【初記事】小学校受験の願書における誤字脱字根絶法を考える
2/24追記
記念すべき初投稿記事ですが、読み返して恥ずかしくなったので書き直しました
画竜点睛を欠く。
この言葉を耳にして、鼻で笑わなかったインテリジェント・ダディーがこの世に何人いるだろうか。
おそらく、本記事を読んでいる意識の高いお父様方におかれては、「何をいまさら。龍の目に瞳を書き忘れるようなマヌケがどこにいるんだ」と、冷めたチャイをすする準備をされていることと思う。
だが、待ってほしい。
こと小学校受験という名の、狂気と情熱が煮えくり返る戦場において、我々は往々にして龍を完璧に描き上げたつもりで、その実、龍のケツにバイオレンスな落書きを残したまま提出していることがあるのだ。
そう、願書における誤字脱字である。
どんなに血の滲むような思いで家族のエピソードを掘り起こし、夜な夜な妻と(時に取っ組み合いの喧嘩に近いレベルで)教育方針をぶつけ合い、論理的かつ情緒的な、ノーベル文学賞も狙えるのではないかという珠玉の構成を練り上げたとしてもだ。
そこに「一文字の間違い」があるだけで、すべては無に帰す。
アウツ。
退場。
ゲームセット。
ビジネスの世界でもそうだろう。
「我が社の強みは圧倒的な技術力です」と書かれた資料の隅に「技術力」が「技術りょく」とか「奇術力」になっていたら、その瞬間、提案相手の脳内では「こいつ、自分の資料も見返せないのか」という負の判決が下される。
願書を読む先生方も同じだ。
彼らは「家庭の鏡」として願書を見る。
そこに誤字があるということは、「我が家は細部にまで魂を込める余裕がない、雑な家庭です」という特大の自己紹介をしているに等しい。
「そんなの分かってるよ。当たり前だろ」 そう思うだろう。
私も思っていた。
しかし、娘の通うお教室の先生曰く、毎年信じられない数のご家庭が、誤字脱字に気づかず提出してしまうとのことだ。
特によくあるのが、最終提出版のコピーを参考資料として教室にお提出した際に冷静になって読み返して誤字脱字に気づくパターンのようで、そういった時にお教室の先生方は「内容は良かったですよ」と慌てふためく保護者に対しフォローを入れているそうだ。
なんだそれは、試合に負けた森保監督か。
なにはともあれ、我が家でもこの誤字脱字を根絶するためにあの手この手で工夫をしてきたので、以下で実際にやっていた誤字脱字根絶術を紹介する。
誤字脱字根絶術その1:印刷してチェックせよ
まず、大前提として覚えておいてほしい。 PCのモニター越しに完璧を確認するのは、砂漠でオアシスの幻影を追いかけるのと同じくらい無意味だ。
リコー経済研究所の研究によれば、人間はディスプレイ上よりも、紙に印刷した状態の方が圧倒的に誤字に気づきやすいという。

みなさんが願書を書く際は、まずはPC上で文章を考えて、紙に落とし込む、という流れがほとんどだと思うが、ディスプレー上よりも紙上の方が間違いに気づきやすいということを踏まえ、紙に落とし込む作業の前にはプリントしてみて、誤字脱字がないかを確認するのをオススメする。
PC上でWordを睨みつけ、校閲機能が「エラーなし」とドヤ顔をしていても、それを信じてはいけない。Wordは君の味方ではない。奴は平気で裏切る。
願書を作成する時間帯は子供を寝かしつけた夜だと思うので、プリントの音が気になるところではあるが、誤字脱字の根絶のためだと思ってトライしてみてほしい。
誤字脱字根絶術その2:チェックの際は音読せよ
紙に印刷しても、まだ魔物は潜んでいる。
皆さんは「タイポグリセミア現象」をご存知だろうか。
次の画像を見ていただきたい。

「こんにちは」が「こんちには」になっているのにスラスラと読めてしまい不思議な感覚ではなかっただろうか。
これがタイポグリセミア現象の例であり、脳が錯覚して間違った文章を補完して、正しい文章として認識してしまうのである。
願書作成のシーンにおいても、例えば最初と最後の文字以外の部分が入れ替わったりした誤字脱字があった場合は、この現象によりミスをミスとして認識しづらくなってしまう。
そのため願書は紙に印刷したら声に出して音読することがオススメだ。
実際に上のケンブリッジコピペを声に出してもらえばわかりやすいのだが、声にだして聴覚で確認すると、変な文章であることに明らかに気づきやすくなる。
書き上げた願書においても音読してみることで、黙読ではミスだと気づけなかった誤字脱字に気づくことが可能だ。
また、自分が書いた文章を口に出して音読すると、副次的な効果として文章のリズムや冗長な表現となってしまっている一文(まさに今私が書いているようなやつだ)がないかも確認することができる。
このように音読誤字チェック法は、一石二鳥のテクニックなので、いざ清書!という前に一度立ち止まり、ワードファイルを紙に印刷して音読することを強くオススメする。
誤字脱字根絶術その3:下手なプライドは捨てて奥さんに見てもらえ
職場ではプロジェクトリーダーとしてバリバリ働き、部下の資料に赤ペンを入れまくっているグレートな諸兄にとって、自分の書いた文章を誰かにチェックしてもらうのは屈辱かもしれない。
その気持ちは、痛いほどわかる。
痛風の患部をハンマーで叩かれるくらいわかる。
ましてや、上で書いたような誤字脱字チェックを時間をかけてやっていたとしたら、もし誰かに見せた際に指摘を受けたとしたらこれまでの労力が否定された感じで気分が悪い。
だがそれでも必ず人に見てもらう工程を必ず入れてほしい。
自分でチェックすればするほど、「正しい」という思い込み(バイアス)は強固になってしまう。
もはや誤字を見つけるのではなく、「合っていることを確認する作業」に成り下がってしまうのだ。
そのため、誤字脱字チェックに対ししっかりと客観性を入れて、誰がみても誤字脱字がない状態を目指すべきである。
では誰に見てもらうかという話だが、これは妻一択である。
お教室の添削サービスはタイムリーなレスポンスを期待できないし、AIに頼むという手もあるが、AIの誤字脱字チェックは完璧ではない。
これまで伴走してきた妻に「今回は内容ではなく誤字脱字の有無を確認してほしい」と明確にお願いして見てもらうのが、クイックなレスポンスの面でも精度の面でもベスト・プラクティスだ。
「パパ、ここ間違ってるよ(笑)」と言われる屈辱など、不合格通知に比べれば、そよ風のようなものだ。
プライドは、願書を出す瞬間にゴミ箱に捨てていただきたい。
それでもミスったのが我が家
……と、ここまで偉そうに、まるで「誤字脱字界の権威」のような顔をして語ってきた。しかし、ここからが本題だ。
私は、誤字脱字のある願書を出した。
その学校は願書をワード形式で提出できる学校だったのだが、文章を作成していたワードファイルから学校配布のワードファイルにコピペする過程で文字の一部が欠け落ちてしまい、それに気づかず提出をしてしまったのである。
文章作成段階のワードファイルにおいては、紙で印刷を行い何度も音読を繰り返し、妻にもチェックしてもらったのにも関わらず、本番ワードファイルに清書した後にチェックしなかったことであれほど根絶しようと意識してきた誤字脱字に最後まで気づけなかったのだ。
このミスに気づいて以降、後悔の念に苛まれ続けた。
娘は小学校受験という親のエゴに付き合ってくれているのに、親の不注意で不利になってしまうことをしてしまったんだから当たり前である。
その学校の結果は補欠だった。
もちろん色々な要因が絡んだ結果ではあるとは思うが、学校別の模試で常に上位をキープしていた娘が補欠となってしまったのは、私のミスが影響した部分が大きいのではないかと思っている。
「もし、あの1文字が欠けていなければ……」
その疑念は、受験が終わった今でも、私の胸の奥にどす黒く居座っている。
さいごに
たかが誤字脱字。されど誤字脱字。
犯した本人の罪悪感は、文字通り「一生モノ」だ。
家族が一丸となって戦えば戦うほど、そのたった1文字のミスが、家族の絆に消えない傷をつくることだってある。
インテリジェント・ダディーの諸君。
どうか、タカをくくらないでほしい。
あなたの隣にいる魔物は、あなたが「完璧だ」と確信したその瞬間に、ニヤリと微笑む。
説明会から考査本番までの流れをまとめた記事を書いてます。
事前に考査までの流れを疑似体験できるという点で参考になるのではないかな、と思いますので、もしご興味があればご覧ください。
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