ソートリーダーシップの実践事例【Vol.10】 宇宙開発ソートリーダー列伝~ビジネス編~
ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みが為されてきました。後から振り返ると、「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」の教科書的な事例、ケーススタディといえるものも少なくありません。様々な事例をビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出していきます。
宇宙開発の開拓者たち=ソートリーダー
古今東西、宇宙開発という事業は、次世代の若者に夢と希望を与えるとともに、事業実施に必要となる資金的人的リソースが莫大なことから、その事業遂行にあたっては、ワクワクするソート(構想、理念、考え)が仲間を呼び、事業が拡大・発展してきました。
前回の「黎明編」では、宇宙開発の先駆者たちがソートリーダーに必要な力(詳しくはこちら)を有し、それらを言語化・ビジュアル化・ナラティブ化しながら、ステークホルダーの「共感」を得てきたことを見てきました。その流れを踏まえた今回は、「ビジネス編」です。
SpaceX、イーロン・マスク氏。
ispace、袴田武史氏。
アストロスケール、岡田光信氏。
ソートリーダーシップの実例として、宇宙スタートアップの創業者であるこの3人の取り組みをそれぞれ見ていきます。
イーロン・マスク:火星に魅せられた革命児
現代における宇宙ビジネスのソートリーダーといえば、SpaceXの創業者イーロン・マスク氏です。マスク氏は2001年、ペイパルのCEOを解任されると、次の舞台は宇宙と決断します。NASAの計画を見ると火星への有人探査計画がないことにショックを受け、それなら自分が「火星を開拓し、人類を複数惑星にまたがる文明にする」と、実に壮大なソートを打ち出しました。翌2002年、早速SpaceXを設立すると、2010年には無人宇宙船を火星に送り出すという壮大な計画を発表します。

Credit: NASA
人類の火星居住は、ロケット開発の劇的な低コスト化なくして実現しないとマスク氏は思案します。NASAや軍隊が公開しているスペックや要件は容赦なく疑えと指示し、NASAの誰がその要件を定めたのかまで情報を抑えて徹底的に調査。構造、部品、素材、そして製造プロセスに至るまで、すべてがゼロベースで見直されたのです。
マスク氏の目標は「理不尽」と思えるほど高く、技術者はマスク氏が納得いくまで質問の嵐にさらされ、とことん追求されました。それでも、マスク氏の掲げるワクワクするソートに共感する人たちは、その目標達成に立ち会えることを喜びとして、目標に食らいつくべく一丸となって働きました。
ロケット開発は茨の道です。2006年の1号機は失敗、2007年に2号機も失敗、3度目の正直、3号機も2008年にやはり失敗。もともと3回分の打ち上げ資金しかなかったため、資金は尽き、先行きは暗雲に覆われます。ところがマスク氏の壮大なソートに共感したペイパルの共同創業者が2000万ドル(約30億円)を投じ、4回目への命綱となりました。
そして、「4度目の正直」でついに成功。創業当時は「ベンチャーにロケットは無理だ」と嘲笑されましたが、わずか6年という短期間で独自開発のロケット「ファルコン1」の打ち上げに成功したのです。マスク氏が描くワクワクするソートは、優秀な仲間だけでなく投資家や株主ら、同じ「思い」に共感する仲間たち全員を1つにし、その未来に向かって進んだのです。
成功を契機に、SpaceXはNASAと2008年に歴史的な契約を結びました。国際宇宙ステーション(ISS)への12回の物資輸送の契約を約16億ドル(約2400億円)で勝ち取り、ますます実績を積み上げることになったのです。さらにSpaceXは、NASAから2030年に退役するISSの軌道離脱機の開発も8億4300万ドル(約1300億円)で契約。今やSpaceXは、世界のロケット市場を席巻、特に米国の衛星市場ではほぼ独占状態となり、宇宙ビジネスの最前線を走っています。

Credit: NASA
マスク氏の独創的なソートに共感した仲間たちにより、SpaceXは創業からわずか6年という驚異的なスピードでNASAとの大型契約を実現させ、世界一の宇宙メーカーに成長しました。SpaceXは宇宙へのアクセスの民主化を推し進め、地球低軌道だけでなく、月、火星へと向かっています。マスク氏が計画するように、100年後には火星に100万人以上が暮らし、完全に自給する居住地が築かれているかもしれません。これからも、マスク氏の壮大なソートに仲間が集まり、人類の宇宙への可能性は無限に広がり続けていくことでしょう。
袴田武史氏:月面産業の開拓者
宇宙開発と言えば、かつては国家の投資による大規模プロジェクトでした。しかし今、日本でも新たな時代が幕を開け、民間企業が未来を見据えて宇宙を舞台にビジネスを展開し始めています。日本における宇宙ビジネスのソートリーダー的存在といえるのが、ispaceの袴田武史氏です。
「民間宇宙時代」の幕開けとなった象徴的なイベントが、米国Xプライズ財団が主催した人類初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」です。優勝チームの賞金は破格の2000万ドル。そこに世界各国から16チームが参加し、日本から唯一参戦したチームが袴田氏率いる「チームHAKUTO」でした。彼らは単なるレースではなく、「宇宙をビジネスにする」という明確なビジョンを掲げていました。

Credit: NASA
チームHAKUTOは「民間企業が月面探査をする」というワクワクするソートに、社員だけでなくボランティアスタッフや会費を払うサポーター、クラウドファンディングで出資する人など多くの仲間たちが共感。プロジェクトは一歩一歩前に進み、2017年にはファイナリスト5チームのうちの1つに選ばれました。
しかし、月面への挑戦はそう簡単ではありません。2018年にXPRIZE財団は、「達成できる見込みのチームはない」と発表し、勝者なしで終了となりました。
それでも、袴田氏の挑戦は終わりません。「Google Lunar XPRISE」は、あくまでも最終目標に向かうステップの1つだったのです。袴田氏が創業したispaceは「2040年に月に1000人が住み、年間1万人が月を訪れる」という「ムーンバレー構想」を打ち出し、宇宙で経済が回る世界の実現を目指していたのです。
人類の活動領域が宇宙へ拡大する中で、経済的に重要な要素として「月面資源」があります。この取り扱いに関して、長らく法的枠組みが追い付いていませんでしたが、日本は世界で4番目に宇宙資源法を2021年に成立させ、宇宙ビジネスの新たな可能性を開きました。その第1号案件として内閣府から許可を取得したのがispaceの月着陸機「ミッション1」です。
ミッション1は2022年12月に打ち上げられ、100日ほどかけて月軌道に到達。成功すればロシア、アメリカ、中国に次ぐ4か国目の快挙というところで、惜しくも月面着陸は失敗。それでも、民間企業による月面への到達自体、まぎれもない快挙。その過程で世界初の様々なデータも取得でき、次期ミッションの精度向上、月面資源利用時代の幕開けにつながりました。
「ミッション2」の着陸船は「RESILIENCE」と名づけられ、その決意はプロモーションタイトル「日本を、失敗できない国にしない。」に集約されています。ミッション2は宇宙資源関連法の第2号案件として許可を取得し、2025年1月15日に打ち上がりました。2025年5月に月面に到着する予定です。許可に基づきispaceはNASAと契約し、NASAへの月のレゴリスの譲渡を予定しています。月面資源の商業取引として、重要な一歩となります。
▼ispaceのムーンバレー構想
ispaceは2023年4月、国内宇宙関連スタートアップ企業としては初の上場も果たしました。宇宙ビジネスにおける、新たな幕開けの象徴です。38万キロ先の未来に向かって、袴田氏の壮大なソートはリフトオフしたばかり。これから月面への新たな挑戦を通じて世界中に興奮を届け、共感する仲間を集めながらムーンバレー構想を実現していくことでしょう。
岡田光信氏:宇宙デブリの世界的リーダー
宇宙ビジネスにおける大きな課題の1つが宇宙デブリ、いわゆる「宇宙ゴミ」です。これまで打ち上がった衛星やロケットの残骸が宇宙空間に蓄積され、その除去が喫緊の課題になっているのです。その問題に対峙するパイオニアが岡田光信氏であり、彼の率いる企業アストロスケールです。

Credit: NASA
岡田氏の宇宙への「思い」は、15歳の時にNASA体験プログラムで宇宙飛行士の毛利衛氏に会い「宇宙は君たちの活躍するところ」という直筆メッセージをもらったことから始まりました。その「思い」は2013年2月、岡田氏が宇宙デブリ問題の存在を知ったことで、火が付きます。
同年4月には国際的な宇宙デブリの会議に参加し、喫緊の課題に取り組む人がいない現状を目の当たりに。「宇宙デブリ分野」での新たな市場の創出を決意しました。そして2013年5月、アストロスケールを創業します。問題を知ってからわずか3か月。宇宙デブリの除去を目的とする、世界初のスタートアップの誕生です。
アストロスケールの挑戦は、単に宇宙デブリを除去する技術開発だけでなく、ビジネスモデルの構築や国際的なルールづくり、資金調達、チームづくりと全方位におよびます。しかし、実現への道のりは簡単なものではありません。周囲からは「民間企業がやることではない」「スタートアップでは無理だ」などと言われるばかり。
それでも「毎日50mプールの水を爪楊枝でかき混ぜるようなことを10年していたら、やっと渦が出てきた」と岡田氏は言います。10年間、世界各国を回っての地道なコミュニケーションを一歩一歩進めると、次第に同じ志の仲間が集まってきました。
宇宙デブリの除去は1社では成しえない壮大なミッションですが、「民間の力で宇宙をきれいにする」という岡田氏のソートに共感し、各国政府、各国宇宙機関、メーカー、シンクタンク、投資家、経営者、メディア、一般市民まで、仲間が次第に増えてきたのです。
ついに、創業から8年を経た2021年、スペースデブリ除去実証衛星が打ち上げられ、軌道上で分離した模擬衛星の捕獲に成功。軌道上サービスの扉を開きました。さらに2024年には、宇宙軌道上にて、観測対象のデブリの周囲を飛行する運用に世界で初めて成功。極めて鮮明にデブリの損傷状況などを撮影しました。非常に難易度の高い作業の成功を重ね、「世界初」の実績を積み上げています。

(出所:「アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」、世界で初めてデブリの周囲の飛行に成功」アストロスケール ニュースリリース(2024/7/30))
岡田氏のたゆまぬ国際的コミュニケーションの努力も実を結び、国際的にも宇宙の持続利用に向けた大きなうねりが起きています。2024年9月22日、国連総会は「未来のための協定(the Pact for the future)」を採択。その行動56において、宇宙デブリに関する新たな枠組みが定められたのです。
今やアストロスケールは、軌道上サービスの世界的リーダー。宇宙デブリ除去はJAXAだけでなく、米国宇宙軍や欧州宇宙機関、英国宇宙庁、Eutelsat OneWebなどにおいて、先駆的ミッションとして採用されています。岡田氏は、地球上のSDGsの目標リミット2030年にあわせて、宇宙も2030年には当たり前に宇宙のゴミを除去できる時代を目指しています。実現すれば、持続可能な宇宙活動が可能になり、人類の宇宙活動の未来が格段に広がることでしょう。
まとめ
さて、彼ら宇宙開発の先駆者たちの足跡を、改めて私たちIISEの考えるソートリーダーシップの定義に当てはめなおすと、次のようになります。

宇宙ビジネスのソートリーダーたちは、火星移住やムーンバレー構想などのワクワクするソート、未来像を打ち出し、それが世界中から共感を呼び、仲間や資金が集まってくることで、新たな宇宙市場を切り開いてきました。壮大なソートを掲げることで、度重なる失敗や困難な障壁も、その壮大な未来像実現への「挑戦」の1ステップと捉え、次から次へと障壁を乗り越えてきたのです。
近い将来、彼らの未来像が実現する日がやってくるとともに、ソートがソートを呼び、彼らに続いて、また新しいソートリーダーが現れ、ますます人類の宇宙活動は発展していくことでしょう。
文:IISEソートリーダーシップ推進部 佐野 智
佐野 智
JAXAに長年勤務し、社会課題解決に向けた新規宇宙事業創出に尽力。内閣府(衛星を利用した社会実装プログラムを推進)を経て現職。博士(理学)。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)
引用・参考文献
SpaceX イーロン・マスク氏
『イーロン・マスク 上』ウォルター・アイザックソン(著) ,文藝春秋, 2023/9/3
『イーロン・マスク 下』ウォルター・アイザックソン(著) ,文藝春秋, 2023/9/3
宇宙を100倍身近にする|日経ビジネス
理想にばく進するマスク氏 裏で支える7人の「サムライ」 | 日経ビジネス
「マスク氏が優秀人材を魅了できるワケ」、元テスラ電池調達担当が語る | 日経ビジネス
SpaceXの企業価値が3,500億ドルに急上昇 | Inveting.com
ispace 袴田武史氏
ispaceが内閣府から宇宙資源探査・開発許可、月資源取り引きが可能に | 日経クロステック
トラブル乗り越え世界初の民間月着陸達成か、きっかけはAlphabet後援の賞金レース|日経クロステック
「月の資源は誰のもの」「月面ホテルはOK?」、弁護士に聞いた | 日経クロステック
月面着陸船「HAKUTO-R」打ち上げ成功 | 日経サイエンス(2022年2月号)
「宇宙ガチンコレース」に挑む日本の起業家 | 日経ビジネス
月面探査レースで走れず 袴田武史氏 [ispace 代表取締役] | 日経ビジネス
イノベーターの育ち方 第12回 | 週刊ダイヤモンド
ispace社ニュースリリース
アストロスケール 岡田光信氏
宇宙活動法見直しに関する小委員会 第4回会合 配布資料 | 宇宙政策委員会 基本政策部会
民間の力で宇宙をきれいにする ASTROSCALE PTE. LTD. CEO 岡田光信 | JAXA公式サイト
「宇宙ごみ」除去の事業化に向けて世界をリード | 新・公民連携最前線PPPまちづくり
アストロスケール社ニュースリリース

