【短編】再出発 No.07
一つ前の話
手紙
『美雪へ
美雪が裕一さんを以前から好きだったことは気づいてました。結果的に私が奪ってしまった形になってごめんね。私は裕一さんと幸せな人生を送りたかったけど、どうやらできそうにないみたい。こんなことだったら、美雪と裕一さんが一緒になっていた方が裕一さんは幸せだったかもしれないと思ったりもしたのよ。だから、迷惑だと思ったけど手紙を書くことにしたの。勝手な言い分でごめんね。でもこんなこと頼めるのは美雪しかいないから。もし、私が死んでしまったらきっと裕一さんは悲しんでくれると思うの。そしたら、食事も蔑ろになってしまうだろうなと心配なの。本当に勝手なお願いなんだけど、レシピを伝えるから裕一さんの好きだった私の料理を食べさせてもらいたいの。私がいなくなった後、一度だけでいいわ。お願いします。 智美』
裕一はどんな態度を示せばいいか戸惑いながらも、まだ開いていない自分宛の手紙を手に取り、封を切り取り出した。
『裕一さんへ
この手紙を見ているということは、やっぱり私は助からなかったのね。そしてもしかすると美雪に宛てた手紙も読み終わった後かな。もう私はこの世にいないのよね、そして赤ちゃんも。本当は親子で楽しい時間を過ごしたかったなぁ。でも、裕一さんはまだ残りの人生を走り抜けなければならないわ。私のことに踏ん切りをつけて再出発してほしいの。それで、美雪に頼んだのよ。裕一さんが好きだった私の料理を作って食べさせてって。それが何かは見てのお楽しみだからね。日本酒に合う料理ばかりよ。ちゃんと食べてね。多分私の味がすると思うわ。 智美』
裕一は手紙を読んで、智美が精一杯背伸びをして見栄を張って手紙を書いている姿を想像した。自然と涙が出て来た。そして、食事を作ってくれている美雪を見ながら感謝していた。食卓に美雪が作った料理が並べられた。それは生前智美がよく作ってくれていた裕一の大好きな料理ばかりだった。肉じゃがにポテトサラダ、シャケの塩焼き、そして、熱燗まで準備されていた。レシピが智美から美雪に渡されていたのだろう。智美が作ってくれていた料理と同じ味がしていた。涙が溢れて止まらなくなった。美雪はその姿を見て胸が締め付けられるような思いを感じていたが、顔に出さないように我慢していた。
裕一と美雪は向き合って、夕食を共にした。裕一は涙を止めることができなかった。美雪は事前に聞いていたことがあった。裕一は一途で涙脆いこととお酒は三合を超えるとかなり酔っ払ってしまうことを。美雪は黙ってお酌をし、徳利が空になると追加で燗をつけ甲斐甲斐しくお酌をした。裕一は泣きながら四合の日本酒を飲み干し、さらに注がれる熱燗を口に運んでいた。そして、久しぶりに食べた智美が作った味のする料理に感動していた。裕一はすでにかなり酔っていた。介抱されながら智美が生きている錯覚に囚われていた。過去の記憶が引き摺り出され、幸せだった頃に頭の中は完全にタイムスリップしていた。
「おいしいなぁ。久しぶりに智美の料理を食べたみたいだ。美雪さん、ありがとう。こんな事までしてもらって。まるで智美と一緒にいるみたいです。あっ変な意味じゃないですよ」
「はい、分かってますよ。裕一さんは智美を一番愛してらしたから。私からすればヤキモチの対象でした。智美がいなくなっても、裕一さんの心の中ではしっかり智美が生きているってことですよね」
「そうですね。でも辛いのも事実です。もう、生きている智美には逢えないのですから。あ、ごめんなさい。こんな事、美雪さんに言っても仕方ないですね」
「いいえ、時には弱い自分を出すことも重要だと思います。これから先はまだ長いから、お互いに頑張りましょう。私でよければ頼ってもらっても構いませんよ」
そう言って美雪も熱燗を飲み干した。その後しばらく話をしていたが、裕一は飲みすぎたのか、はたまた安心したのかテーブルに突っ伏して眠ってしまった。美雪は仕方なく裕一の上着をそっと背中に掛けてあげ、テーブルの上の料理を片付け、使った食器を洗って元通りに食器棚の中にしまい綺麗に掃除した。そして裕一を起こさないように気をつけながら、裕一の頬にそっとキスをしてアパートを後にした。美雪は泣きながら外に出て「ありがとう」と一言呟いて帰っていった。
つづく
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