見出し画像

私は、なぜ毎日書くのか。書かないと、観測が理解に変わらないからだ。

よそおいさんの、毎日書く理由についての記事を読んだ。

かなり共感した。

毎日書く人には、それぞれ理由がある。

自分を残すため。

考えを整理するため。

読者とつながるため。

仕事にするため。

習慣として続けるため。

あるいは、書かないと自分が消えてしまうような感覚があるから。

そのどれも分かる。

ただ、自分の場合は少し違う。

私は、書かないと自分が消えるというより、観測したものが理解へ変わらない。

日々、いろいろなものを見る。

ファッション。

AI。

カルチャー。

学校。

SNS。

欲望。

所有。

生活。

人間関係。

それらに対して、何か引っかかる。

でも、その時点ではまだ言葉になっていない。

ただの違和感である。

なぜ気になったのか分からない。

何に反応したのか分からない。

何と何がつながっているのか分からない。

それを放っておくと、ただの感情の揺れとして流れていく。

少し嫌だった。

少し面白かった。

少し怖かった。

少し気持ち悪かった。

それで終わる。

でも、文章にしようとすると、そこで初めて構造が見えてくる。

なぜ自分はそれに引っかかったのか。

どこに矛盾があったのか。

何と何が接続されていたのか。

自分は本当は何を見ていたのか。

書くことで、観測が理解へ変わる。

だから私は書いている。

1. 違和感は、最初から意味を持っていない

違和感は、最初から意味を持っているわけではない。

むしろ、ほとんどの場合、最初はかなり曖昧である。

なんか変だ。

なんか気になる。

なんか嫌だ。

なんか面白い。

なんか引っかかる。

このなんかの段階では、まだ記事にならない。

ただの反応である。

たとえば、BEAMSが体制側に見えた時もそうだった。

最初は、BEAMSって、いつからこんなに体制側になったん、という違和感だった。

でも、そのままだとただの文句で終わる。

そこから、カルチャーと行政の距離、地域創生、文化発信、体制側に吸収されるカルチャー、という構造へ展開していくことで、ようやく文章になる。

さらにその後、カルチャーは勝った瞬間に少し死ぬ、という話にもつながった。

最初からそこまで見えていたわけではない。

最初にあったのは、ただの違和感である。

でも、書くことで、その違和感がどこへつながっているのかが見えてくる。

だから、違和感はそのままだと弱い。

しかし、分解すると強い。

私にとって書くことは、この分解作業に近い。

2. 書くことは、自己表現というより研究である

書くことは、よく自己表現として語られる。

もちろん、それも間違いではない。

文章には、その人が出る。

何を見るか。

何を嫌うか。

何に惹かれるか。

どんな言葉を選ぶか。

どこまで踏み込むか。

そこには、その人の輪郭が出る。

でも、私にとって書くことは、自己表現というより研究に近い。

感情を書いているのではない。

違和感を分解している。

思いつきを語っているのではない。

観測結果を検証している。

日記を書いているのではない。

現代の空気を標本化している。

たとえば、BeRealについて書く時も、単にこのSNSが面白いで終わらせたいわけではない。

なぜZ世代に刺さったのか。

なぜ盛らないことが安心になるのか。

なぜ自己演出の責任をシステム側が引き受けると楽になるのか。

そう考える。

そこまで行くと、BeRealは単なるアプリではなく、現代のSNS疲れを観測する標本になる。

欲望について書く時も同じである。

何かが欲しい。

それだけなら買い物の話で終わる。

でも、なぜそれを欲しいと思ったのか。

誰に欲しいと思わされたのか。

その欲望は本当に自分のものなのか。

そう考えると、消費は自己認識の問題になる。

書くことで、ただの出来事や感情が、構造へ変わる。

この変換が、自分にとってかなり重要である。

3. 書いたあとに、初めて分かることがある

書く前から、すべて分かっているわけではない。

むしろ、書き始める時点では、かなり分かっていない。

タイトルだけある。

違和感だけある。

一文だけある。

でも、まだ結論はない。

書きながら、少しずつ見えてくる。

ああ、自分はここに引っかかっていたのか。

これはファッションの話ではなく、身体の話だったのか。

これはSNSの話ではなく、自己演出の責任の話だったのか。

これは消費の話ではなく、欲望の出どころの話だったのか。

これはカルチャーの話ではなく、市場化と制度化の話だったのか。

そうやって、書いたあとに初めて、自分が何を考えていたのかが分かることがある。

だから、書くことはアウトプットではない。

少なくとも、自分にとっては、すでに完成した考えを外に出しているだけではない。

むしろ、書くことで考えが定着する。

書く前の自分は、まだ分かっていない。

書き終えたあとに、ようやく分かる。

この順番である。

だから毎日書くことには意味がある。

毎日発信するためではない。

毎日、自分の観測を理解へ変えるためである。

4. AIは整理できる。でも違和感は代わってくれない

AIも、この話に深く関係している。

AIは、かなり使える。

文章の整理。

構成の比較。

言い換え。

論点の補強。

抜けている視点の確認。

タイトル案。

導線の整理。

そういう部分は、かなり任せられる。

つまらない整理や言い換えに時間を取られすぎなくてよくなった。

これは大きい。

ただし、AIは何に違和感を覚えるかまでは代わってくれない。

何を見るか。

何に引っかかるか。

何を問いにするか。

どこまで踏み込むか。

どのリスクを取るか。

どこに美意識を置くか。

そこは自分で引き受ける必要がある。

AIは、観測を整理する道具にはなる。

しかし、観測する主体にはなれない。

少なくとも、私にとってはそうである。

自分が何に引っかかったのか。

なぜそれを記事にしたいのか。

何を言うと、少し危ういのか。

どこに言葉を置くと、自分の感覚に近いのか。

そこは、自分が決めるしかない。

だからAI時代に書くことは、むしろ観測の重要性を強める。

誰でも文章は整えられる。

誰でも構成は作れる。

誰でもそれっぽく書ける。

だからこそ、何を観測しているのかが問われる。

文章力より先に、違和感の精度が問われる。

5. noteは発信場所ではなく、観測装置である

自分にとってnoteは、ただの発信場所ではない。

もちろん、読まれたい。

スキも嬉しい。

フォローも嬉しい。

シェアも嬉しい。

有料記事が読まれることも、メンバーシップに入ってもらえることも、かなり嬉しい。

でも、それだけではない。

noteは、自分にとって観測装置である。

何を書いた時に反応があるのか。

どの違和感が届くのか。

どの記事が読まれるのか。

どのテーマが広がるのか。

どの文章が刺さり、どの文章が流れるのか。

それを見ることで、自分の観測もまた変わる。

読者の反応は、単なる評価ではない。

観測結果に対する返答である。

自分が見た違和感に、他人も反応するのか。

それは自分だけの感覚だったのか。

それとも、まだ言語化されていなかった共通の違和感だったのか。

そこが分かる。

だから、毎日書くことは、一人で壁に向かって話すことではない。

自分の観測を出し、反応を見て、また観測の精度を上げることだ。

6. Void Labは、研究を他者と続ける場所である

だからVoid Labも、単なる有料記事の置き場にはしたくない。

自分にとってVoid Labは、研究を他者と続ける場所である。

ファッション。

カルチャー。

AI。

欲望。

生活。

働き方。

学び直し。

人間関係。

それぞれの記事で扱っているテーマは違う。

でも根本では、同じことをしている。

違和感を観測し、構造へ変換し、理解へ近づける。

そして、それを一人で閉じず、同じ違和感を持つ人たちと共有する。

Void Labは、完成した答えを渡す場所ではない。

むしろ、問いを続ける場所である。

ラボメン限定Discordでは、ラボメン同士でファッション、カルチャー、AI、働き方、生活の違和感についてディスカッションしている。

そこでは、正解を急がなくていい。

まだまとまっていない違和感でもいい。

うまく言葉にできない引っかかりでもいい。

なぜか気になるもの。

なぜか嫌なもの。

なぜか惹かれるもの。

そういうものを持ち寄ることで、少しずつ構造が見えてくる。

自分は、読者というより、研究仲間が欲しいのだと思う。

ただ読んで終わる関係ではなく、同じ時代の空気を一緒に観測する人が欲しい。

7. 結論

私は、自分を残すために書いているのではない。

もちろん、結果的に文章は残る。

でも、目的はそこではない。

観測した違和感を、理解できる形へ変換するために書いている。

だから、書くことは自己表現というより研究である。

日々の引っかかりを、そのまま流さない。

なんか変だ、で終わらせない。

なぜ変なのか。

何とつながっているのか。

どこに構造があるのか。

自分は何を見ていたのか。

そこまで考えるために書く。

書かないと、観測は観測のまま流れていく。

書くことで、観測が理解へ変わる。

だから私は、今日も書く。

関連記事

カルチャーが市場化され、また地下へ移動する循環についてはこちら。

欲望がどこから来るのか、誰に欲しいと思わされたのかについてはこちら。

AI時代にファッションは何を作るのかについてはこちら。

Void Labでは、ファッション、カルチャー、AI、所有、消費、生活の違和感について継続して書いている。

月額980円で、有料noteはすべて読み放題。

さらに、ラボメン限定Discordでは、ラボメン同士でファッション、カルチャー、AI、働き方、生活の違和感についてディスカッションをしている。

完成した答えより、途中の思考や違和感が好きな人へ。

Void Labで待っています。


いいなと思ったら応援しよう!

Void 地下活動の燃料になります。いただいたチップは、生地代、糸代、絵の具代、画用紙代、制作や執筆のための活動費として大切に使わせていただきます。