【短編】夏休みの恋 No.03
約束
菜々子は日傘をクルクルと回しながら、ちょっと遠くを見る様な目をした。貴史との最近のすれ違いを思い出していたのかもしれない。そんなことをよそに、隆は持っていたビニール袋に無造作に釣ったアジを五匹ほど入れて、菜々子に差し出した。
「親戚の家にいるんだったら、これ持ってってください。刺身でも焼いても美味しいと思います。足りなければもっと持っていってもいいですよ」
「あら、ありがとう。十分よ。でも貰っちゃっていいの」
「はい、構いません。持っていってください。その代わり」
「あー、なんか条件があるんだ。何かなぁ」
「えーっと、明日も会ってもらいたいなぁって思ったんですけど、だめですか」
「いいわよ。特にやることないし。デートしましょう。そのかわり、隆君は男の子なんだからちゃんとエスコートしてよね」
「はい。わかりました」
菜々子は、おばさんの家にアジを持って帰り、港での経緯を一通り説明した。するとおばさんも困った顔をしながらもアジを刺身にしてくれた。
「ああ、隆君ね。あの子、この辺じゃ頭がいい子なのよ。真面目でやさしくて習字も上手で。私も一度重たい荷物持っている時に助けてもらったわ。僕が持ってあげますとか言って」
「へー、そうなんだ。じゃあ、この辺じゃ有名な子なのかなぁ」
「そうね、習字でちょっと有名かもね。お父さんが書道の先生だから字も綺麗なのよ。菜々子、ちょっかいなんか出しちゃダメよ」
「やーだ、私大学生だよ。そんなことするわけないでしょ」
翌日、菜々子は再び港に出かけていった。どことなく心の中でウキウキしている自分を感じていた。港には昨日と違い、ポロシャツに白いパンツで清潔そうな格好をしている隆がいた。今日は釣竿は持っていない。代わりに自転車に乗ってきていた様だった。菜々子は遠くから手を振った。隆もすぐに気がついて大きく手を振って返していた。嬉しさが滲み出ているような隆を見て菜々子も嬉しくなった。
「おはよう。待った」
「いえ、待ってません。今来たばかりです」そう言う隆の額にはすでに汗が滲んでいた。
隆は連れて行きたいところがあると言って自転車の後ろに菜々子を乗せ、港を後にして山の方に向かって自転車を漕ぎ出した。道は時折緩い坂になるものの、ほとんどは平坦だったので、菜々子を後ろに乗せていてもそれほどキツくは無い。それよりも後ろに横座りで乗った菜々子の体が隆にくっついて右手を回されている感触が何とも言えず心地よく感じていた。それに柑橘系の香水の香りも気持ちよさを増幅させてくれていた。一方、菜々子は純粋で汗を流しながら自転車を必死に漕いでいる隆を愛おしく感じ始めていた。自分でも不思議なくらい隆に心を許していると感じていた。それは貴史と出会った時のことと被らせていたのかもしれない。
「自転車に乗ったのは久しぶりだけど、気持ちがいいわね〜」
「はい、気持ちいいです。ずっとこのままでいたいくらいです」
「まぁ、そんなことも言えるのね、隆くん」
「え、いえ。あ、もうすぐ着きますよ」
自転車に乗って走っている間は風が頬を撫でて気持ちがいいと感じていた。そんな幸せな時間を満喫していると、どうやら隆が連れてきたかった目的地についたようだった。
つづく
第一弾のお話はこちらです。
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