古墳巡り|【大阪府堺市】世界遺産:百舌鳥古墳群 その④ 仁徳天皇稜を一周してきた時の話
世界遺産:百舌鳥古墳群に行ってきた時の話、その4です。
前回まではこちら。
仁徳天皇稜(大仙古墳)
言わずと知れた日本国内で最大の古墳です。世界でも最大級の墳墓になっています。三重の周濠に囲まれており古墳全体のサイズは世界最大とも言われています。
古墳最大長:840メートル
古墳最大幅:654メートル
墳丘長:525メートル
前方部:三段築成、後円部:三段築成
築造時期:5世紀中頃
墳丘長に諸説あるのは、周濠の水面下がどのようになっているかが不明なためだそうで、水面下の部分を合わせると世界最大の体積になるとも言われています。また、とある試算によると円筒埴輪3万基が墳丘や堤に並べられていたとも言われています。
この仁徳天皇陵を一周回って来たのと同時に、周囲にある陪塚を一緒に巡ってきました。陪塚も10基もあるんですよね。

画像真ん中が仁徳天皇陵古墳
周囲に陪塚が10基くらいあるんですよね。

古墳が大きすぎて全貌は全くわかりません。
巨大古墳あるあるですね。

一番外の周濠ですが先の法があまり見えません。
それほど大きいです。

おなじく一番外の周濠です。端がかなり遠いのがわかります。
拝所の近くには大仙公園観光案内所を兼ねた百舌鳥古墳群ビジターセンターがあって、そこで大仙古墳に関する展示が少しばかりありました。
面白かったのがレゴで古墳を象ったモデルですね。
半分が緑色のブロックで現在の様子、もう半分は白っぽいブロックで築造当時の様子を表していました。

ちょうど万博2025開催中だってのでその提供っぽいですね。
拝所の横に説明板があったので写真をパチリ。全体像がわかる航空写真があったので全体像がわかりますね。この拝所は写真の前方部からさらに左側の外堀のところにある白い部分です。全体からみるとちっさいですね。

当日は外国人観光客もたくさんいましたね。
この訪問した2週間後の2025年10月04日から「おおさか堺バルーン」という仁徳天皇稜を一望できる気球が運行開始をはじめました。残念ながら運行前だったので乗れませんでしたが、一回は乗りに行きたいなぁ・・・
ただ、風が強いと運行休止するみたいで乗るのが難しそうだなぁ。。と思ってます。
さて、1周廻りながら陪塚を見て回りましょう!
長塚古墳
世界遺産にも登録されている長塚古墳、二段築成の前方後円墳です。
築造時期:5世紀中頃〜後半
墳丘長:106.4メートル
後円部:径59.4メートル、高さ9.2メートル
前方部:幅75.2メートル、高さ10.6メートル
もともと周囲には周濠があったのですが現在は宅地になってしまっています。仁徳天皇稜の近いので陪塚のように見えますが、前方後円墳として形が整っていること、規模が大きいことなどから独立した古墳と考えられています。


収塚古墳
こちらも世界遺産に登録されています。仁徳天皇稜の陪塚のひとつです。
仁徳天皇稜の前方部南東の端にあります。もともと帆立貝形の前方後円墳でしたが、現在、前方部は削平されてしまっていて円墳状になっています。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:59メートル

ちょっとだけわかります?
銅亀山古墳
百舌鳥古墳群では珍しい方墳で二段築成の古墳です。仁徳天皇稜の前方部の南西、外濠に沿って造られています。なんか近くで工事してましたね。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:一辺26メートル以上

樋の谷古墳
仁徳天皇稜の外濠の内側にある円墳です。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:直径47メートル

丸保山古墳
仁徳天皇稜の後円部西側にあり、外濠に隣接して築造されている帆立貝形前方後円墳です。後円部が二段築成で周囲には周濠が築かれています。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:86メートル


菰山塚古墳
前方部が南側に向いた帆立貝形前方後円墳です。仁徳天皇稜の後円部西側、丸保山古墳の南西側に位置しています。もともとは周濠があったそうですが今は周濠はなくなってコンクリートで固められています。
ぱっと見、古墳とはわからないですね。これ。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:33メートル

永山古墳
仁徳天皇稜の北西側に位置する前方後円墳です。墳丘は二段あるいは三段築成と言われています。仁徳天皇稜の周囲に造られた陪塚としては規模が大きく前方後円墳であることも相まって、独立した古墳ではないかとも考えられています。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:100メートル

茶山古墳
仁徳天皇稜の中堤と一体化して造られている珍しい形式の円墳です。古墳の中堤と一体化している古墳はこの茶山古墳と後述の大安寺山古墳の2例しか見つかっていません。巨大古墳だからできたのかも知れませんね。
築造時期:5世紀中頃
墳丘径:56メートル

大安寺山古墳
茶山古墳の東側にあり、同じく仁徳天皇稜の中堤と一体化して造られた円墳となっています。中堤が外濠側に広がったステージ上に造られています。
写真だと外濠が写っていないのでわかりにくいですが。
築造時期:5世紀中頃
墳丘径:62メートル

源右衛門山古墳
仁徳天皇稜の北東側に造られた円墳です。二段築成で幅5メートルの周濠が巡っていました。現在、周濠はなく、その形を道路の色で表しているそうです。また、周囲は駐車上になっていました。
築造時期:5世紀中頃
墳丘径:26メートル

これは一部でほとんどは駐車場になってます。
塚廻古墳
仁徳天皇稜のくびれ部東側にある円墳です。外濠に接するくらいに位置しています。二段築成でかつては幅10メートルの周濠が巡っていて、墳丘上には埴輪が立て並べられていたそうです。粘土槨に納められた木棺が見つかっており、副葬品として鏡や刀剣、大型の勾玉などが見つかっています。
築造時期:5世紀中頃
墳丘径:32メートル

鏡塚古墳
仁徳天皇稜の東側に位置する円墳です。現在の墳丘は2.5メートルしかなくおそらく削られて閉まっていると考えられています。かつては周濠があり、その周濠跡から葺石や埴輪が見つかっているそうです。実はこの古墳だけ、JR線の外側(東側)にあります。探すのにちょっと時間を要しました。
現地でもそうでしたが、写真でもちょっとした盛り土にしか見えないですよね。スーパーの裏にありました。
築造時期:5世紀中頃
墳丘径:26メートル

孫太夫山古墳
仁徳天皇稜の南側、仁徳天皇稜の中心線上に築造されている帆立貝形前方後円墳です。この位置から仁徳天皇稜の被葬者と関係が深い人物の陵墓ではないかと推測されています。近年の調査では墳丘に葺石があったことなどがわかっています。
築造時期:5世紀中頃
墳丘長:65メートル

竜佐山古墳
孫太夫山古墳の西側に位置する帆立貝形前方後円墳です。埋葬施設や副葬品は明らかになっていませんが、周濠に落ちた埴輪や葺石が見つかっています。この時見つかった埴輪の特徴から仁徳天皇稜古墳よりも後の時期に築造されたことがわかっています。周濠が整備されていて形の良い墳丘を見ることができます。
築造時期:5世紀後半〜末頃
墳丘長:61メートル

周濠がきれいに整備されているのがわかります。

右側が後円部、左側が前方部になります。
狐山古墳
仁徳天皇稜の南西隅に位置する円墳です。調査の結果、幅5メートルほどの周濠があったことがわかっています。仁徳天皇稜の完成から遅れて築造されていますが、おそらく陪塚だろうと考えられています。
築造時期:5世紀後半
墳丘径:30メートル

わかりやすい円墳です。

手前に道路があって大仙公園の出口になっています。南西の端に造られているのがわかります。
ここまで、仁徳天皇稜の周囲を移動しながら周りにある古墳(陪塚とそれ以外)を見て回っていきました。1周見て回りながら移動してたっぷり2時間以上はかかったと思います。
ちょっと情報量が多くて疲れましたね。
堺市役所展望ロビーから
1周回って(実はそのあと堺市博物館に行った)そのあとどうしようかと思ったのですが、「堺市役所の展望ロビーからは見ておくべき」という話だったので、堺市役所まで移動し、21階にある展望ロビーまで行ってきました!
流石に仁徳天皇稜の全体像、墳丘の形が例の鍵穴に見えるまでは行きませんが巨大な古墳であることが実感できました。

写真中央部にみえる緑が仁徳天皇稜、その続きで右手に見えるのが履中天皇陵古墳です



仁徳天皇稜古墳という世界最大級の墳墓は、その墳墓だけではなく、周囲にある古墳(陪塚)も合わせて見て回るとほんと見応えがあります。正直、仁徳天皇稜だけだと、大きすぎてなにがなんだか。。。
百舌鳥古墳群を走り回ってたくさんの古墳を見て回りましたが、充実した1日でした。あと1回分ネタが残っていますので次回をお楽しみに。
訪問日:2025年9月21日
投稿日:2025年12月30日
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