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「突然嫌われた、あの日から」社交不安障害と向き合う③│小学生時代のトラウマ

何度も繰り返し、同じ場面を思い出す。
Aちゃんの冷たい表情、声、言葉…
思い出す度、胸にグサリと突き刺さる痛みを、鮮明に思い出す。
突き放された私は、独り、教室で涙を堪えて、
何でもない振りをして、静かにキュンと締め付ける痛みに、耐えている。
遠くでは、Aちゃんと、仲のいい友だちが機嫌良さそうに笑顔で冗談を言い合っている。
私だけ、夢の中にいるような、現実感がなく、遠くで音が聞こえているような、孤独感───

これまでのお話はこちら☟

フラッシュバック

あの時も、同じような感覚に陥った。
新卒で大手都市銀行に就職した時。
周りの人たちは本当に優秀な方々で、私のような凡ミスを何度も繰り返すような人は、いなかった。
お陰でやる気のない変人扱いだった。

詳しくはこちらに書いています☟

社会人1年目は、私個人の気持ちなど存在してはいけない、そんな雰囲気だった。
特に、明治から続く古い日本の組織体質が残った会社では、その空気がより強く感じられた。

日に日に、心が病んでいった。

───職場に行くあの頃の感覚に陥った。
耳が遠くなり、私1人だけ、狭い空間に、取り残されたような感覚。
胸が締め付けられ、誰も助けてはくれない。
そんな感覚に。

小学5年生の時の事件

人から見れば、なんてことない出来事だったのかもしれない。
言葉にしてみれば、大した事件でもないのだ。
だけど、この時の私には、人生最大の大事件だった。

4年生くらいから、人見知りするようになった。
女子の間でだんだん「グループ」ができ始めるのもこの頃だ。
「グループ」は、陰口、仲間はずれ、集団無視などの嫌がらせを産む。

5年生でクラス替えがあった時だ。
Aちゃんと初めて同じクラスになった。
担任は若い男の先生で、席を自由に決めていいよと言うタイプの先生だった。
Aちゃんが「隣同士になろう」と言うので、隣の席になった。
Aちゃんとも、そこまでまだ仲良くなってはいなく、私はまだ、人見知りの真っ最中だった。

ある日───

国語の授業中だった。
私は手を挙げていた。

Aちゃんは手を挙げておらず、自信なさそうに、私に自分の考えた答えを、手を挙げている私に教科書を指差しながら「ここ、○○って書いてあるよね」とコソッと話しかけた。

「ほんとだねー」なんて話していたら、突然、私が当てられた。

急にみんなの注目が集まって、私はあがってしまい、頭の中が真っ白になってしまった。

「あ、あ…」

(どうしよう、何か言わなきゃ…)

素直に「忘れました」って、言えば良かったんだ。それが正解だった。だけど私は間違えてしまった。

頭が真っ白になってパニックになった私は、とっさに、直前にAちゃんが話してくれた答えを「○○です」と、言ってしまった。
せめて、「Aさんが考えた意見です」とフォローの一つもすれば良かったのだが、そんな気も回らなかった。

何を言ったかさえも記憶にないくらい、緊張してしまっていた。

先生は「よく気がつきましたね」かなんか言ったと思う。

───その瞬間から、悪夢が始まった。

椅子に座った瞬間、Aちゃんがつぶやく。

「・・・私が言おうと思ってたのに」

「あ・・・。ご、ごめん」

始まった無視と嫌味

さっきまで明るく朗らかだったAちゃんは、黙りこくってしまい、何を話しかけても、無視される。
不機嫌そうな顔をして、あからさまに「ふんっ」とそっぽを向く。

次は音楽の時間だった。
教室移動も、私のことは無視をして、他の友だちとさっさと行ってしまった。

私は、彼女の態度の急変に戸惑ったが、切り替えて他の子と音楽室に向かった。

私が他の子たちと明るく話しているのもまた、Aちゃんの機嫌をさらに損ねてしまったようだった。

音楽室でAちゃんに話しかけられた。
「私がさっきからなんで機嫌が悪いか分かる!?」
「・・・ごめんね。緊張して、頭が真っ白になって、何を言えばいいか分からなくなっちゃって・・・」

素直に謝ったのだが、逆なでしただけだった。

「人の意見を横取りしておいて、そんな言い訳までするんだ!信じられない!ねこちゃんがそんな人だとは思わなかった!!ねこばば!泥棒!大嫌い!もうあんたとは絶交!!」

「・・・ごめんね」

盗ったつもりは全くなかった。Aちゃんをそんなに傷つけるなんて、思ってもいなかった。
今思えば、Aちゃんの怒りも当然だと分かる。
早熟で繊細なAちゃんに比べて、私はなんと幼かったか。

──今の私なら、こんな失敗はしなかっただろう。
まず、真っ白になったとしても、Aちゃんの意見は言わなかった。
仮に言ってしまったとしても、すみません、私じゃなくてAさんが考えたんです、とフォローする。
そして、Aちゃんに全力で謝る。
「本当にごめんなさい。私が手柄を取っちゃったみたいになって、Aちゃんに嫌な思いをさせちゃったよね。Aちゃんと話してたら突然当てられてびっくりして、頭が真っ白になって、パニックになっちゃって、、気付いたらAちゃんの話してくれたことを言っちゃってた。Aちゃんを傷つけるつもりは全然なかったんだ。信じてもらえないかもしれないけど、ほんとにごめんなさい」

そんなことを、後から思っても、どうしようもない。
悔やんでも、当時のAちゃんも私も救われない。

2年間続いた嫌がらせ

その日から、私の学校生活は一変した。

Aちゃんには、しばらく無視され続けた。
そのうち仲直りもしたが、ことあるごとに、国語の授業での一件を引き合いに出され、「私、根に持つタイプなんだよね~」と、まだ許してないことを強調された。

主に4人グループで行動していた。
Aちゃん、Bちゃん、Cちゃん、そして私。
Aちゃんのお気に入りはBちゃん。
Bちゃんは私の保育園からの近所の幼馴染で、遠い親戚でもあり、今でも地元に帰ってきたときは会う仲だ。そのBちゃんと私は苗字が同じで、よく比較された。
「Bちゃんは~なのに、ねこちゃんは~だね。同じ『ねむたい』さんでも大違いだね」

Bちゃんは優しくて、明るくて、スポーツも勉強もできて、可愛くて、ロングヘアで、おまけにユーモアもある、男の子にも女の子にも人気のしずかちゃんみたいな子だった。
もちろん、私もBちゃんが大好きだ。

Bちゃんは、私が保育園の頃からいじめっ子の標的にされがちなことも知っていた。
面と向かっていじめっ子に立ち向かうことはないが、後からこっそり、「私はねこちゃんの味方だからね」と、声をかけてくれる優しい子だった。

だけど、当時の幼な過ぎる私は、それさえも勇気のいることだなんて、気付いてなくて。Bちゃんも助けてくれないことに、Bちゃんにも嫌われたと思い込み、孤独と絶望を感じてい。。

Aちゃんは、いつも私に嫌味を言ってきた。
完全に彼女のサンドバッグと化していた。

なんというか、ドラマで言うと、お金持ちの家に嫁いだ嫁と姑のような関係だった。私にだけ、とても嫌~な感じで、話しかけてくる。

「ねこちゃんはお子ちゃまだからわからないとおもうけど~」
「なんとかは風邪ひかないって言うもんね~」
「私、思い込みが激しいタイプなんだよね~」
「ねぇ、私、ひどいことしてる?」
「なんで待ってるの!?さっさと行きなよ!」

彼女は繊細なうえに気性が激しいタイプで、コロコロと態度を変えた。
私の一挙手一投足に、腹を立てた。

私は、学校に行くのがとても憂鬱になっていた。
今日もAちゃんに怒られる。Aちゃんの機嫌を損ねないようにしないと。
明日は、Aちゃんに何て話しかけよう。
こう言われたら、何て返事をしよう。
ぐるぐると頭の中で考えた。
Aちゃんの顔と声を思い出すだけで、吐き気がした。

そんなAちゃんが笑って普通に仲良くしてくれる時だけは、すごく嬉しかった。仲良くなれたと思った。だけどやっぱり、Aちゃんの気まぐれな無視と嫌味は続いた。

小さな抵抗

クラス替えは2年に一度だった。
5年生のクラスは、卒業まで続く。
2年間、Aちゃんからの嫌がらせは続いた。

Aちゃんがいると、何も話せなくなった。
何か発言すると、上げ足を取って「なにそれ、ふんっ!」と機嫌を悪くさせる。時には「ねこちゃんがこんなひどいことを言った」と泣きまねしながら言いふらされる。
怖い・・・。Aちゃんが、怖い・・・。

6年生の2学期だったと思う。
Aちゃんに対して申し訳ない、怖い、と思っていた気持ちを、BちゃんでもCちゃんでもない、他のクラスメイトYちゃんに打ち明けた。
Yちゃんは、全面的に私の気持ちを受け止めてくれて、一緒に怒ってくれた。これからは私と一緒にいよう、と言ってくれた。

Yちゃんと行動するようになった私に気が付くと、Aちゃんは手のひらを反すように、
「私を裏切った」
「卑怯者」
「Yちゃんと絶交して」
などと、私をまた罵り始めた。

「ねこちゃんは私のもの!」と言ってくれることに、嬉しささえ覚えたが、でも結局、Aちゃんの態度は変わらなかった。

強くなろう。
Aちゃんの好き勝手にさせないぞ。
Yちゃんの力もあって、少し勇気が湧いた。
家で、鏡に向かって、こう言われたらこう返そう、と反論の練習をしたりもした。

学校でいつも通り、何か嫌味を言われたとき、特訓の成果を出す時が来た。
何かしら反論した。
Aちゃんは拍子抜けしたように一瞬びっくりしてから、
「いい度胸だね~。私に歯向かうなんて、10年早いわ!」と怒った。
私はそれを無視した。

私には褒められる資格がない

3学期になって、1年に一度、クラスから一人担任が選んだ模範生に表彰するというイベントがあった。
先生は、言わなくてもいいのにわざわざ生徒の前で「Bちゃんか私で悩んでいる」と、言った。
Bちゃん推しのAちゃんは、
「ねこちゃんは、この前私を無視したもんね~?ねこちゃんには賞状もらう資格ないよねぇ~?」
と私に言ってきた。

結局、私が表彰されることになって、嬉しかったけれど、複雑な気持ちだった。私は、本当に賞状をもらう資格なんて、なかったんじゃないか。
だけど、人生において賞らしい賞は、後にも先にも、その賞だけだった。
担任の先生に会えたなら、心の底から感謝していることを伝えたい。

そこの地域には、小学校と中学校がそれぞれ一校ずつしかない。
卒業しても、同じメンバーのまま中学生活を送ることになる。
幸い、Aちゃんと同じクラスになることは二度となかった。
それは本当に救われた。

とはいえ、Aちゃんのトラウマは、私の原体験として刻まれ、その後も私を苦しめ続けた。

まとめ

30年経った今でも、あの時の感情、情景がふと蘇ることがあります。
社交不安に向き合おうとすると、必ずぶつかる壁。
一歩踏み出そうとすると、決まって何かに必ず後ろから引っ張られるような感覚。

自分はダメな人間だ。
何かを発言すれば、嫌われる。
私を好きになる人なんていない。
私の存在は迷惑なんだ
褒められる資格なんてない。

どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。

今回、社交不安障害に向き合うにあたって、心の奥底でほつれていた糸を、少しほぐせたように思います。
Aちゃんを怖いと感じてきたけれど、そもそもの原因は自分にあったと思い出せた。けどそれは同時に「あがり症」のせいでもあった。

それに気づけたことで、過去の自分を責めるのではなく、受け止め直すことで、ようやく前に進める気がしています。

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