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【女子枠④】賛成派「実質的な機会の平等」vs.反対派「手段の合理性」

ほんごう小学校5ねん3くみのみんなと、女子枠について楽しく勉強しよう。

ゆうくん「いろんな主張を見てきましたけど、僕は、やっぱり女子枠に納得できないんですよ。どうして先生は、賛成派の肩ばかり持つんですか...…だけど!!そんなこと言われても!女子枠により不利益を被る男子学生がいるんだから!認められない!気持ち的に納得ができない!!」

実際に不利益を被る人がいる以上、「差別解消のための逆差別」と感じるのは自然なことです。だけどね、逆差別も、能力主義も、ぜーんぶ反論されてるんですよ。制度を作っている人たちだって、バカじゃありませんからね。先生だって、お気持ちは皆さんと同じで、違和感を感じています。

ただね、人の意見に反対するときには、まず相手の主張を理解することが必要なんだ。そうしないと、的外れな反論をしてしまうからね。賛成派の意見の大筋は押さえたので、今回からは、反対論をぶつけていくよ。

だからね、大きなお友達のみんなにお願いなんだけど、記事に「お前は女の味方をするのか!」「女子枠なんて、どう考えても不平等だろ!!」みたいな心無いコメントを書き込むのは止めてくださいね。先生は悲しいです。


女子枠を否定するのではなく程度を否定する


少しだけ今までの議論を振り返ろう。まずは機会の平等を通じて女子率の向上にアプローチするべきだけど、これは既に各大学が熱心に行っているんだったね。

かなちゃん「機会の平等のようなアプローチでは成果が出ないから、枠を割り当てて、結果の平等を目指すんですよね!」

そうだ。しかも、法の下の平等は、機会の平等だけでなく、結果の平等まで含むと解釈できるから正当化されるんだった。

さらなる反論としては逆差別があった。法の下の平等は差別は禁止するけど、異なる扱いは認めるんだ。収入により所得税が異なることを差別と呼ぶ人は少ないだろう。何でもかんでも平等にすれば良いものではない。

他の反論としては、能力主義もあった。だけど、構造的差別を是正するための女子枠なのだから、今までと同じ基準では評価することはできない。個別の試験を実施するのは合理的だ。それに、基準が異なるだけで、能力は審査されているという建前ではあある。

女子枠反対論者が根拠とする、平等権の侵害、逆差別、能力主義への違反は、全て反論されてしまっているんだ。ここの話は一番最後で、もう一回整理するから、今までの記事を読んでないお友達も安心してね。

かなちゃん「女子枠反対論者の言説は、ほとんど否定されているのですね!」

ゆうくん「うーん。理屈としては分からなくもないけど。だけどさ、枠の割り当てはさ、さすがにやりすぎじゃないかな」

ゆうくんのように感じる男性は多いだろう。いくら理屈で説明されたところで、なんかおかしいよな、と感じる気持ちはあるだろう。

少し見方を変えてみよう。アファーマティブアクション、そのものを否定することは難しい。逆差別や能力主義については議論が行われているからね。だけど、女子枠がやりすぎだと主張することはできる。
女子枠反対論者は全面否定に走る傾向にあるけど、程度問題に訴えることが現実的なんだ。


憲法学者の辻川先生も「厳しい手段ほど憲法違反や法律違反の可能性が出てくる」と指摘しているね。

ポジティブ・アクションには、最も厳しい手段から軽い手段までいろいろあり、厳しい手段ほど憲法違反や法律違反の危険性が出てくるわけですから、軽い手段で目的が達せられればそれにこしたことはないわけです。
ところが、それではなかなか埒が明かないということから、だんだん厳しい制度を導入する必要がでてくるわけです。

基本問題・影響調査専門調査会女性の活躍促進ワーキンググループ(以下WG)第二回:議事録

手段の合理性との緊張


ゆうくん「どのくらいの厳しさなら良くて、どのくらいがやりすぎかは、どうやって決めるんですか?」

良い質問だ。ここからは憲法の話をするから少し話が難しくなるけど、分からなくても、なんとなく理解できれば大丈夫だからね。

・違憲審査基準:厳格な合理性の基準(中間審査基準)と合理性の基準
制度や法律が憲法に違反していないかを判断する際には、違憲審査基準と呼ばれるものに照らして判断される。ところが、内容により用いられる基準は異なる。ここでは、厳格な合理性の基準と合理性の基準を取り上げよう。

・厳格な合理性の基準(中間審査基準):目的が重要で、かつ、手段との間に実質的関連性があれば問題ない
・合理性の基準:目的が合理的で、手段との関連が合理的であれば問題ない

例えば、公園コンサートの音響管理のために、市が指定する業者から恩教材を購入するように指示する場合では、厳格な合理性の基準(中間審査基準)が用いられるだろうね。直接的に表現の自由を侵害するとまではいかないけど、一定の制限を加えているからね。
一方で、コンタクトレンズの販売には処方箋が必要、みたいな経済活動の自由を規制する程度であれば合理性の基準が用いられるだろう。

・判例では合理性の基準
女子枠に話を戻そう。判例では、合理性の基準が用いられている。つまり、緩やかな審査基準が女子枠には用いられているんだ。当然、合憲と判断されやすくなる。

判例では「性別」に基づく区別に関する憲法第 14 条第1項の適合性の判断基準について、これよりも緩やかな「合理性の基準」が用いられており、ポジティブ・アクションの場合も立法裁量が広く認められると考えられうる。もっとも、最近の判例では、「自らの意思や努力によっては変えることのできない」事柄に基づく区別について、「慎重に検討する」という萌芽がみられる。

同上。太字は筆者による

文部科学省の資料を見てみても、「合理性の基準」を想定していることが伺えるね。

文部科学省HPより

ゆうくん「え?結局は、合憲ってことですか?」

・法学説では、厳格な合理性の基準(中間審査基準)
ところが、法学説を参照してみると、厳格な合理性の基準(中間審査基準)を用いるとの見解が多数だ。つまり、非常に厳しく審査をするということだ。当然、違憲と判断されやすくなる。

法学説上は、「性別」に基づくポジティブ・アクションが憲法第 14 条第1項に適合するか否かの判断基準については、「厳格な合理性の基準」(中間審査基準)を用いるという見解が多数である。すなわち、目的が重要で、かつ、手段との間に実質的関連性がある場合に合憲となると解される

基本問題・影響調査専門調査会 平成24年12月。太字は筆者による


ゆうくん「判例では緩やかな基準だから合憲と判断されやすいけど、法学説では厳しい基準が用いられるから違憲と判断されやすい、ってことですよね。だけど、なんで判例と学説で判断が異なるんですか?」

学説は最善の審査枠組みを追求する一方で、裁判所は個別事件の解決を目的としているから、慎重な判断を行う傾向にあるんだ。あんまり政策の是非に口出しをすると三権分立を侵害することになっちゃうしね……

かなちゃん「合理性の基準だと、目的が合理的で、かつ手段との関連が合理的であれば問題ないんですよね。女性活躍のために女子学生比率を向上させるという目的は合理的だし、そのために女子枠を設けることも合理的、だと言えると思います!」

ゆうくん「厳格な合理性の基準(中間審査基準)を用いると変わりそうだな。女子学生比率を向上させるという目的がどれほど重要かは疑わしい。重要か、は人によって判断が異なるからね。そのために女子枠を設けることが実質的関連性を持つのかも疑わしいね。より緩やかな他の手段が無い場合に限り合憲と判断されるはずだ。女子枠よりも穏当な手段は、いくらでもあるだろうからね」

ちょっと難しい話が続いたけど、よくついてきたね。簡単にまとめるね。裁判のときには緩やかな基準が用いられているから合憲と判断されているけど、本当は(法学説では)厳しい基準を使って違憲と判断される可能性があるんだ。

ここまでの議論の整理

一回、ここまでの女子枠論争を整理してみようか。賛成派・反対派の主だった議論を見てきたね。みんなには議論が噛み合わない構造を感じ取って欲しい。

①賛成派「実質的機会の平等」vs.反対派「形式的機会の平等」

まず、賛成派は実質的機会の平等を、反対派は形式的な機会の平等を主張する。この点で食い違っている。実質的機会の平等も法の下の平等から導かれる。憲法14条には実質的機会の平等が含まれているから、アファーマティブアクションは合憲と判断され、その程度についてのみ憲法は関心を持つんだったね。

②賛成派「実質的機会の平等」vs.反対派「逆差別」

次に、それでも反対派は、実質的機会の平等のために、新しい不平等が生まれることを主張する。差別のための逆差別、ってやつだ。
ところが、社会的弱者に対して手厚く保護を与える。だから、必ずしも、完全なる平等を求めるわけではない。大きな不平等を解消するために、小さな不平等が生じることを許す場合もある。

③賛成派「実質的機会の平等」vs.反対派「能力主義への違反」

能力主義への違反への違反を主張しようにも、その能力を評価する側がマジョリティなんだから、マイノリティに不利な基準で評価してしまっているかもしれない。これが構造的差別だったね。もし仮に女子枠での入学者が能力的に劣っているように見えたとしても、それは私たちがマジョリティの基準で評価しているからかもしれない。能力的に劣ってるに決まってるだろ!って、お気持ちは分かるけど、構造的差別を是正するための措置を、構造的差別を振りかざして否定するのは、結論先取だ。

④賛成派「実質的機会の平等」vs反対派「手段の合理性」
実質的機会の平等の確保は認められているし、逆差別問題もクリアされている。残るは、手段が合理的であるかだ。ここは、憲法学者間でも論争が起こっている。もし反対したいのならば、ここを突くのが良いんじゃないかな。

みんなに感じて欲しいことはね、ネット上で起こっている論争の大半は①~③の話をしていることだ。だけど、政策担当者もバカじゃないから、よく考えて制度を作っている。

みんなが飲み屋で愚痴を言いたくて批判するなら正しさなんて関係ない。だけどね、本当に反対したいとか、改善したいと思うなら、きちんと今までの議論を踏まえるべきじゃないかな。この記事は、そのために役立ったら嬉しいなと思って書いているよ。


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