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「環境情報化」が再設計する社会と市場 ~未来市場を創造するエコシステムへ~

 本シリーズではこれまで、環境情報化を、個別「企業」の経営基盤の強化という観点と、「業界・地域」という多対多の環境情報連携で価値創出を拡張していく観点から考えてきました。(参考記事:「環境情報化」が拓くサステナブル経営の未来「環境情報化」による企業の環境対応の高度化「環境情報化」が加速させる業界・地域のバリューチェーン共創~前編「環境情報化」が加速させる業界・地域のバリューチェーン共創~後編

 環境情報化の広がりは、企業や業界を超え、社会全体へ及びます。分断されていたバリューチェーン上の情報や主体を結び直し、資源の流れを変え、社会の価値基準の変容に影響を与えます。ここでは、環境情報化が、社会や市場をどう再設計するかを考えていきます。

環境情報化が拓く新たな市場機会

 環境情報化が社会や市場を再設計していく動きは、まず新たな市場機会の創出として現れます。象徴的なのが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)です。

 これまでの循環型社会では、使用済製品や再生材について、品質、由来、用途といった情報が分断されていたことが課題でした。この課題を解決するためには、動脈産業(製造・流通を担う産業)と静脈産業(回収・再資源化を担う産業)を結びつけるための情報の可視化や流通の仕組みが必要でした。そのための基盤となるのが、データ連携の仕組みです。記事「「環境情報化」が加速させる業界・地域のバリューチェーン共創 ~前編:多対多のつながりを支えるデータ連携~」で紹介したデジタル・プロダクト・パスポート(DPP)は、業界単位、または業界横断でデータを連携させ、動脈産業と静脈産業を結びつける基盤です。

 また、環境情報とAIを用いて動脈産業と静脈産業を結びつける鍵となる技術として、マテリアルズインフォマティクス(MI)があります。MIは、材料の組成や特性に関するデータをAIで解析し、新材料の探索や最適設計を効率化する技術で、開発の高速化と高度化を支える手法として注目されています。たとえば、MIは、リサイクル施設において、廃プラスチックや金属スクラップの組成データを活用し、AIで最適なブレンドや物性を予測することで、経験依存だった工程をデータドリブン化します。再生材の品質向上によって、リサイクル産業は「素材産業」へと進化し、廃棄物は「コスト」から「資産」へと再定義されます。その結果、動脈産業での設計から廃棄までの製品のライフサイクルが、素材再生を前提としたものに変わります。環境情報とAIが動脈産業と静脈産業を結び直し、資源の流通のあり方が更新されることで、産業構造そのものが新たなエコシステムとして再編されます。
制度の進化も、新市場の創出と不可分です。近年、資源循環に関する国際的なルールや指標の統一を目指す動きも進みつつあります。COP30で発表された「Global Circularity Protocol(GCP) for Business」は、企業の循環性を統一的に測定・管理・開示する国際フレームワークです。これまで企業ごとにばらばらだったサーキュラー指標が統一されることで、投資家や取引先が横並びで比較できるようになります。今後はサーキュラー指標が企業の評価に組み込まれることで、サーキュラーエコノミーを軸とした市場の拡大が加速していくと見込まれます。このような流れの中、資源循環に関わる比較可能な環境情報を整備しておくことが、企業価値の評価向上と結びつくことになります。

環境情報を基盤に共創するルール形成

 こうした新市場を持続的に機能させるには、環境価値を適切に測定し、流通可能な価値として扱えるようにするルール形成が不可欠です。環境情報化は、バリューチェーン全体をデータでつなぎ直し、これまで見えにくかった環境価値を流通可能な価値へ変えることに貢献します。

 環境情報が新たな経済価値を生み出す仕組みの代表例として、「カーボン・クレジット」があります。エネルギー削減量やGHG吸収量などの環境情報を用いて、環境価値を定量化し、目に見えないGHGを取引可能な経済価値へと転換できるようになります。カーボン・クレジットは市場で流通し、産業や地域をまたいで取引される価値となります。ここで重要になるのがMRV(測定・報告・検証)です。この仕組みを機能させるには、何をどのように測定し、どの形式で報告し、誰がどのように検証するのかを定義する必要があります。加えて、発行されたクレジットをきちんと追跡できることや、それを使っておこなわれる説明や主張が適切であることまで含めて、信頼性を確保することが求められます。ルールの構築によって、環境情報はバリューチェーン同士をつなげ、新たな価値を生み出すようになります。

 最近はネイチャーポジティブ分野でも、「生物多様性クレジット」の仕組みづくりに向け、その信頼性を確保するためのルール整備も各国で進められています。ただし、生態系は炭素に比べて複雑で、地域ごとの違いも大きいため、単一の尺度で一律に評価することが難しいという特徴があります。そのため、生物多様性クレジットの信頼性を確保するには、継続的なMRVや第三者検証といった確認の仕組みだけでなく、追加性(その取組があったからこそ新たに生まれた効果であること)、ベースライン、持続性、リーケージ(ある場所で抑えた影響が別の場所に移ってしまうこと)などの基準を整えることが重要です。さらに、市場の運用においても、透明性や説明責任を確保することが不可欠になります。

 このような環境関連の制度は、信頼性や効率性が求められるようになる中で、IoT、AI、データ連携基盤など、データの活用を前提に再設計されていくことが見込まれます。その際に重要なのは、こうした技術が単に測定を効率化するだけでなく、クレジットの発行・追跡、証跡の管理、透明性の確保、主張の根拠の明確化といった、市場インフラそのものを支える役割を果たすことです。現場データを持つ企業は、制度の利用者にとどまらず、市場や制度のあり方を提示する立場にもなります。自社で環境情報化に取り組んでいることは、仕組み作りやその活用に関する議論に参加するための重要な前提になります。

信頼と透明性が選択を変える

 環境情報は、生活者や社会の意思決定にも使われるようになります。欧州ESPR[1]などの環境規制の影響で、将来的には、製品や企業のサステナビリティに関する情報が、企業や行政の調達だけでなく、生活者の購買判断においても判断材料として参照される場面が増加していくと考えられます。

 これまでも環境情報は、生活者の行動に影響を与えてきました。たとえば、環境ラベルである素材識別マークは生活者の分別行動を支え、省エネラベルは年間電気代という経済情報として購買判断に活用されてきました。FSC認証や再生紙表示は企業や行政機関などの調達基準となっています。生活者にとっても、製品や企業のサステナビリティは、価格や品質に加わる判断材料の一つになりつつあります。今後、これらの表示はDPPのようなデジタルデータと連携し、より詳細で比較可能な「環境情報」へと進化していきます。

 そのときに重要になるのは、企業が製品単位のGHG排出量や再生材比率、材料履歴といった環境情報を整備し、いつでも提示できる状態にあることです。環境性能がデータとして可視化され、比較可能になると、「何が良い製品か」という評価基準が変わります。価格だけでなく、透明性、将来の規制や市場変化への対応力、社会との整合性といった要素が、製品を評価する際の判断軸に組み込まれるようになります。環境情報化は、製品の環境性能や由来を可視化し、説明可能にすることで、そうした評価の前提となる信頼を支える基盤となります。企業はこのような将来の変化に備え、環境情報を整備しておく必要があります。

社会の要請が企業行動を更新する

 社会と企業の関係は、一方向ではなく双方向に連関しています。生活者、地域、NGO、国際社会などが課題を提起し、その声がガイドライン、認証制度、開示ルールや調達基準などを通じて企業行動に影響を与えます。企業はそれに応じて、製品設計、原材料調達、サプライチェーンのあり方を見直し、その変化は新しい製品・サービスや地域との新たな関係として再び社会に返っていきます。

 デジタル技術は、この循環を加速させます。これまで見えにくかった社会の声や環境リスク、地域への影響が、測定可能で比較可能な環境情報として結びつくことで、社会の要請は経営判断に組み込むべき現実的な条件へと変わります。環境情報化とは、社会と企業を結ぶこの往復運動を支える基盤です。社会の要請を企業の行動変容につなげ、企業の変化を再び社会へ返していく。その循環を支えるインフラとして、環境情報化の重要性は今後さらに高まっていくはずです。

<Editor’s Opinion>

 これまでのシリーズでみたように、「環境情報化」は、単なる環境データの可視化にとどまりません。企業の意思決定を強くし、業界や地域の共創を支え、さらに社会のルールや市場のあり方にも関わる基盤になりつつあります。さらに重要なのは、環境情報化が、現状対応のための仕組みではなく、「未来の市場に参加するための基盤」として捉え直されつつあることです。

 企業には、自社がどのバリューチェーンにつながり、どの市場や価値基準のもとで選ばれる存在になるのかを考え、その前提となる情報を整えていくことが求められます。環境情報化とは、環境対応の延長線上にある取り組みであると同時に、よりよい社会や市場をどう形づくるかに関わる取り組みでもあります。

(IISE 藤平慶太

<関連記事/シリーズ「環境情報化」>

<参考>

[1]ESPR(Ecodesign for Sustainable Products Regulation):EU域内で販売される製品に「循環性・省資源・耐久性」などのエコデザイン要件を課し、持続可能な製品を標準にするための枠組み規則。

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