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函館の砂山はどうして消えたのか 私見

函館の砂山に関しての記事を2本書いた。これは3本目となる。
函館にはかつて石川啄木像のあたりを中心に、高さ33m。南北に980m。東西に380mの巨大な砂山があった。
 このことは函館の学校の校歌にも頻繁に出てくる。
 これを聞くと、何かノスタルジックな風景と感慨に浸るのは私だけであろうか。
 函館は私の故郷であり、素晴らしい街であるが、この様な砂山がもし残っていればもっともっとどれほど素晴かったことだろう。

 この砂山がなくなった経緯、原因について考えてみた。

江戸時代の和人が来る前の函館 AIで作製。

 上の図。江戸時代の和人が来る前の函館。
 元々、函館山の麓から五稜郭、根崎までは砂州であった。
砂浜、砂山であったのだ。
 ここに和人がやってきて、函館と下田を外国に開港。
 函館の近代史が始まったわけだ。
 ところで、この時建物を建てられるところは、函館山の麓しかなかった。
 あとは砂地である。
 だから函館の街は最初に函館山の麓から始まったわけである。

 明治となって函館は日本の北方の拠点として大いに発展し始めた。
 まず港である。港の周辺に建物が立ち始めた。
 港こそ産業の拠点。砂地を砂利などで地固めして建物を建てた。
 しかし、その逆の大森浜側は相変わらず「砂山」であり続けたのである。

明治の頃の函館と砂山 想像図 AIで作製
明治初期の砂山と函館 想像図 AIで作製

 函館は戦前、日本の一部上場企業の10%が本社を置く一大産業の街となった。その一方で、急激な都市化のための矛盾も露呈してきた。
 都市の矛盾とは、・ゴミ問題 ・屎尿(しにょう)の処理の問題 ・スラム街

 それまで、農家の人が家々をまわり、屎尿を集めていた。
 それを肥溜めで発酵させ、メタンガスを抜いて肥料として使っていた。
 このように人間社会が循環していたわけであるが、それが急激な都市化とともに崩れてきた。
 それらの問題を一挙に解決するのが砂山であったのである。
 大正14年 砂山に3本の煙突を有する巨大な焼却炉が建てられた。
 ここでゴミを燃やし、かつ、砂山に露天の穴を掘りそこに屎尿が集められて捨てられた。ゴミやら屎尿が集められたのである。
 人のいないところにこのようなものは集められて処理される。
 時には海にも流された。その様に考えると砂山は実に便利な場所にあったのである。

大正時代 焼却炉完成 想像図 AIに描かせたもの。

 そして、この砂山の麓に都市から溢れた人が非合法に穴を掘ったり掘立小屋を建てたりして住み始めた。サムライ部落と言われる乞食部落、スラム街の出現である。

 石川啄木が函館を訪れ、砂山に寝転び
「砂山の砂に腹這ひ初恋のいたみを遠くにおもひ出づる日」と詠んだのは、明治の頃。このころは、この煙突工場もなく砂山は静かだったのだろう。
 しかし、大正14年に焼却炉が立ち、ゴミや屎尿が集められるとこの辺一体は凄まじい臭気をはなつ函館の恥部、見てはいけない場所、アンタッチャブルになったのだろう。
 現に、この辺は「砂山町」と言われていたがあまりにも印象が悪いので「日乃出町」と町名が変えられている。
 なるほど、砂山の写真がほとんどなく、絵もない理由はこの辺にあるわけだ。

 戦後、函館の街の工事、あるいはダム建設のため大量の砂が必要であった。
 函館市が砂山の砂を業者に売ったのである。 
 砂はどんどん運ばれていき、昭和40年には姿を消したと言う。
  
 昭和41年ころ、私はこの近くにある金堀小学校の1年生となって学校に通っていたが、時々、風向きの関係な、変な臭いが漂ってきたことを覚えている。 
 また、大森浜は子供の頃の遊び場であったが、必ずしも綺麗な浜辺ではなかった。ゴミがたくさんあるあまり綺麗ではない汚い浜辺であった。
 浜には大きな川、小さな川が幾筋も流れ込んでいたが、汚いドブ水の様なものが流れていたことを覚えている。
 それが、私が大きくなるにつれて綺麗になったのを覚えている。 今は綺麗である。

 当時の函館市にしてみれば、砂山を壊すことは街が発展して、ゴミの集積地、屎尿の溜池を解消。おまけにサムライ部落も消滅できる一挙三両得のようなアイデアであったのだろう。それは函館市民にとっても同様であったのだろう。
 砂山の消滅も宜(むべ)なるかな、である(仕方がなかったのかな)

 しかし、あえて私は思いたい。
 半分くらいでも 3分の1くらいでも残してくれたらなあ、と。
 高さ20m  南北に400m 東西に100mほどの規模は縮小したものの「砂山公園」みたいなものがあったらなあ、と思うが皆様はいかがお考えだろうか。


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橋本 このたびはご評価をいただきありがとございます。また、チップまで下さるとは私にとって大変な喜びです。さらに英文訓読の役を進め、アップさせていきたいと思います。