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64.2026年の春、それまで楽しく過ごしていた私に起こったこと①

子どもの頃からずっとこころの奥にあったある思考が、春分前後から4月にかけてほどけていきました。

それは、「自分に対する無価値観」でした。

根深くて、あるのが自然すぎた無価値観

子どもの頃から、自覚していました。

「人の期待に応えられない私には、存在価値がない」
そんな考え方がいつのまにか出来上がり、強化しながら生きていました。

そして、「人の期待に応えることもなく誰かに負担をかけるだけなら、そんな私はいないほうがいい」
こんな極端な思考までできあがっていたのです。

これは、小さい頃から根付いていた考え方です。
そうではないという理屈を頭で理解するだけでは、どうにも抜け出せませんでした。

それでも変化はしていきました

40代でうつ病も経験し、色々なことを乗り越えていくうちに、自分にあることを許可するようになりました。

それは、
「人の期待には応えなくていい」
ということ。

誰かが、
「あなたにはこれが向いている」
「あなたにはできる」
「あなたの幸せのため」
「人の役に立てる」
そう言ったとしても、私がやりたくないことはやらない。
そう許したのでした。

なぜなら、
本当はやりたくないのに言われたことをやっている自分を想像しただけで、エネルギーが枯渇するのを感じたからです。

自分に鞭打ってやりたくないことを続けた先に何があるのか、私は身をもって知っていました。
だから今さら、そんな生き方を自分に強いる気にはなれなかったのです。

時には
「もったいない」
とも言われました。
もちろん、そう思うのはその人の自由です。

でも、私には私の基準があります。
やりたくないことに時間を使う方が、私にはもったいない。
時間は命と同じだと思っているからです。

私は私の命を、こころの底からエネルギーが湧いてくることに使いたい。
そう思っていました。
そうでないと、体がいうことをきいてくれない現実もありました。

今さら蘇った無価値観

あのうつ病経験以降は
私が知りたかった根源的なことを知り、
「観察」の方法も教えてもらい、
実践を続けるうちに
こころはどんどん解放されていきました。

すると
封印していたやりたいことを罪悪感なくできるようになり、
年齢を重ねても新しいことに挑戦し、
体調も良くなりました。
最近は、
初めて楽しいと思える仕事を無理のない範囲で在宅でこなしながら、
穏やかに過ごしていました。

ところが2月から3月にかけて、一度に色々なことが起こりました。
久しぶりにかなり激しく神経が疲労したのです。
すると、無気力とともに無価値観が突然浮上してきました。

「何で今さら?」
「またうつ病に逆戻りするの?」
そんな不安もよぎりました。

次々と起こった気付き

それでも、私がやることは同じです。
心身を休ませながら、出てくる感情や思考を観察すること。
やっていくうちに気付きが起きてきました。

最初に起きた気付きはこれです。
誰かから
「あなたは必要な人だ」と言われることを想像しても
「どんな人にも存在価値がある」と、説明されることを想像しても
こころは違和感とともに冷めていくばかり。
しかも、言った誰かを毛嫌いする感情まで出てきました。

私は、自分の中で何かを腑に落としたかったのです。
人の言葉では届かない場所にある何かを、
私自身が気付く必要があるのだとわかりました。

さらに気付きは続きました。
「私は、自分に対して無価値観を抱くことを否定している」
ここに気付いてハッとしたのでした。

無価値観を抱くには、幼い私なりの理由がありました。
なのに、その思考を私自身が否定するのはおかしな話です。
なくそうとすればするほど、とらわれてしまうことも知っています。

だったら、無価値観があってもいい
そう思いました。

無価値観を抱いていいなんて変でしょうか?

でも、自分に対する否定がひとつほどけただけで、私は驚くほど楽になったのです。

死について考えたとき

かつて6年近くうつ病で通院していた私は、希死思念も経験しました。

そして今回も、
「私はいない方がいい」
という考えが出てきていました。

でも、そもそも生きるということは死に向かうということです。
私たちは毎日、自分の死期に近付いています。

それをあらためて考えたとき、
「な〜んだ。だったら焦る必要はない」
と、こころの奥でつぶやく私がいました。

どうせいつかは死ぬ。
だったら後悔しないようにやりたいことをやろう。
ある意味、毎日が終活だ。
そう思ったら、おもしろいくらいこころが軽くなりました。

そこで、生活を少し変えることにしました。
仕事に使う時間を減らし、その分、大好きな縫うことに時間を使うようにしたのです。

それが4月のはじめまでに起こったことでした。

その頃の私は、まさか翌日、自分の身体に起きていることを知るとは思ってもいませんでした。

そしてその出来事は、これまでの人生の中でも最も大きな出来事のひとつとなったのでした。

次の記事につづく


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