見出し画像

「ADHDの薬って、本当に飲ませていいの?」と迷っている保護者様へ──診察室で私がいつも話していること

こんな声、診察室でよく聞きます

「うちの子、まだ小さいのに薬なんて……」
「薬で性格が変わってしまうんじゃないか」
「一度飲み始めたら、ずっと飲み続けないといけないんでしょう?」
「気合と工夫でなんとかしたい」
「副作用が怖い」

ADHDの薬の話になると、保護者の方からこういう言葉が返ってくることが、とても多いです。

そして、そう感じることは、まったくおかしくありません。自分の子どもの脳に作用する薬を出すかどうか、迷うのは親として当然のことです。私はその迷いを、軽くいなしたくないと思っています。

ただ、診察室で長く話していくうちに、多くの保護者の方が「あれ、思っていたのと違う」と表情をゆるめる瞬間があります。それは、「ADHDの薬が本当はどんな道具なのか」が伝わったときです。

このnoteでは、私が診察室でいつも話している内容を、できるだけそのままお届けします。「薬を飲ませるかどうか」を決めるための情報ではなく、「薬とはどんなものか」を知った上で、お子さんと家族にとっての答えを選び直すための材料として読んでもらえたら嬉しいです。


関連記事

このテーマと一緒に読むと理解が深まる、ほかの記事です。

※本記事は児童精神科医の臨床経験に基づく一般的な情報提供であり、個別の症例について断定するものではありません。お子さんの診断・治療・支援については、必ずかかりつけ医・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーター等の専門職にご相談ください。

この記事の内容は、執筆者である児童精神科医が日々の診察で実際に保護者・本人に伝えている内容を、個人情報を完全に取り除いた上で再構成したものです。


1. なぜ「薬で症状を消す」が目的ではないのか

ADHDのお子さんの保護者から最初によく聞かれるのは、こんな質問です。

「薬を飲んだら、落ち着いて座っていられるようになりますか?」
「忘れ物がなくなりますか?」
「集中できるようになりますか?」

ここで、私はいつも少し立ち止まります。なぜなら、ADHDの薬の本当の目的は、症状を全部消すことではないからです。

薬で「全部消そう」とすると、副作用ばかりが目立つ

薬で多動を完全に消そうとすれば、子どもはぼーっとしてしまいます。集中だけを最大化しようとすれば、笑顔が減って食欲が落ちてしまう。ADHDの薬は「ちょうど使いやすくする」ための道具であって、「特性を消す」ための道具ではないのです。

ここを誤解したまま薬を始めると、「あんまり変わってないな」「思ったほど効かないな」と感じやすくなります。実際は変わっているのですが、「全部消える」を期待していると、変化が見えなくなってしまうのです。

では、本当の目的は何か

ADHDの薬で本当に守りたいのは、子どもの自尊心です。

ADHDの特性を持つ子は、悪気がないのに、

  • 集団の中で叱られる

  • 友達に「また忘れたの?」と言われる

  • 先生から「もうちょっと頑張ろうね」と毎日言われる

  • 「どうせ自分はダメだ」「やってもムダだ」と感じる

こういう経験を、定型発達の子と比べて圧倒的に多く積み重ねます。これが続くと、「叱られても仕方ない自分」「愛されない自分」という自己イメージが、本人の中に定着してしまうのです。

ADHDの薬は、ここに介入します。「全部できるようにする」のではなく、「叱られる回数を少し減らす」「うまくいった経験を少しだけ多く積めるようにする」ための補助です。子どもが自分の特性とうまく付き合いながら大きくなるための、土台を整える道具なのです。


2. 子どもの脳で何が起きているのか

少しだけ脳の話をします。「ADHD = 性格の問題ではない」というのは知識として聞いたことがあるかもしれませんが、診察室で何度説明しても、心の底から「そうか、特性なんだ」と納得するまでには時間がかかる、というのが実感です。

「気合では変えられない部分」がある

ADHDの背景には、前頭前野という脳の領域の働きが弱いことが関係していると考えられています。前頭前野は、

  • 「今やるべきこと」に注意を向け続ける

  • 衝動を抑える

  • 切り替える

  • 段取りを立てる

といった「実行機能」を司る場所です。ここで重要な役割を果たしているのが、ドーパミンとノルアドレナリンという神経伝達物質。ADHDのお子さんでは、この働きが弱めにセッティングされている、と理解されています。

つまり「気合が足りない」「やる気がない」のではなく、気合を入れたいときに入れるための脳のスイッチが、もともと押しにくい状態なのです。

厚生労働省「e-ヘルスネット」や国立精神・神経医療研究センター(NCNP)でも、ADHDが脳機能の特性によって生じることが解説されています。一方で、現代の脳科学はまだ「ここがこうなっているから、こう困る」と一対一に対応づけられるほど単純ではありません。あくまで「気合や根性の問題ではない」という方向の理解で十分です。

だから「困っているのに動けない」が起きる

ここが、保護者にとって一番もどかしい部分かもしれません。本人だって、

  • 困っている

  • 怒られたくない

  • 友達と仲良くしたい

  • 宿題をやったほうがいいことは分かっている

それでも、体が動かない。気がつくと別のことをしている。途中で集中が切れる。「分かっているのに、できない」。これがADHDの子の毎日です。

そして高い知能を持っているお子さんほど、「分かっているのにできない自分」をはっきり自覚します。だから余計に苦しい。頭がいい子ほど、自尊心は早く削られるのです。

ここまでは、家庭でも学校でも知っておいてほしい前提」です。これを知らないままだと、薬の話以前に、子どもへのまなざしがずれていってしまうので。


出典・参考情報


3. 診察室で私がしていること

ここまで読んで、「自尊心を守る道具という意味は分かった。でも、いざ自分の子に飲ませる場面で、何を見て、どう判断したらいいんだろう」と感じた方も多いのではないでしょうか。「薬を飲ませる前に、何を確認するべきなのか」「子ども本人にどう説明すれば、押し付けにならずに済むのか」「ストラテラ・インチュニブ・コンサータって、何がどう違うのか」──薬を始めるとき、保護者には判断の場面がいくつも訪れます。

私は薬を提案する前に、必ず確認していることがいくつかあります。
家庭環境や睡眠・食事といった「土台」が崩れていないか、本人がどこまで自分の特性を言葉にできているか、薬を「最後の後押し」と位置づけられているか──そういう順番を踏んでから、はじめて薬の選択肢を本人と保護者の前に並べるようにしています。種類ごとの効きどころの違いや、「もう薬、やめたい」と本人が言ったときにどう一緒に考えるかも、診察室で繰り返し話している中身です。

ご家族で「うちの子の薬、これからどう進めようか」と話すときの、診察室の側からの「下敷き」として読んでもらえたらと思います。

ここから先は

4,144字
この記事のみ ¥ 500
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

児童精神科の診察室で、保護者・先生にお話ししている内容を記事にしています。加入中は100本以上の記事…

スタンダード

¥980 / 月

応援プラン

¥3,000 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?