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水がなければAIは止まる——経済安全保障の時代、テクノロジー産業が向き合う「自然」という変数

こんにちは、国際社会経済研究所(IISE)の篠崎裕介です。ネイチャーポジティブとデジタルの可能性について情報発信をしています。

国策となった半導体とデータセンター。その足元で、水と自然が、静かに事業リスクへと変わり始めています。電力の議論は盛んに交わされますが、もう一つの基盤資源である「水」について、私たちはどれだけ真剣に向き合えているでしょうか。この記事では、テクノロジー産業にとって自然がなぜ経営課題になりつつあるのかを、経済安全保障と事業継続リスクの観点から掘り下げます。

1. いま、国策として産業が動いている

半導体とデータセンターは、いまや日本の国家戦略の中心に座っています。高市政権が掲げる重点投資17分野のなかで、最重点領域のひとつとして位置づけられているのが「AI・半導体」です。2026年度から、この領域への投資は本格的に拡大しています。

政策の枠組みも整いつつあります。経済産業省は「GX戦略地域制度」を創設し、産業集積の核となる地域を3つの類型で選定しています。コンビナート等再生型、データセンター集積型、脱炭素電源活用型、です。

GX戦略地域制度(経済産業省HPより)

これらの地域には、GX経済移行債などによる支援と、国家戦略特区とも連携した規制・制度改革が措置されます。さらに、電力(ワット)と通信(ビット)のインフラを束ねて効率的に整備する「ワット・ビット連携」の議論も進んでいます。電力インフラの観点から立地を誘導し、AI活用によるDXと脱炭素を同時に実現する構想です。

経済安全保障の文脈も、この流れを後押ししています。半導体のサプライチェーンを国内に確保することは、もはや経済政策であると同時に、安全保障上の課題でもあります。こうして、半導体とデータセンターは、かつてない規模で国家の関心を集める産業になりました。

2. しかし「箱」を置くだけでは歓迎されない

産業の集積は、地域に税収と雇用をもたらします。しかし、それだけで歓迎されるとは限りません。とりわけデータセンターは、特殊な施設です。窓がほとんどなく、人の出入りも少ない。一般的な工場やオフィスとは異なる、どこか得体の知れない印象を、近隣住民に与えてしまうことがあります。

2026年5月、日本データセンター協会(JDCC)は「データセンター地域共生ガイドライン」の初版を公表しました。その背景には、一部のデータセンター事業者をめぐって、環境や防災上の懸念から近隣住民との関係が悪化する問題が、現実に顕在化し始めたという認識があります。電力消費、騒音、排熱、景観、そして水——地域との摩擦を生みうる論点が、このガイドラインでは整理されています。

注目すべきは、ガイドラインを貫くトーンです。そこには、地域や近隣住民から十分な理解が得られていないデータセンターが増えていけば、それは個々の施設の問題にとどまらず、ESGを重視するデータセンター利用企業の選択肢を狭め、産業全体の成長の阻害要因になりかねない、という危機感が示されています。

3. 冷却に水を使う、という見落とされがちな事実

データセンターを語るとき、議論は電力に集中しがちですが、サーバーが発する膨大な熱を除去するために、冷却に水を使う場合もあります。

その量は、決して小さくありません。JDCCのガイドラインによれば、ITロード30MW規模のデータセンターは、数百トンから1,000トンを超える水を消費するとされています。これを一般的な地下水や工業用水だけでまかなうことは難しい。だからこそ最近の大規模データセンターでは、水の蒸発(気化熱)に頼る方式から、空気を利用する方式やそのハイブリッドへと、冷却の仕組みが移りつつあります。

そして半導体工場は、データセンターよりもさらに桁違いの水を使います。シリコン基板の加工では、薬剤を除去するために工程ごとに何度も洗浄を繰り返す必要があり、清浄度の高い水が大量に求められるからです。

4. 水が止まれば、事業は揺らぐ——台湾の教訓

これは、抽象的なリスクではありません。水が事業を直撃した実例があります。

2021年、台湾は記録的な渇水に見舞われました。2020年に台湾本島への台風上陸がなく、深刻な水不足に拍車をかけたのです。このとき、世界最大の半導体ファウンドリであるTSMC(台湾積体電路製造)は、工場にタンクローリーで水を運び込み、操業を維持するという対応を強いられました。主要な貯水池の水位は大幅に低下し、台湾政府は工業用水の供給制限に乗り出しました。世界の先端半導体製造を支える主要拠点が、水という最も基本的な資源によって揺らいだのです。

ここで強調しておきたいのは、TSMCが決して水管理を怠っていたわけではないという点です。同社の製造プロセスにおける水のリサイクル率は、2019年時点で86.7%に達していました(TSMC CSRレポートより)。ただし、製造プロセスを維持するためには、蒸発・排出分を補う新規補給水(make-up water)が一定量必要であり、リサイクル率をいかに高めても新規水の調達をゼロにはできません

世界最高水準の水循環技術を持つ企業でも、自然の渇水の前では、給水車に頼らざるを得なかった。タンクローリーによる代替調達は、通常の工業用水と比べてコストが桁違いに高く、事業継続のためのコスト増と供給不安は、企業の財務に直接的な影響として顕在化したのです。

実際、米国の渇水地区——アリゾナやテキサスといった州——では、水利用の制約を理由に、データセンターの建設計画が見直しや中止に追い込まれる例も出始めています。アリゾナ州ツーソンでは、大規模データセンター計画「Project Blue」をめぐり、年間数億ガロン規模の水利用への懸念が高まり、市議会が計画の前提となる協議を停止しました。テキサスでも、データセンターの拡大が水資源に与える影響が政策課題として浮上しています。立地を決める段階で、水はすでに「Go/No Go」を左右する変数になっているのです。

5. だから「自然」は、コストではなく戦略になる

水も、土地も、生態系も、事業の前提条件であり、投資家や取引先に開示すべきリスクであり、そして適切に管理できれば競争力の源泉にもなりうるものです。

グローバルな議論は、すでにこの認識に立っています。世界経済フォーラム(WEF)は、2025年12月に「Nature Positive: Role of the Technology Sector」を公表し、テクノロジー企業が取り組むべき優先領域(水、e-wasteとサーキュラー、土地利用、エネルギー、サプライチェーン、政策連携など)と、ネイチャーポジティブ戦略がもたらし得る事業・財務上の機会を整理しました。そしてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)も、テクノロジー・通信セクター向けのセクターガイダンス(ドラフト) を公開しています。

日本国内でも、省エネ・非化石転換法のもとで、一定規模以上のデータセンター事業者にはエネルギー効率(PUE)の目標達成エネルギー使用状況等の報告が求められています。加えて、特定事業者には非化石エネルギーへの転換に関する計画・報告も求められ[*]、自然や資源への配慮を「開示し、説明する」ことは、任意の取組から制度・市場・投資家の要請へと変わりつつあります。この流れのなかで、自然関連リスクを早期に把握し、戦略に織り込める企業こそが、これからの競争を有利に進めることになります。

*出典:資源エネルギー庁「省エネ・非化石転換法に基づくデータセンター業に係る措置」、同「省エネ・非化石転換法の改正

6. 7月、その最前線が熊本に集まる

7月1日、国際社会経済研究所(IISE)は、ひとつのウェビナーを開きます。登壇するのは、WEF報告書の有識者委員を務め、TNFDのセクターガイダンス策定にかかわるNECの岡野豊氏。WEF報告書とTNFDガイダンスを実務の視点からどう読み解くかを解説します。さらにNECファシリティーズからは、半導体業界向けのPFAS分析サービスと、水回収サービスなどをご紹介いただきます。冷却や製造に使った水をどう回収し、再利用するか。それは、ここまで述べてきた水リスクに対する、一つの具体的な解決策となります。

ウェビナー開催概要

  • タイトル:テクノロジーセクターのネイチャーポジティブと自然関連開示の最前線

  • 日時:2026年7月1日(水)15:30〜16:30

  • 形式:オンライン(Zoom Webinar)/参加無料

  • 主催:国際社会経済研究所(IISE)

  • 申込https://note.com/nec_iise/n/n97a51ce385e9

そして、このウェビナーの2週間後、半導体産業が集積する熊本で、本記事のテーマと深くかかわる国際会議が控えています。第2回グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS)です。

今年10月、アルメニアの首都エレバンで開かれる生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)に先だって、熊本城ホールに世界各国から企業・金融機関・自治体・研究者が集まります。

また、同時開催の展示会「NATURE TECH!」(入場無料)には、自然資本の可視化・保全高度化・資金の透明化を支えるネイチャーテック企業・団体が集結します。

自然関連リスクをどう測り、どう開示し、どう事業戦略に組み込むのか。企業、金融、自治体、テクノロジーのそれぞれの立場から、この問いに向き合う局面が来ています。この機会にネイチャーポジティブの最前線に触れてみてはいかがでしょうか。


おわりに

IISEでは、ネイチャーポジティブやサステナビリティと経済・技術の関わりについて、note記事やイベント開催などを通して情報発信・対話の場を継続的につくっています。ぜひ、IISEおよび以下、環境のnoteのマガジンをフォローいただけますと幸いです。

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国際社会経済研究所(IISE) 経済安全保障・デジタル社会研究部
篠崎 裕介
東京農工大学大学院 農学修士。2007年、NEC入社。通信事業者向けの営業・販促、2015年から新規事業開発組織にて数々の事業開発に携わる。2023年よりIISEにて環境分野のソートリーダーシップ活動に従事。国内IT業界初のNEC TNFDレポート第1版からの執筆コアメンバーの一人。​

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