【短編】夏休みの恋 No.12 (最終回)
明日に向けて
一方、港町にいる隆は夢のような経験をした夏休みを忘れられないでいた。菜々子が去った後、どうしようもない心を忘れるために港の市場で土日だけの短期のバイトについていた。水揚げされた魚を箱に詰めて市場に並べる仕事だ。体力仕事なので、色々考えなくて済むと思い、このバイトを選んだ。受験勉強もあるのだが、体力維持にも役立つと親を説得して午前中だけのバイトをさせてもらっていたのだ。そこに、新鮮な魚を求めて、偶然にも菜々子のおばさんがやってきた。菜々子のおばさんは隆を見て声をかけてきた。
「あら、もしかして隆くんじゃない。大きくなったわね。そろそろ大学かしら。たくましくなっちゃって。私の姪っ子も菜々子っていう大学生なんだけど、結婚しちゃったのよ。学生結婚よ〜。あなたはちゃんと大学を卒業してね。早い結婚は苦労が多いだけよ。ゆっくりとお嫁さん探しをした方がいいわ。焦ってもろくなことがないから。あ、そうそう、そういえばこの間、釣れたてのアジをくれたのって隆くんじゃなかったのかな」
「あ、どうも、ご無沙汰してます。あ〜、はい、僕がアジをあげました」
「やっぱりね〜。菜々子が泊まりに来た日だったかな〜。いきなりアジを持って帰ってきたからびっくりしたのよ。美味しく頂きましたよ。ありがとうね。ひまわりも見に連れていってくれたのかしら」
「あ、アジはたくさん釣れてたんです。たまたま声をかけていただいてお話ししたので、差し上げました。えっと、ひまわり畑もちょうど満開だったのを思い出したので、お話ししたら見たいと言われたので、自転車の後ろに乗せて連れていってあげました。ただ、それだけです。あの方がご結婚されたのですね」
隆はしどろもどろになりそうなのを何とか抑えて、返事をした。結婚したと言う話には驚いたが、びっくりした顔にならないように懸命に平静を装いながら話をした。
「まぁ、あの子ったら図々しいわね。そんなことまでしてもらっていたのね。どうりでルンルンな顔をしていたはずだわね。でもそんな菜々子も一大決心したみたいでね。何事にも挑戦しちゃう子なんだけど、学生同士で結婚して会社まで起こすみたいよ。そのために卒業したらアメリカに行くんですって。最近の若い子は何をするかわからないわ。あら、こんなこと隆くんにお話ししても迷惑だったわね。ごめんね、おばさんの話に付き合わせて。それじゃあ、またね」
「いえ、全然。迷惑だなんて、そんな。はい、それでは、失礼します」
隆は思いもよらないところから菜々子の近況を聞くことになってしまった。結婚したことを知って、がっかりはしたのだが、どことなくそうかもしれないと思っていたので、別れた時ほどのショックは感じなかった。それよりも、やっぱり僕は本命じゃなかったんだと思い「いろんなことを教えてくれてありがとう」という気持ちが湧き上がっていた。自分でも不思議だった。何となく吹っ切らなければならないんだと覚悟した瞬間だった。
菜々子のおばさんは、隆の態度をみてピンと来たのかもしれない。それでどちらかといえば隆のことを心配して「早く忘れなさい」ということを伝えたかったのかもしれなかった。
隆にとっての高校最後の夏は、強すぎる思い出と共に過ぎさってしまった。まるで夢でも見ていたのかと思うほど、一瞬で恋に落ちて肌を合わせることまで経験した夏だった。隆にしてみれば、真剣な恋だった。少なくとも高校三年生の夏の恋は偽物ではなかった。そして、結婚したということを聞かされて、自分の恋は終わったのだと区切りをつけるしかなかった。しばらく時間はかかるだろうが、若い隆なら、しばらくすれば元の生活に戻り、また新しい恋に出会うこともできるだろう。そして次の恋ではドキマギする立場ではなく、きちんとエスコートできるようになっているのかもしれない。
港の夕暮れは夏に完全にさよならするかのような秋の涼しい風が吹いている。暑い想い出の夏は終わり季節は変わろうとしている。隆は港から沈んでいく真っ赤と言うよりオレンジ色に染まったような夕日を見つめて、強烈過ぎた夏の思い出に別れを告げ、大学受験に向けて気持ちを切り替えていた。
了
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