SaMDの参入障壁は、本当に「規制」なのか
私たちは、ずっと論点を間違えている
「SaMDは規制が厳しい。」
この言葉は、もう何度も耳にしてきた。
確かに、その見方は間違っていない。
SaMDの開発では、品質マネジメントシステム、リスクマネジメント、臨床評価、ソフトウェアライフサイクルなど、多くのことが求められる。
スタートアップにとっては、小さくない負担だ。
だから「参入障壁」という言葉が使われる。
しかし、私はその表現に、以前から少し違和感を持っている。
議論の焦点が、少しずれているように思うのだ。
業界と規制は、互いを誤解している
開発現場では、「なぜここまで求められるのか」という声を聞く。
一方で、規制の現場では、「なぜもっと早く考えなかったのか」という声を聞く。
どちらの言い分も理解できる。
そして、どちらも間違ってはいない。
問題は、お互いが違う景色を見ていることだ。
開発者は、製品を見ている。
規制は、その製品が社会に受け入れられる未来を見ている。
同じものを見ているようで、見ている時間軸が違うのである。
PMDAが見ているもの
業界では、ときどきこんな言葉を耳にする。
「PMDAは細かい。」
「要求が多い。」
「もっと柔軟になってほしい。」
そう感じる場面は確かにある。
しかし、PMDAが見ているのは企業ではない。
その製品を使う患者であり、医療従事者であり、社会である。
もし誤診につながったら。
もしソフトウェア更新で重大な不具合が起きたら。
もし品質が維持できなかったら。
その結果を引き受けるのは、企業ではなく社会である。
だから規制は証拠を求める。
だから品質を確認する。
これは企業を信用していないからではない。
社会との約束を確認しているのである。
業界もまた、伝え方を変える時期に来ている
一方で、業界にも変化が必要だと感じている。
申請資料を作ることが薬事ではない。
要求事項を満たすことが目的でもない。
本来、薬事とは「この製品は社会から信頼される」という根拠を設計する仕事である。
その視点が最初から開発にあれば、多くの手戻りは防げる。
規制は、開発の最後に現れるものではない。
最初から設計の中にあるものだ。
この発想への転換が、これからのSaMDには欠かせない。
本当の参入障壁
私は、「規制が厳しいこと」が参入障壁だとは思っていない。
本当の参入障壁は、業界と規制が互いの論理を理解しないまま、それぞれの言葉で話し続けていることだ。
開発者は技術の言葉で語る。
規制は社会的責任の言葉で語る。
どちらも正しい。
しかし、その間をつなぐ翻訳が足りない。
その結果、本来は同じ方向を向いているはずの人たちが、対立しているように見えてしまう。
私は、この構図を何度も見てきた。
だからこそ、日本のSaMDに今、本当に必要なのは制度改革だけではないと思っている。
互いの立場を理解し、互いの論理を翻訳できる人材を増やすこと。
それが、最も効果的な「参入障壁」の解消につながる。
技術だけでは、未来はつくれない
AIは進化し続ける。
SaMDも、これからさらに広がっていくだろう。
その一方で、社会が求める安全性や信頼性は、これまで以上に高くなる。
だからこそ、開発と規制を対立の関係で語る時代は終わりにしたい。
本来、その両者は同じ未来を目指している。
患者に安心を届けること。
医療をより良くすること。
その目的に違いはない。
違うのは、そこへ至るための言葉だけである。
もし日本のSaMDに、本当の参入障壁があるとすれば、それは規制ではない。
互いの言葉を理解しようとしないことだ。
その壁を越えられたとき、日本のSaMDは、ようやく次のステージへ進めるのではないだろうか。
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