海外出張中に事故で重体 会社がとるべき3つの対応
【連載】アジア安全講座 第4回
安全サポート株式会社
代表 有坂 錬成
駐在員・出張者を海外の危険からどう守るのか。今回は、現地で事故に遭った場合の対応。専門家が「結構多い」と話す出張中の死亡事故。会社は何をするべきか。(聞き手=編集長 岡下貴寛)
フェーズ1
交通事故で出張者が重体
中国内陸部の都市に出張中の社員。
現地のタクシーに乗車中、交通事故に遭った。
「社員は病院に運ばれたが意識不明」との一報が本社に入った。
――本社の担当者がすべきことは
まずご家族に共有しておく。第一報を入れることが大切です。
事故に遭った、病気で倒れた、亡くなったという事例自体はよくあります。
対応は、まず組織として動き出すこと。
大企業で担当者が慣れている場合は別ですが、一般の企業にとってはそんなに頻繁に起きることではありません。担当者には担当期間中に1件あるか、2件あるかという程度で、初めての経験ということも多いわけです。
事故に遭った出張者が意識不明、自分1人で対応しなきゃならない、どうしよう、と頭の中が真っ白になります。そういう時は、1人よりも複数人で対応した方がやっぱり間違いが少ない。
「こういう状況なら、こうした方がいい」などと、会話を積み重ねることで取るべき対応の方向性が見えてくるところもある。1人の頭の中よりも、言葉を交わした方が考えられる範囲が広がります。
――マニュアルは定めておくべきですか
最低限、誰が担当するのかは決めておくべきです。
交通事故の事例でいえば、対策に当たる人々。その関係者が集まり、どうしようかと相談できる体制について。
事故や事件が発生してから「誰が担当するか決めよう」などと言い出しても、何をどうすればいいのかという具体的な話までなかなか進まないんですよね。やはり担当が決まっていないと。
誰も進んでやりたいことではないですし、責任も非常に重いですから。押し付け合っちゃうんですね。あらかじめ担当だと決まっていれば、自分がやるしかないと覚悟を決めて、一生懸命に考えながら動きます。そういう意味で、担当が1人は決まっているというのは、一番大きなポイントです。

出張者も現地の災害に巻き込まれる可能性がある=タイ・パトゥムタニ県(NNA撮影)
――行うべき初動の対応は
連絡、そして手配です。
例えば、本人が意識不明で病院に担ぎ込まれていたら、現地に誰かが飛んで行かなければいけません。行くための手配や、実際に行ってやることの準備。入院や支払いの手続きとか、意識があれば日本食を持って行ってあげる、ということもあります。
現地の病院、警察、日本大使館などとの連絡。事故に遭った社員の家族が日本から行くことになりますので、その家族のアテンドもします。家族の方が現地語を話せればいいですが多くは難しいでしょう。病院の中で通訳してあげなければいけないかもしれない。いろいろあります。
――不明点が多い状況でも家族に知らせますか
はい。事故に遭ったかもしれないという不確実な情報であっても、不確実ではあるがという前提でそれなりに伝えていく必要があります。
家族には確実だという裏が取れてから知らせよう、という考えになりやすいのは分かります。会社の責任として、きちんと裏を取ってから知らせる。家族だって「間違えました」というような情報はやっぱり嫌ですよね。
でも、本当に意識不明の状態だったとしたら、次に連絡や確認が取れた時には「もう亡くなりました」という状態になっているかもしれません。それなら、意識不明という知らせが入った時点で、なぜ知らせてくれなかったんだという批判が出る可能性もあります。
だから「まだ確認は取れてないのですが、こういう情報がありました」ということは伝えておくべきです。
なお、そういった場合に備えては、本人のスケジュールや足取りを明確にしておくことが有効です。
例えば、一日一回の定時連絡。できれば朝と夕方、ホテルを出る前と戻ってからなどに安否確認の連絡をすると決めておく。それがあると何か大事故が報じられた場合でも、事故前の時間はまだホテルにいたなら、巻き込まれていないことが分かります。さまざまなケースから可能性を狭めていけます。
なお、医療機関は救急の患者は受け入れますが、そこからの搬送は基本的に家族や会社の同意が必要です。その辺はやっぱり家族と常に一体で情報を共有していくしかありません。

フィリピン統計庁によると、2023年の同国の交通事故死者数は過去最多の1万3125人。
コロナ感染拡大の外出制限時を除き、悪化の一途をたどる(NNA撮影)
フェーズ2
医療搬送と費用
「本人は頭部を強打し、脳に出血がある」と現地の医師。
早期に上海へ搬送し、専門医の手術を受けるよう勧めている。

――事故に遭遇した際の費用はどうでしょう
一番問題になるのは搬送です。例えば、医療費や搬送費用は保険で出るけれども金額が低いという場合。医療費が数百万円分しか付いていない、という場合が結構あります。
中国の国内の搬送だけなら一応大丈夫とは思いますが、それでも果たして足りるかどうか。そして治療費で全部消費してしまうかもしれません。
会社としては、搬送や治療を含めて最低でも数千万円、できれば1億円位の補償がある保険に入っておくのがお勧めです。中国から日本への搬送もしばしばありますが、搬送だけで数千万円かかります。それに加え、現地の病院で高度な治療を受けると、一千万円単位の治療費が請求されます。
中国の医療費も結構高いのですが、米国は非常に高い。あっという間に数億円の費用になってしまいます。ICU(集中治療室)に入ると、1日100万円位かかるとかですね。
――高い保険が必要ですか
保険って、補償項目によっては限度額を引き上げても保険料は実はそんなに変わらない場合もあるんですよ。
例えば、医療費の補償限度500万円の保険を5000万円にしたから保険料が10倍になるわけではなく、ごくわずかな差に過ぎません。それなら限度いっぱいかけておいた方が安全です。
実際に保険を使うケースのほとんどは、出張者が米国でお腹の調子が悪くなって病院に行ったら数百ドルかかったというような規模のもので、その程度の支払いは限度額が500万円でも5000万円でも変わりません。
だから、限度額が低かったせいで支払いに苦しむのは本当にまれなんですけれども、本当に深刻な事故があった時の差はやはり大きいです。

フェーズ3
死亡時の流れ
上海に搬送し、可能な治療を尽くしたものの、
「本人が亡くなった」と医療機関から連絡があった。
――亡くなった場合はどうなるのでしょうか
亡くなった時は、対応が大きく変わります。特に、緊急性という点で。そこまで急ぐ必要はなくなる一方、ご遺族のお気持ちなどに配慮しながら、その後の対応を丁寧に丁寧に進めていくことが重要となります。
まずは、ご遺族との対面。ご遺族自身が現地まで赴くか、もしも高齢や健康状態などによって海外まで移動することが難しい場合は、日本でお迎えすることになります。
会社員の場合は、ご遺体のまま日本まで搬送することが多いです。その際は、腐敗の防止処理や特殊な搬送を行うため、それに応じた作業や費用を要します。
死亡時の搬送費用などもカバーする海外旅行保険に加入していた場合は、保険会社と提携する業者が全て対応を行います。
――実際にどのくらいの費用が掛かりますか
ご遺体の搬送においては、腐敗を防止する処置(エンバーミング)に100万円などがかかりますが、中国からのご遺体の搬送であれば数百万円ほどとなります。一方、生存する傷病者を搬送する場合は、搬送中の医師や看護師などの付き添いも必要となりますので、数千万円単位の高額な費用を要することが多いです。

日本人2人をはじめ、14カ国の人が命を落とした(NNA撮影)
なお、現地で火葬して遺骨で持ち帰ると費用面での負担はかなり軽減されるので、個人の場合は火葬を選ぶことも少なくありません(ただし、火葬できない国もあります)。必要な書類や手続きは、保険会社経由で専門の業者に依頼していれば教えてくれます。
――短期間の出張でも亡くなることがありますか
海外の出張先で亡くなるケースは少なくありません。
特に中国。お酒を飲み過ぎた、飲まされ過ぎたことによる急性アルコール中毒。行ってすぐに歓迎会があって、翌日もう亡くなったとか。あるいは送別会の翌日にとか。お酒をつがれたら飲まないといけないような風潮があり、飲まされる機会が危ないです。
会社としては、日本にご遺体を搬送してご遺族に引き渡す。自宅や自宅の近くの葬祭場などまで、しっかりとケアしなければいけません。
――そういうことは会社ごとに何か定めているものでしょうか
いえ、定めていないと思います。
どなたかがお亡くなりになった際、保険会社に連絡すれば手続きを進めてくれます。保険への加入がない場合は、平時から弊社のような会社や医療アシスタンス会社に、万一の場合の対応についてあらかじめご相談されるとよいでしょう。
有坂 錬成(ありさか・れんせい)
安全サポート株式会社 代表取締役 上席コンサルタント
三井住友海上でドイツ駐在、本社での駐在員送り出し業務、および危機管理業務を担当。1999年、外務省に出向し、官民合同の海外安全対策を担当。「誘拐対策マニュアル」の編集や「海外安全ホームページ」の基となったサイトの立ち上げにも携わる。

安全サポート株式会社
創業20年。海外派遣者の危機管理に特化した危機管理会社。社員の命を守るために必要な、全ての業務をワンストップで提供。顧客は企業、政府機関、大学、業界団体など幅広い。企業担当者向け無料セミナーも多数提供。https://www.anzen-support.com/
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