。これは、JBMを日本で展開していく際の落とし穴を回避するうえで、極めて重要な情報です。
英国BNGは2024年2月12日から大規模開発、同年4月2日から小規模開発について義務化されました。施行から約2年が経過した現在、英国環境科学研究所(IES)の調査や、国家監査局(NAO)の報告書、そして各種の業界レビューから、いくつかの構造的課題が浮かび上がっています。
第一の教訓は、オンサイト(敷地内)ゲインの「質の問題」です。BNG制度は、開発現場の敷地内で生物多様性ユニットを生み出すことを原則としていますが、英国のIES調査(2024年8月)では、「オンサイト・ゲインはオフサイトに比べて環境便益が劣る傾向がある」という懸念が繰り返し指摘されています。理由はシンプルで、敷地内のゲインは事業者(デベロッパー)の手に委ねられており、適切な実装やモニタリングがなされないリスクが高いからです。「ガバナンス・ギャップ」という言葉で表現される、この制度の構造的弱点。この問題は、JBMにもそのまま当てはまります。自主的な枠組みであるJBMでは、オンサイトでの配慮プランが、実際に30年間維持されるかどうかは、事業者の倫理と経営継続性に依存します。この担保メカニズムをどう設計するか──契約の枠組み、長期信託、第三者モニタリング、補助金連動など──は、JBMの普及と並行して考えるべき重要な論点です。
第二の教訓は、生態系人材のキャパシティ不足です。英国では、2024年時点で41%の地方計画当局が「BNG要件を適切に審査するための生態学的専門性が不足している」と回答しています。これは、BNGのような制度を本気で回そうとすると、生態学・植物学・景観生態学の専門人材が、当局側にも事業者側にも大量に必要になる、ということを意味します。
第三の教訓は、戦略的ランドスケープ・アプローチの欠落です。英国のRTPIや複数の研究者が指摘しているのは、「個別案件ごとに10%ゲインを積み上げても、国土全体として見たときに生物多様性が回復軌道に乗るとは限らない」という根本的な問題です。戦略的な生態系ネットワークの視点、つまりLocal Nature Recovery Strategy(地域自然再生戦略)のような広域計画との統合なしには、BNGは局所的な「箱庭」を増やすだけに終わる可能性があります。
第四の教訓は、クレジット市場のガバナンスです。英国BNGでは、法定クレジット(statutory credits)は「最後の手段」と位置づけられていますが、価格が市場のオフサイト・ユニットより意図的に高く設定されており、実際には2024年の施行後最初の6ヶ月で、わずか3件の申請しかなかったと報告されています。市場が立ち上がるには、需給のバランス、価格発見メカニズム、品質保証、そしてスタッキング(複数環境便益の重ね売り)問題の解決など、複雑な制度設計が必要です。
この記事が、皆さまのネイチャーポジティブの実装に、少しでもお役に立てば幸いです。それでは、また次回の記事でお会いしましょう。
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