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The聖地 コバドンガ in スペイン

半年ぶりに、#2025駆け足スペイン旅 の続き、聖地コバドンガへの旅の後半~締めくくりに向けて、noteを再開します。
めちゃくちゃ久しぶりに、旅の間に綴っていたメモと写真を頼りに続きを書きます。

バルセロナ→ビルバオと移動し、アストゥリアス州に入り、スペイン王国始まりの地カンガス・デ・オニスからコバドンガの山に入り、湖を堪能。

コバドンガの湖を離れ、山の中にある本当の聖地コバドンガへと移動。


まずは、聖地コバドンガの写真を。

聖地とは、つまり、こういうことです。
バス停付近は少し観光地感はあるものの。
サンタ・マリア・ラ・レアル・デ・コバドンガ教会(Basilica de Santa Maria la Real de Covadonga)という長い名前の教会。
アストゥリアスとスペインの国旗がかっこいい。
こちらの方は、
初代アストゥリアス王国の国王
ペラーヨ様です!

聖地コバドンガについて、簡単すぎるくらいに私が噛み砕いた説明を「カンガス・デ・オニス」のnoteに書きましたので、よろしければおさらいをどうぞ。
めんどくさい人用に、一応もっと簡単なバージョンを下に書いておきます。

●コバドンガの戦い
8世紀、北アフリカから攻めてきたイスラム勢力が、今のスペインのあるイベリア半島の大部分を支配。
ペラーヨが、イベリア半島北部のアストゥリアス地方へ逃げてきたキリスト教徒たちを率いて抵抗運動を開始。ペラーヨは西ゴート王族の末裔で、キリスト教の信仰と民族の誇りを象徴する存在で、地元住民の圧倒的支持を受け住民も各地で蜂起したらしい。
ペラーヨ率いる300人くらいの兵がアストゥリアスの険しい山岳地帯に立てこもり、1000人を超えるイスラム勢力に対して、コバドンガ近辺の洞窟や渓谷の多い地形を活かして奇襲をかける。結果、ペラーヨたちが勝利。
コバドンガの戦いは、戦闘の規模は小さかったが、最初の勝利として神話化されている。
アストゥリアス王国がイスラム軍を破り大勝利をしたこの地が、レコンキスタ(国土回復運動)の出発点となった。
この勝利により、ペラーヨはアストゥリアス王国の初代国王になり、カンガス・デ・オニスを首都に定めた。つまり、スペイン王国の始まり。

聖なる洞窟へ。

崖にへばりつくような形で、
洞窟の中にある教会。
下から上がっていく
コバドンガの戦いでは、この洞窟を隠れ家にしてペラーヨたちが戦ったらしい。

この聖なる洞窟の中には、コバドンガの聖母像(Virgen de Covadonga)を祀る礼拝堂と、ペラヨの墓がある。
コバ(Cova)は洞窟のこと、ドンガ(Donga)は淑女という意味で聖母マリアを指す。
聖なる場所のため撮影は禁止だったので写真はないが、洞窟にいらっしゃったマリア像はすごく変わっていた。
スペインのマリア像は割とユニークなものが多い気がしていて、黒いマリアも見てきたが、ここのマリア像は木製でできていて、バラの花と赤ちゃんを抱き、白い衣装に赤いべべを羽織っていて初めて見るタイプのマリアで、何とも独特だった。

うちの冷蔵庫に貼っている
コバドンガのマグネットより、
コバドンガのマリア像を紹介。
左の人です。
こちらがコバドンガの
マリア像をゆるく模したチャームの
ブレスレットです。
(絵描き歌できそう)


聖地コバドンガに着いて、洞窟の前にまず教会に向かったのだが、教会の前に立ったとき、同時に鐘が鳴った。
それが、なんとも幻想的な鐘の音。
山々に囲まれているせいかそこら中から反響しているような響き方で、単純な私はもうそれだけで聖地感をビシビシと感じていたので、教会と洞窟を巡りながら、不思議な世界に迷い込んだ感じもしてぞくぞくしていた。

聖地コバドンガ。

ここまで辿り着くのが大変だし、なかなか簡単に来られる観光地ではないので、おそらくもうここに来ることはないだろうなという気がしている。だからこそ、ここに来られて良かったと思う。スペインを愛する旅人として、スペインの始まりの地に来られて妙な満足感があった。今回の旅はここがフィナーレ。
いい締めくくりになったと思う。
さて、あとはオビエドに移動して1泊し、マドリードに戻ってそこから帰国するのみ。
続く・・・


歩いてきたわけではないけど、
カミーノ用の巡礼手帳に
記念にスタンプを押してもらった。


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