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【短編】再出発 No.10

一つ前の話


アドバイス

 老人は持っていたサイコロを二つ、裕一に差し出した。裕一はサイコロを手に取り振ってみたがゾロ目は出なかった。ごく普通のサイコロだった。その使い込まれたサイコロに老人の人生が詰まっているような気がした。

「ありがとうございます。サイコロをもらったことなんてこれまでに一度もありませんでした。大切にします」

「そうかい、そんな大したもんじゃないけどな。ありきたりの何処にでもあるような普通のサイコロさ。じゃあ、兄さんのこれからの人生に乾杯だ」

『この人は、この人なりに正直に生きて来たんだろうな。僕とは違う世界だったけど、女将さんを愛していたんだろうな。だから今でもこの店の常連となって通っているに違いないんだ』と心の中で思いながら、サイコロを握りしめてポケットに入れた。裕一は老人と熱燗を酌み交わし、いろんな人生があるものだと思いながら、智美のことを思い出していた。『智美だったらなんて言うかなぁ。きっと頑張って生きて行きなさいって言うんだろうな。いつも自分のことは後回しだったから』そんな思いに耽っている時、老人が独り言のように話かけて来た。

「人生ってのはさ、色々あるよなぁ。俺みたいに博打に明け暮れた落ちこぼれの周りにはやっぱり落ちこぼれが沢山いてな。ほれ、隅で飲んでいるあの爺さんもその一人さ。家族に見放され、ひとり日雇いの仕事で何とかその日の飯にありついている。もっとも飯代を惜しんでここで酒を飲んでいるんだけどな。男ってのはさ、仁義を重んじて生きるか、情に絆されて生きるか、まぁどっちかを選ばないとあの爺さんみたいになっちまうのよ。末路はさ。俺か、俺は結局、情を取っちまったなぁ。全然後悔はしてないぜ。まぁ、俺の周りにいる他の人間よりは幸せかもしれないと俺は思ってんだ。ここに婆さんがいるからな」

「まったく、この人は。今更何言ってんだよ。もうすぐ人生も終わりそうだっていう年になってるくせに」

「いいじゃねえか。俺たちの今を見てこの兄さんが何かを感じ取ってくれればさ。この兄さんには、まだたっぷり使える時間があるんだから。なぁ、そうだろ兄さん」

「えぇ、まあ、お爺さんより残された時間はあるかもしれないですね。ははっ」

「ハハっておめぇ。ここはそんなことはありませんっていうところだろ。全く正直な兄さんだぜ。ハハハ。ところで、兄さんは、いつこっちを立つんだ。飛行機で帰るのかい」

「いいえ。ゆっくり帰りたいので船で仙台に出て、新幹線に乗り換えて東京まで行こうと思っています。一週間後の夕方のフェリーに乗ろうと思ってるんです」

「へぇー。珍しいなぁ、そんなに時間をかけて戻るとは。しかもフェリーでとはね。なんだか理由でもあるのかい」

「ええ、妻と生まれることのなかった子供の遺骨を持って帰るのでゆっくりと帰ってあげたいんです。苫小牧の景色をゆっくりと目に収めながら、みんなで一緒に離れて行こうかなと思いまして」

 少し俯き加減で絞り出されたこの言葉を聞き、女将と老人はこの若い男が妻と子を亡くしたことを悟った。以前、店に来た時は、奥さんが相当悪くなっていたのか、亡くなった後だったのかのどっちかだったのだろうと推測していた。しかも自分と同じように身ごもっていたということも女将は気付かされ余計に切なさを感じていた。

「そうかい。あんたも大変な経験をしたんだね。でもさ、背負うもんが大きい分だけ人間は成長できるもんだ。前だけ向いて進んでいきな。まだまだ人生は長いよ」

 女将の言葉は重たく心に響いた。裕一はまだまだ人生は続くのだと再認識していた。見ず知らずの他人に自分に起こったことを話し、少しだけ心が軽くなった気になり、酒場を後にして暗い自宅に帰った。翌日からは引っ越しのための残りの荷造りをした。会社へはすでに辞表を出してあったので自分の荷物をまとめるだけだった。同僚が心配して電話をかけて来たが、フェリーで帰ることは敢えて知らせずに済ませた。知らせればきっとみんなで見送りに来てくれると思ったからだ。そうすると余計に寂しくなってしまうので黙って出発することにしていた。すでに送別会も開いてもらい、みんなには別れの言葉も告げていたので裕一の中では一応踏ん切りをつけていた。家族だけで静かに苫小牧を離れようと思っていたのだ。


つづく




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