「雑談が苦手」会話が怖くなった理由 │ 社交不安障害と向き合う④
女子が集まるとマウント合戦が始まる。
ステータス、経験、ファッション、交友関係…
会話の中であくまで自然に、さり気ない自慢を交えつつ、徐々に序列を探り合う。
出身地が田舎だと分かった瞬間、急に見下し始める人間を、私は信用していない。
都市を築いたのが自分だとでも勘違いしているんだろうか。
女子が集まって話す薄い世間話が苦手だ。
ゴシック、イケメン、テレビ、誰かの陰口。
大抵中身がなく、ほとんど興味がないので、話していても楽しめない。
(いったい何が面白いんだろう…)と思いながら、興味があるフリをしながら聞く。
かと言って、話せと言われれば、天気かそれくらいの話題くらいなものだ。あとは子どものことと、旦那の愚痴くらいか。
深く関わりかけると、マウントを取られたり、ネットワークビジネスの人だったり教育熱心ママだったりして、疲れるので関わりを避けるようになった。
───思えば子どもの頃から女子の輪に馴染めなかった。
会話についていけない小学生時代
小学校高学年頃から、友だちとの話題に困るようになった。
前日に見た音楽番組や恋愛ドラマ、月刊誌の漫画の最新話、ジャニーズの誰がタイプか、好きなバンド、○○派か△△派か…
正直、どうでも良くて。
でも、スマホやYouTubeなどなく、録画も今みたいに気軽にできない時代、翌日のクラスでの会話のためだけに、見逃さないようにテレビで音楽番組やドラマをチェックしていた。
それなりに好きな音楽や漫画はあったけど、見たとて、何をそんなに盛り上がればいいのか分からなかった。
特定の場面だけ何も話せなくなる
場面緘黙症というのだろうか。
診断されたわけではないが、症状的にはよく似ていると思っている。
Aちゃんの件があってから、いや、Aちゃんの前にも似たようないじめっ子タイプの子に絡まれていて、同じようなタイプの子だと悟ると、その子の前では何も話せなくなる現象に悩まされた。
Aちゃんについての詳しい話こちら☟
何を話せばいいか分からない。
話題が頭に浮かんだとしても、あれこれ考えて、結局声に出せないまま。
何か聞かれても、緊張して上手く話せない。
家族や、昔から仲の良い子の前では安心して自分を出せるし、冗談も言える。
でも一度、苦手と感じた子の前では、言葉が出てこなくなってしまう。
中学校では部活は陸上部に入った。
美術部か吹奏楽部にしようと思っていたが、流れで誘われて見学に行き、そのまま入部することになった。
足は遅いけど、少人数でアットホームな雰囲気が心地よかった。
2年生になって、同じクラスのチャキチャキ系人気者系の女の子が入部して、だんだん変わっていった。
後輩もできて、賑やかな狭い部室で、私は新しい人間関係の輪に入れず、無口になった。
「一人ぼっち」の中学時代
クラスでも、友だちとは仲良くなり過ぎないように、距離をとるようになった。
仲良くなると、バカにされたりからかわれたり、意地悪を言われたり。
「嫌いになられるくらいなら、最初から近づかないでおこう」と思うようになった。
仲良くなった子はいたけど、その子とは一緒には過ごすけども、深い話は一切しなかった。3年間同じクラスだったので一緒にいたけど、悩みを打ち明けたりするような関係ではなかった。
陸上部では、もともと一緒に入部した友だちも、1人の友だちが陰で私の悪口を言っていると聞いて、怖くなってしまった。
同じ学年の子は先輩や後輩たちと仲良くやっていたけど、私は仲間に入れず、土曜日の放課後の部活の前は、1人でお弁当を食べていた。
後輩にもナメられていた。ハードルを仕舞おうとしていると、突然後輩が「これ全部ねこさんにやってもらおうよ。ね、いいよね?ねこさん」意味がよく分からず、「え、うん…」と答えると、ガシャンガシャンガシャン… 後輩含め女子部員全員がハードルを私の前に置いて、笑いながら去って行った。
「そういうことか…」1人で片付けていると、それを見ていた男子部員たちが、「なにアイツら!」と怒りながら一緒に片付けてくれた。
「ありがと…」涙がこぼれないようにするのに必死だった。
明確に陰湿ないじめを受けていたというわけではないが、社交不安が強く、周りに馴染めず、それゆえ孤独になりがちな中学時代だった。
ようやく自分を出せるようになった高校時代
私の住んでいた町には、小学校、中学校が1校ずつしかなかったので、人間関係がなかなか変わらなかった。
進学した高校では、同じ中学校からは数人しか行っておらず、ほとんど初めて、新たな世界があることを知った。
お馴染みの人見知りを発動していたが、ソフトテニス部に入ったことで生活が変わった。
中学の時に、小学時代助けてくれたYちゃんがやっていて、「高校になったらやろう!」と決めていた。
陸上部もすぐに辞めればよかったんだ。
でも、「辞めたら根性ないと思われる」とか、他人の評価を気にして辞められずにいた。
自分の中にも、最後までやり切りたい気持ちがあったのかもしれない。
テニス部では友だちに救われた。今でも覚えている。帰りのバスの中で、いつも通り無口になっていたら、友だちが明るく話しかけてくれて、仲間に入れてくれた。
みんな仲が良くて、今でも連絡を取ったり、時々会ってお茶をしたりしている。
結局やっぱり友だちと深い仲にならないように距離をとってしまう癖は、この時も、今も抜けていないけど、「私でも好きになってくれる人がいるんだ」という安心感を得た経験は、本当に大切だとおもう。
もっと根本的な理由があるのかもしれない。幼少期の家族のこと。
人に嫌われるのが怖くなってしまった理由を見つけたくて、過去を振り返ってみた。
分かったことは、一貫して、同じようなタイプの子に、苦手意識を超える恐怖心を抱いているということ。
かつて私にだけ態度を冷たくされた経験から、嫌われないように、皆と同じように振る舞わないと、という意識が強くなっていった。
仲良くなっても、時間の経過とともに気まずくなる時期がやってくることが怖く、嫌われないようにと、深い関係を避け距離を置くようになった。
結果、自分の悩みや本当に興味のあることを話せる友だちがいなく、常に孤独感がある。
思い切って話してみたこともあったが、結局心無い言葉をかけられたり、他の人に言いふらされたりしたので、もう本当のことは話すのは止めようと思った。
家族さえも、信用していない。
幼い頃は、5歳上の兄にはよく泣かされていた。泣いていると家族から「うるさい」とか「また癇癪起こして」と、鬱陶しがられたり、笑われたりした記憶がある。
親になった今、その気持ちも少しは分かる。。
きっと記憶も断片的なんだと思いたい。
この時、抱っこして、「よしよし、悲しかったね」って、気持ちを受け止めてほしかったな。
お兄ちゃんに、優しくしてもらいたかったな。
冷たく突き放された幼少期の記憶。
毒親ではない。家族を責めたくない。
だけど、拭えない不信感と拒絶された記憶が、今も感情を表に出すのを、躊躇させる。
相談しても、「よく分からない」「仕方ない」「みんなそうだよ」と言われてしまう。
本気で向き合ってくれたことなんか、あったのかな。私の記憶では、一度もない。
意外と家族って、そういうものなのかもしれない。ちゃんと健康に育ててくれて、学校も出させてもらって、それだけで有り難いと思わなくては。
だけど、やっぱり、寂しい気持ちは、今も胸の隅っこに、こびり付いたままだ。
社交不安と向き合うシリーズ☟
