【短編】夏休みの恋 No.08
起業準備
その頃貴史は、学生でありながら起業するための準備に走り回っていた。本当は準備段階から菜々子に手伝いを頼みたかったのだが、菜々子のやりたいことを邪魔したくないと思い、孤軍奮闘していた。シリコンバレーとのやりとりや立ち上げメンバーの募集やらで夏休みは毎日が忙しい日々を過ごしていた。その甲斐もあり、シリコンバレーでの開業の目処やスポンサーの確保にも目処が付き始めていた。貴史はまだ大学を卒業するまでは大学に通う必要があるので、シリコンバレーでオフィスを開設しても日本からのリモートワークでしばらくは凌ぐ計画をしていた。
日々の忙しさのせいか、菜々子から何も連絡が来ないことも、貴史はあまり気にすることなく新会社立ち上げの準備に追われていた。そして、その後の対応を心の中では決め始めていた。「やはり菜々子と別々になるのは嫌だな。なんとしても卒業したら一緒にシリコンバレーに行って、結婚式をあげよう。菜々子の仕事もきっとあるはずだ」と持ち前のリードする性格から、なんとか菜々子をシリコンバレーに連れて行こうと考え始めていた。
菜々子と会えない夏休みとなってしまったことが、かえって貴史を精力的に動かしていた。思い出すと会いたくなってしまうと思い、意識的に起業準備に集中していたのかもしれない。夏休みに入ってから二週間程経過したら、貴史も自分で驚くくらいの速さで準備も進み、ほっと一息つく時間ができていた。そうなるとやはり菜々子のことを思い出してしまう。
「こんなに長い間、会わないことはなかったなぁ。本当に連絡すらして来ないんだな、あいつは。全く頑固だよなぁ。まぁ、それだから僕としても頼ることができるのかもしれないな。僕の一方的な計画のせいで嫌な思いをさせてしまったかな。でも気持ちは分かってくれているはずだよな。付き合い長いし」
貴史はそんなことを夜になると一人で考えながら冷えた缶ビールで菜々子と会えない寂しさを紛らわしていた。菜々子がおばさんのところにお世話になりながら、その地元の高校生と仲良くなっているなんていうことは、想像すらしていない。夏休みが終わったら、すぐに会いにくるはずだと信じていた。そんなことを考えていると貴史の部屋の電話が鳴った。もしかしたら菜々子からかと思い、ちょっと期待しながら受話器をとった。
「もしもし、貴史くん。菜々子の母です」
「あ、おばさん、どうしたんですか。まさか菜々子に何かあったんじゃないですよね」
「違うわよ。菜々子なら私の姉のところに転がり込んで羽を伸ばしてるわよ。心配しなくてもいいみたいよ。あ、そうじゃなくて菜々子がいなくて寂しい夏休みになってるのかなぁ」
「おばさん、揶揄わないでくださいよ。僕は卒業に向けて懸命に単位を取る準備をしているだけです。まぁ、菜々子にこんなに長いこと会えないのは初めてなので、ちょっと落ち着かないのは事実ですけど」
「あら、本音が出たわね。ちょっと寂しがってるんじゃないかと思って、晩ごはんでも食べに来ないかなって思ったのよ。貴史くんはアパートで一人暮らしだから碌なもん食べてないんじゃないかって思って。もっとも、菜々子はいませんけどね、ふふふ」
「いや、おばさん、ふふふは余計でしょ。でも、行こうかな、食事させてもらいに。最近忙しくてカップ麺ばかり食べてたし、実家に帰っても落ち着かないし」
貴史は大学生になった時に、菜々子の実家に挨拶に行き「学生だけれど結婚を前提として付き合わせてください」と宣言してから何かあれば、菜々子の実家に行くようになっていたのである。そんな経緯から、両親公認の仲となり菜々子が貴史の部屋に泊まりに行くことも容認してくれていたのである。菜々子の母親としては、卒業後の予定もそろそろ確認しておきたいという思いから、貴史に電話をかけたのだった。結局、菜々子に話をする前に、起業することを菜々子の両親に先に話をしてしまうことになったのだが。菜々子の両親は、かなりリスクの高い道を選択したことに驚いてはいたが「まぁ、まだ若いんだから失敗を恐れていても仕方がない。頑張れ」と逆に励ましてくれた。貴史は「自分の親とは違って理解してくれるな」といつも思っていた。それだけ菜々子の実家は居心地が良かったのである。
こんなことが起きているとは全く知らない菜々子は、隆との次のデートの準備に取り掛かってウキウキしていたのである。
つづく
第一弾のお話はこちらです。
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