「気合いと根性で何とかなる」と思っていたけど──ADHDは「脳のプリセット」だと知ったとき変わること
こんなこと、毎日のように起きていませんか
何度言っても忘れる
やればできるはずのことが、できない
真面目にやろうとしているのに、ミスばかり
興味のあることには集中できるのに、宿題はまったく手につかない
約束を「聞いていない」「知らない」と本気で言う
朝、何度起こしても起きない
「やる気がない」「だらしない」と毎日叱ってしまう
叱った後、罪悪感だけが残る
「うちの子、本当にやる気がないんだろうか」
「叱るのはよくないと分かってるけど、毎日のことだと我慢できない」
「他の子は普通にできているのに、なぜうちの子だけ……」
──そう感じてしまうこと、どの保護者の方にもあると思います。
そして、保護者を責めたいわけでは本当にないのです。毎日続く同じやりとりに疲れてしまうのは、誰にとっても自然なことです。
ただ、診察室で本人と話していると、見えてくるのはこんな景色です。
「やろうって思ってるのに、気がついたら別のことしてる」
「叱られても、何で叱られてるか本当に分からないときがある」
「自分でもなんでこうなんだろうって、毎日思ってる」
「『やる気がない』って言われるけど、本当はやりたいんです」
このnoteは、そうした子と、その子と毎日向き合う保護者・先生に向けて書いています。お伝えしたいことは1つだけです。
「ADHDは『脳のプリセット』。気合いと根性では変えられないものだと知ると、毎日のやりとりがガラッと変わります。」
「変える」のは、子どもではなく、周りの理解と関わり方のほうです。それだけで、子どもの自尊心も、家庭の空気も、本当に変わります。
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※本記事は児童精神科医の臨床経験に基づく一般的な情報提供であり、個別の症例について断定するものではありません。お子さんの診断・治療・支援については、必ずかかりつけ医・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーター等の専門職にご相談ください。
この記事の内容は、執筆者である児童精神科医が日々の診察で実際に保護者・本人に伝えている内容を、個人情報を完全に取り除いた上で再構成したものです。
1. 「やる気がない」のではなく「脳のプリセットが違う」
ADHDは「育て方」「性格」ではない
最初に、はっきりお伝えしたいことがあります。
ADHD(注意欠如・多動症)の特性は、育て方の問題でも、性格の問題でも、本人の努力不足でもありません。生まれつきの脳の個体差によるものです。
これは、私が初診で必ず最初にお伝えする話です。
「これは、努力不足や育て方の問題ではありません。脳のプリセット──いわば、脳の出荷時設定が、ちょっと違うだけなんです」
この一言を聞いて、保護者の方が涙を流されることが、本当によくあります。
それまで「自分の育て方が悪かったんじゃないか」と、ずっと自分を責めてきたから。
ADHDの背景には、脳のドーパミン系のコントロールが関わっています。前頭前野という、注意を維持し、衝動を抑え、段取りを立てる脳の部分の働き方が、生まれつき少しだけ違うのです。
これは脳科学の本では「実行機能の弱さ」「ドーパミン系のコントロール不全」と表現されます。私は本人や保護者には、もっと噛み砕いて、こう言います。
「脳の筋肉に、ちょっと苦手な部分があるんです。鍛えれば多少強くなるけど、根本的に作りが違うので、気合いだけではどうにもなりません」
「やる気はやり始めると生まれる」という脳のしくみ
ADHDのある子どもの多くが、口を揃えて言うのが:
「やる気が出てから始めようと思ってる」
でも、実はやる気は、やり始めることで生まれるものです。
これは脳科学的にも言われていることで、何か行動を始めると、脳の側坐核(やる気を生む部分)が刺激され、ドーパミンが出始めて「もうちょっとやりたい」という感覚が生まれる。「やる気スイッチが先に入って動き出す」のではなく、「動き出してからスイッチが入る」のが脳のしくみなのです。
ADHDのある子は、この「最初の一歩を踏み出す」のが特に難しい。実行機能の弱さで「一歩目が出ない」。一歩目さえ出れば、興味があれば過集中になれるのに、そこにたどり着けない。
「やればできるのに、なんでやらないの?」と何度も言ってしまうとき、私たち大人は脳のしくみと逆のことを要求しているのかもしれません。
「興味のないこと」に10〜20倍のエネルギーがかかる
ADHDのある子の脳は、興味のあることには強烈に集中できます。一方で、興味のないこと・嫌なことを続けるためには、定型発達の子の10〜20倍のエネルギーが必要だと言われます。
「好きなゲームは何時間でもできるのに、勉強は5分も持たない」── これは「やる気の差」ではなく、脳のエネルギー消費効率の差です。
朝起きて、興味のない授業を受けて、嫌いな漢字を書いて、給食を時間内に食べて、苦手な体育の時間を耐えて、放課後に塾に行く。ADHDのある子にとっては、毎日がフルマラソンなのです。家に帰ってからイライラする、夕方崩れる、土日に動けない。これらは「わがまま」ではなく、エネルギーが切れたサインです。
2. 子どもの体と心で起きていること
真面目な子ほど傷つきやすい
ADHDのある子の中でも、特に真面目で頑張り屋の子は、毎日のミス・失敗・叱責を「自分はダメな人間だ」として受け取ってしまいやすい。
これが続くと:
「どうせやってもできない」(学習性無力感)
「自分は他の人と違うダメな存在」(自己否定)
「もういい、無駄だ」(諦め)
という気持ちが15歳頃まで蓄積し続けることがあります。私はよく保護者にこう伝えます。
「ADHDの治療で一番大事なのは、自尊心を守ることです。失敗体験が積み上がる前に、手を打ちたい」
ADHDの薬や治療は、行動を変えるためというより、「自分はダメだ」が定着する前に、成功体験を積めるようにするための道具です。
「ぼーっとする」「うっかり」は本人にも見えない
ADHDの不注意は、本人も気づかないうちに起きています。授業中、気がつくと20〜30分ぼーっとしていた。約束を聞いていなかった。先生が話していたのに、まったく頭に入っていなかった。
これは「サボろう」と思っているのではなく、意識がふっと飛ぶ感覚です。本人もコントロールできないし、後から「聞いていなかった」と言われても、本気で「聞いていない」と思っている。
「『嘘をついた』と見える行動は、記憶の不正確な保存である可能性が高い」
これも、診察室でよく説明することです。録音や録画で確認すると、本人がいちばん驚く。「え、自分そんなこと言ってた?」と。故意の虚言ではなく、記憶のズレなのです。
これを知っているかどうかで、「嘘をつく子」という見方が「記憶のクセがある子」に変わります。叱る回数は劇的に減ります。
「夕方に崩れる」「朝起きられない」も特性
ADHDのある子は、脳がずっと情報処理を続けているため、疲れやすい特性があります。
朝、起きづらい
学校から帰ってきて、ぐったりしている
夕方、些細なことでキレる
週末、動けなくなる
連休明けに調子を崩しやすい
これは「わがまま」「気分屋」ではなく、脳のエネルギーが枯渇しているサインです。
「うちの子、夜になるとイライラするんです」と相談されると、私はよく聞きます。「お子さん、学校でずっと頑張ってませんか?」と。たいてい、答えは「はい」です。外で頑張った分、家で崩れる。これは特性と環境のミスマッチが招く、自然な反応です。
ここまでは「ADHDのある子の中で何が起きているか」という前提の話でした。ここからは、その前提に立ったうえで、診察室で私が保護者・本人にどう言葉を渡し、どう仕組みを組み立てているかをお伝えします。
出典・参考情報
発達障害ナビポータル「注意欠如多動症」(https://hattatsu.go.jp/supporter/healthcare_health/about-adhd-2/)
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)(https://www.ncnp.go.jp/)
『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(ADHDの診断・治療指針に関する研究会 編、じほう、2022年)(https://www.jiho.co.jp/products/54675)
発達障害ナビポータル(https://hattatsu.go.jp/)
3. 診察室で私がしていること
ここまで読んで、「『脳のプリセットが違う』という見方は腑に落ちた。でも、これを家庭で、学校で、本人にどう伝えていけばいいんだろう」と感じた方も多いのではないでしょうか。「『育て方の問題ではない』とどう言葉にして渡すか」「子ども本人に特性をどう説明したらショックを与えずに済むか」「先生に『叱り方を変えてほしい』とどう頼めばいいのか」──プリセットの話は、伝え方ひとつで救いにも刃にもなります。
私はADHDの可能性を伝える初診で、必ず保護者に話す「3つのこと」を持っています。
育て方の問題ではないということ、本人の努力不足でもなく環境が整っていないだけだということ、最優先は二次障害の予防だということ──この3つを順番に、保護者と本人それぞれに合わせた言葉で渡しています。それから、叱る回数を意識して数えてもらう仕組み、忘れ物や宿題を「人ではなく仕組み」で解決する発想、そして必要なときに薬という選択肢をどう位置づけるか、というところまでを一緒に組み立てていきます。
ご家族で「うちの子の特性を、これからどう周りに伝えていこうか」と話すときの、診察室の側からの下敷きとして読んでもらえたらと思います。
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