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【短編】再出発 No.08

一つ前の話


年老いた女将

 翌日、完全に二日酔いのような頭痛を感じながら、裕一はキッチンのテーブルで目が覚めた。どうやら酔ってそのまま朝までテーブルに突っ伏したまま眠ってしまったようだ。背中には背広がかけられていた。朦朧とした頭で思い出す。

「あれ、昨日、誰か来て食事したような記憶がかすかにあるな。あぁ、美雪さんが来てくれていたんだった。智美の料理を作ってきてくれたんだった。美味かったなぁ。でももう二度と食べられない味だろうなぁ」

 ちょっと飲み過ぎて眠ったことを反省していた。だがすぐに気を取り直し、智美の写真を見ながら、引越しの荷物整理をしなければと思い、一人で荷造りの作業を始めた。美雪の裕一に対する気持ちには全く気づいてもいないし、ほっぺにキスをされたことも全く気づいていなかった。裕一にとってはそれだけの存在だったようだ。黙々と作業を続けたことで、夜になる頃には荷物もだいぶ片付いて来た。ほっと一息つくと、二日酔いも抜けて、流石に空腹だということを感じ始めた。

 ふと酒場の年老いた女将のこと頭に浮かび、久しぶりに行ってみようかと考え、荷造りの手を止めて足を運ぶことにした。店に着き暖簾をかき分け戸を開けて中に入ると、相変わらず、年老いた老人がカウンターで先客として飲んでいる。女将の力強い声が聞こえた。

「いらっしゃい。おや、いつかの泣き虫さんだね。顔つきが変わったね。よかったよかった。次の日来なかったから心配していたんだよ。もう大丈夫そうだね」

「あっはい、なんとか、踏ん切れそうです」覚えていてくれたことが嬉しかった。

「うん、そうかい、そうかい。別に詮索はしないから、今日はいい酒で心地よく酔っていきなさい。ほら隣の爺さんみたいになっちゃダメだよ」

 カウンターでちびりちびりと熱燗をのんでいる老人に向かって女将は笑いながら言っている。常連さんなのだろう。女将の言葉に反応はしたが特に反論もせず酒を口に運んでいる。裕一は少し言葉の温もりが欲しかったので、話しかけてみた。

「あの、お爺さん、横に座ってもいいですか」

「ん、あぁ、構わねえけど。若い人と呑むのは何年ぶりだろうね、婆さん」

 この老人は女将さんのことを婆さんと呼んでいた。よっぽど気心が知れている間柄なんだろうなと裕一は思うと同時に、自分にはない二人の間の絆のようなものも感じた。すかさず女将が思い出話をするかのように語ってくれる。

「この人はね、あたしの元亭主なのさ。今は赤の他人だけどね。仕事もせずに博打ばっかりでロクでもない男だったんだよ。まぁ、博打でも大金を持って帰ってきたことはあったんだけど、結局そのお金をまた博打に注ぎ込むもんだからいつも貧乏だったのさ。だから仕方なく免許とってこの店を出したってわけ。もちろん、店を出すと同時に離縁してやったのよ。博打で作る借金のかたに取られちゃ叶わないからね。まぁ、根はいい人なんだけどお金に関してはまるでダメな人なのさ」

「おい、婆さん。初めての人に随分な言い草だな。まぁ、外れちゃいないけどな。ただなぁ、俺は酒と女には全く手を出さなかったんだぜ。いや、酒は飲んだな。ははは、女はこの婆さん一筋だったんだよ。今でも後悔なんかしちゃいないさ。まぁ、俺にとって大切なのはサイコロとこの婆さんだけかな。ちっぽけな人生、大切なものは少ない方がいいのさ。勝負するにしたってこの国で賭ける価値があるものなんてほとんどないからな。お金だって死んじまったらなんの役にも立たねえし」

 そう言いながら老人は、カウンターの上でサイコロを振った。見事に一のゾロ目が出た。それをまた拾ってもう一度振った。今度は二のゾロ目が出た。裕一は目を疑うと同時にイカサマなのかなと思いサイコロを凝視してしまった。

「おい、兄さん。サイコロになんか細工でもしてるんじゃないかと思っただろう。ははは、俺ぐらい年季が入ればゾロ目を出す振り方を体が覚えちまうもんなんだよ。時代が平成になっちまってからというもの、サイコロを振らせてくれるところは無くなっちまったがな」

 心の中が見透かされたようで裕一は少し恥ずかしかった。同時に気になっていたことを聞いてみた。

「お爺さんはなぜサイコロを振るようになったのですか」

「ん、そうだなぁ。婆さん、話してもいいかな。この兄さんに」


つづく



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