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連載小説『夏彩の別れ』第4話(全9話)【note創作大賞2026_恋愛小説部門応募作品】

【あらすじ】
父が、突然亡くなった...。
知念皐月(ちねんさつき)と妹の芽依(めい)は還暦を迎える母のことが心配で仕方がない。残された家族は右往左往するしかない。
それぞれが抱える寂寥感のさなか、父を敬愛して止まなかった会社の元部下が現れる。現在は僧侶を務める御坊英二(おぼうえいじ)は、後日家にきた。彼を通じて少しずつ理解していく父のこと。
母の孤独の隙間を埋めるべく姉妹二人は必死にもがき続けるが...。
一人より二人がいい。二人より三人がいい。
信じ合うことは、助け合うこと。
母を巡る人間模様と家族の再生を描く。
『出会いと分かれ』或る家族の、夏の物語。
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【第1話】⇩

【第2話】⇩

【第3話】⇩

【第4話】⇩

 御坊さんが帰ってから、母と私とメイの三人で久しぶりに温泉に行くことになった。向かう先は、近所の『別府温泉地獄街(がい)』と呼ばれる温泉が複数連なる小高い場所。
 ゆっくり歩いていると、至る所から湯気と噴気が昇ってくる。何より、特有の強い硫黄の匂いがする。マンホールの蓋、排水口が勢いで外れ出(い)でてしまいそうだ。
 「ほら。稔雄さん居た時、昔、こうやってサツキとメイも行ったのよ...地獄街」
 母は懐かしむように、遠くを見つめる素振りをした。
 「メイ、覚えてないもん!」
 妹のメイは、覚えていても思い出したく無いという風に返し、『ケロリン』と印字された黄色いプラスチック製の湯桶をひっくり返す。
 「ほら、見えた!」
 私は思わず声を上げて、赤い鬼のキャラクターを指差した。
 地獄街へようこそ!と赤字で書かれた看板がアーチ状になっていて、私達三人はそれを「せーの」で勢いをつけてくぐった。
 大きな案内図には、山地獄、海地獄、かまど地獄、鬼山地獄...観光客にいかにインパクトを与えようかと、必死に趣向を凝らしたアピールが目を引く。
 まだ夕方で、海外からの旅行者も大勢いた。何も中国からの来日者が激減しようとも、インバウンド需要は終わっていない。様々な言語で温泉ついての会話が飛び交う。こんな小さな街で異国人交流会が毎日行われているみたく。
 「オー、レッド!オー、ブルー!オー、ピンク!オー、イエロー!オー、グリーン!オンセン!オンセン!オンセーン!」
 南米風の中年男性はかなり興奮した様子だ。たしかに、温泉の湯の色が彩り豊かなのは一種のカルチャーショックなのかもしれない。
 「父ちゃん。今頃、赤鬼に金棒でしばかれているのかな?」メイは、唐突にせせら笑った。
 「こら、メイ!お父さんのこと揶揄しないの!」
 「じゃあ地獄湯じゃなくて、極楽湯ね?」
 「それは、知らん」と母は呆れ顔。
 テンションの上昇に合わせるように、私たちは会話が弾んだ。
 「御坊さんは、父ちゃん天国に居る、って言っていたよ!」メイが、母の突き放したような発言に蓋をするように語気を強めた。私は、またそのネタか...と嫌気が差したように、顔を背けた。
 足元のマンホールの蓋がカタっと音を立てる。
 「じゃあ、この赤色の温泉『鬼山地獄』で」
 母は案内図を指差し、私に従うようにと目で合図をした。強めの自己主張みたく。
 「いらっしゃい!」
 扉を開けると、蒸気と湯気のせいで中が全く見えない。かなり視界が悪かった。
 ぼんやりとした中で、女性の番頭さんに入湯料三人分を渡すと「行ってらっしゃい!」と挨拶の勢いそのまま、背中に向けて威勢よく言葉をぶつけてきた。
 私達三人はバスタオルで身体を覆うと、大きな湯船の方へ向かう。
 「なんか、ドキドキするね」むずがゆい緊張感が押し寄せてきた。
 「なんか、昔、稔雄さんと新婚旅行で行った愛媛の道後(どうご)温泉を思い出してね」「えっ、父ちゃんと?」「貸し切りの混浴、だったの。今さら...だけどね」
 母はフフッと笑みを浮かべる。
 あっガラガラガラー、とレトロなガラスの扉をスライドさせると、霧が立ちこめたみたく幻想的な光景が覗く。
 「わぁ、露天温泉だ!」
 まるで、女子高生の卒業旅行のようなテンションで喜び勇んだ。
 目の前に木製の大きな湯船が見える。
 私はぬるま湯を身体に満遍なくかけてから、ゆっくりと歩いて湯船へ。母とメイも予(あらかじ)め示し合わせたかのようにこちらに向かってくる。
 沢山の人達が競い合うように、湯船のポジションを巡って牽制し合っていた。世界一の名湯処と呼ばれる別府温泉が徒歩圏内にあることは奇跡である。私は、いまさらながら当たり前に思っていたことを感謝した。でも、世の中に存在する事象や物事には必ず限りがある。人間だって同じ。だから、後悔のない人生を送らなくてはならない。
 「あー。なんか...癒される」
 母は、恍惚な表情を浮かべる。
 「人生のハッピーエンディングみたいだね」
 湯船に浸かって、久しぶりの親子水入らず。自然と気分が高揚し、さらに会話が弾む。
 「ワタシ、このまま、全て、終わってもいいかなって思う...」
 「えっ、お母さん?何が?」
 全てを諦めたような覇気の無い声だった。聞いてはいけないフレーズが発せられた。まるで、湯船の中で思わず出た無味無臭のオナラみたいだった。
 「母ちゃん、ダメよ。父ちゃんの分まで生きなきゃ!」メイが首を激しく振る。
 「そうね...」
 母は正気に戻ったように、ゴメンを繰り返す。湯を両手で掬い、自らの胸の付近に優しくかけた。
 実は、メイとは母へある想いを秘めていた。
 【母に、もう一度、恋をして欲しい】
 湯船に母と向かい合わせになるように浸かる。メイと私は隣り合わせでニコニコ笑って座っている。私は湯船の底から手を差し出すように、メイの腰付近に軽く触れた。
 「せーのっ」
 「御坊さんのこと、どう思う?」
 突然の私達からの質問に、母は苦笑いをした。
 「どうって、何?」
 「だから、御坊さんって男としては?って、訊いてるの!」
 少し迷惑そうな表情をした。
 周囲から雑音がした。
 少しの沈黙があった。
 「まぁ、嫌いじゃないけど。よく分からない...」
 母は、戸惑ったような表情だ。
 決して私達が父性を欲っているわけではなく、還暦を迎える母の生き甲斐だったり、残りの人生を考えた上での発言だった。
 「でもお母さん。私達二人は、いつか、嫁に行くかもしれないよ...」
 「そうね...」と、寂しそうにつぶやく。
 「お母さんに寄り添ってくれる生涯のパートナーが欲しい」
 私は自らの恋愛事情のように語気を強め、母の手を堅く握った。久しぶりに触れたそれは柔らかくどこか懐かしかった。母と歩んできた道程をまざまざと思い起こさせ、甘酸っぱくも豊穣な香りがした。
 「熱いね。そろそろ、上がろうか」母は火照った顔で私達を促した。
 「なんか、久しぶりに三人で温泉に入ったね」
 こう言って私達の分までバスタオルを取ってくれた。
 洗面所にはドライヤー、櫛、化粧水、歯ブラシ、ヘアゴムなどあらゆる無料のアメニティー商品が並んでいる?
 即席品評会が始まる。
 「サツキ、何か少し太ってきたんじゃない?」
 「お母さん、あんまりジロジロ見ないで!」
 「ほら、メイも男好きする体型になってきたね」  
 母はニヤニヤする。
 「お姉ちゃんが一番グラマーだから!」
 「なんか、私たち三姉妹みたい!」鏡から映るすっぴん姿はそう見えなくはなかった。
 「そうね。年が少し離れた三姉妹ね」母は自虐的に笑った。
 ガラスの扉を開けて外に出た。
 時間はゆうに十八時を回っていたが、空にはまだ夕陽が残っている。
 「ワーッ」メイが急に奇声を上げた。
 私達は出口で待ち構えていた、鬼の着ぐるみを着た『地獄戦隊鬼ちゃんジャー』に出食わした。別府温泉街の新しいイメージキャラクターだという。
 母は、レッド、グリーン、ブルー、イエロー、ピンクの五体に揉みくちゃにされながらも相好を崩していた。
 久しぶりの別府温泉地獄街(がい)巡りは無事成功裏のうちに終わろうとしていた。気分良く一本の500mlの缶ビールを、母とメイ、私の三人で回し飲みしながら急傾斜を下った。行きはマンホールの底から鼻を劈(つんざ)く硫黄臭が酷かったが、私たちのひどいアルコール臭が蔓延していた。
 「サツキどう?さっきの中でタイプとかいた?」
 「体格がガッチリとしていて、筋肉質な男の人が多かったね」メイはこう言うなり、ケロリンと記載された黄色いプラスチックの湯桶をクルリと回す。質問を受けた私より明らかに先にこう答えて、母の話に前のめりになって聴いていた。メイも本心から母に女性としての幸せを掴んで欲しいと思っているのが伝わってきた。
 私は...と言いかけたが、その前に母がメイの話に被せてきた。
 「あの真ん中の赤い鬼は情熱的で、優しそうで守ってくれそうな雰囲気があった。
 「じゃあ、ブルー鬼ちゃんジャーがいいかなー」私は、にべも無い様子で「ブルー鬼チャンジャー!」と変身のポーズをした。
 「お母さんは?」
 母は内股になって「ピンク鬼チャンジャー!」と変身ポーズを決めてきた。
 「こりゃダメだなー」と赤鬼の形相が脳裏に浮かぶ。
 「何かお腹空いたね」
 母はそう言うと、自分の声でグゥーとお腹が鳴る音のモノマネをした。
 母は突然顔をグッと近付けてきた。それを見て反射的に苦笑してしまった。
 「ほら。食欲と睡眠欲と...」母はニヤけながら言う。
 「性欲!」
 私は思いついたまま叫んだ。メイは呆れたように何も言わなかった。
 「...で、お母さんは、何が食べたいの?」私が品性もなくぶっきらぼうに返すのを見て、メイが笑った。
 アルコールが体内を回っている母は、少しだけ面倒くさい存在になっていた。
 「お...おっ」と母。
 「おっ?」とメイは目を丸くした。
 「おおっと」私も会話に乗り遅れないように声を発した。だって、その場の雰囲気で、誰かが「御坊さん」と言いそうだったから。
 私も母の話に付き合ううちに、突如眩暈(めまい)に襲われて、気分が悪くなってきた。
 「サツキ、酔っ払っているの?」
 私は思わず、酔っているのはアンタだろうと言いかけた。
 スマホを使って自らの顔を写す。
 母が言うようにアルコールのせいで少し赤ら顔ではあるから、そうとも捉えられる。どう贔屓目に見ても、湯上がり後の毛細血管拡張によるものではない。残念ながら。
 母をスマホで撮影してみる。
 「はーい、お母さーん。一枚撮るよ」
 思い切って発声してみると、明らかに違う。ヘリウムを吸い込んだ後みたいに、少し声が上擦っている。なんか、急に老化したような身体の変調状態が嫌だった。自分は至って普通を装っているはずなのに。身体が急に制御が効かなくなったみたいだった。
 母は無邪気にダブルピースを見せた。私もテンションが上がってしまい、気がつけばすれ違う女性外国人に写真撮影をせがんでいた。父が亡くなって以来、久しぶりに集合写真を撮った。
 「これ凄くいい写真!」
 メイが叫んだ。
 「サツキ、やっぱりあんた酔っぱらっているでしょっ?」
 そうお道化(どうけ)て言う母を見て、メイと私は指を差して笑った。
 兎にも角にも、スマホの写真に収まっている母は凄く幸せそうだった。
 父が亡くなってからずっと願っていた、何げないささやかな幸せを噛み締めていた。

『夏彩の別れ(なついろのわかれ)』
【第4話完】
【第5話に続く】⇩

#note創作大賞 #恋愛小説部門

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